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2017年11月14日 (火)

出町柳から吉田神社参道へ 2017秋

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

先日高野川を下って出町の三角州まで来た後、秋景色を眺めながら吉田神社の参道まで歩きました。途中で、今まで記事に出てこなかったところを紹介していきます。まず、川端通を下ります。

上と下は門前のおかめ桜で知られる「長徳寺」 江戸時代前期の寛文の大火(1661年)で焼け出され、この地に移転してきた浄土宗の三寺の一つです。

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このあたりは、かって鴨川に注ぐ小川があり、砂が堆積していたので「砂川」と呼ばれ、移転してきた寺は「砂川の三軒寺」と呼ばれました。その2軒目が萩の寺として知られる「常林寺」です。これらの2寺は毎年のように記事に登場してきました。

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3軒目は今出川通に面した「正定院」です。山号は竹谷山、本尊は阿弥陀如来です。

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この寺の詳しい由緒は不明ですが、かっては若狭街道を行き来する人々の信仰を集めたといわれます。以下の正定院の写真は9月下旬のものです。

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山門を入ると、新しく奉納された「ちご地蔵尊」の石像があります。

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いろいろなサイトには、秋になると萩が庭一面に咲くと書いてありますが、ほとんどありません。代わりに鶏頭?の花が一面に咲いていました。

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山門を入って右には中門があり、その向うは本堂とその庭園のようです。ここから中には入れませんが、萩の花は見当たりません。墓地には「萩の露」の作曲者・幾山検校の墓があるそうです。

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正定院を出て、今出川通を百万遍まで行きます。

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交差点の西南の角には創業百余年の和菓子屋「かぎや政秋」があります。その前に「吉田泉殿之跡」の石碑が建っています。今出川通は洛中と北白川、鹿ヶ谷方面を結ぶ古くからの道で、鎌倉時代(13世紀)にはこのあたりは田畑ばかりでした。

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ここに西園寺公経が別荘「吉田泉殿」を建て、公家たちの遊興の場としましたが、その後荒廃したといわれます。現在でも吉田泉殿町の地名や京都大学の施設「吉田泉殿」にその名が残っています。

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京都大学の吉田泉殿は一筋西の通りにあり、大学の研究所・センターのメンバーが集い、会議、研究会、セミナーなどを行うサロンのような施設だそうです。今出川通を下ります。

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今出川通の向こうは京都大学の本部構内で、下の建物は「京都大学総合博物館」です。12月17日まで「大地の形をつかむ―方法としての三次元―」という企画展をしています(入館料は大人400円)。

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右は京都大学の西部構内で、体育館、プール、西部講堂、サークルBOXなどからなる課外活動棟があります。

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学生運動が盛んな頃、西部講堂は反体制的なロックやアングラ演劇の聖地となっていましたが、現在でも学生(西部講堂連絡協議会)の自主管理になっています。このあたりは整備されて広々としています。

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東大路通の東側に渡りました。西部構内の南隣は「アンスティチュ・フランセ関西 - 京都」(旧関西日仏学館)です。2012年に各地の日仏学院と在日フランス大使館文化部が統合されて、名称が変わりました。建物はレイモン・メストラレの設計で1936年に竣工。

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隣に「京都大学物質-細胞統合システム拠点(iCeMS)」本館があります。使命は細胞を制御する物質を創りだして生命の謎を探求するとともに、生命現象にヒントを得た優れた材料を創りだし、現代社会が直面する多くの問題に新しい解決策を提案することだそうです。

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かってこの組織に「iPS細胞研究センター」があり、山中伸弥教授は主任研究員・センター長でした。2007年にはここでセンター長らにより「ヒトiPS細胞」樹立の発表か行われました。2010年山中教授は本部構内にできた「iPS細胞研究所」の所長に就任しました。

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2012年に山中伸弥はノーベル生理学・医学賞を受賞、ここは「iPS細胞発祥の地」ともいうべき場所です。

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吉田神社の参道に来ました。この通りは節分の時には屋台が並びますが、川端通から始まる東一条通の一部です。かっての参道は太元宮に向かう南側の道で、荒神口から始まる志賀越道の途中にありました。

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幕末期に現在の本部構内の場所に尾張藩下屋敷が置かれ、志賀越道が中断されたことから、その迂回路を兼ねて吉田神社が東一条通を整備しました。東大路通は当時存在せず、昭和初期に開通しました。(京都大学吉田構内、かって教養部のキャンパスでした。)

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こちらは本部構内で、門の左にある生協のカフェレストラン「カンフォーラ」と正面の時計台の左(西)にあるフレンチレストラン「ラ・トゥール」は誰でも利用できます。

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吉田神社の鳥居の前まで来ました。

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コメント

銀杏もすっかり黄葉してきましたね。
銀杏黄葉を見ると、秋というより初冬を感じます。

投稿: munixyu | 2017年11月14日 (火) 11:12

吉田泉殿は町の名前にもなっているんですね~。
前は何度も通ってるのに気が付かなかった。。。
この辺りを歩いている時は、ごはんを食べる所を探してることが多くて、和菓子屋さんにも目が行ってませんでしたw京大の食堂に一度行ってみたいなぁと思っている所です~
吉田神社にこの夏、ようやく行けたのですが、この鳥居に見覚えがない。。と思い、地図を確認したところ、吉田東通にお気に入りのラーメン屋さんが移転したということで、まずそこに行ってから北に上がって、突き当りを右に行ったので、いきなり急坂の所から入っていたようです。頂上付近まで行って降りて来たんですが、その時は北の方へ抜けたので、この東一条通りの方へは行きませんでした。また行っていろいろ確認してみます~

投稿: ばるさろ | 2017年11月14日 (火) 22:41

★munixyuさん こんばんは♪
銀杏は落ち葉になってもきれいな色のままで、道を彩りますね。現在、黄葉の真っ最中です。

投稿: りせ | 2017年11月15日 (水) 18:46

★ばるさろさん こんばんは♪
吉田神社はあちこちから行けるのですが、ほとんどの観光客は表参道(東一条通)しか通りません。それ以外の道から吉田山に登ると、街中にあるのに自然の山道の雰囲気が味わえます。山頂付近は見晴らしが少し開けてきたので、ここまで登るのもよいと思います。

投稿: りせ | 2017年11月15日 (水) 19:11

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