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2017年10月 8日 (日)

浄住寺 洛西の古刹と萩の花

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

昨日の記事の地蔵院から南に4、5分歩くと浄住寺があります。松尾大社から出発した洛西の寺社巡りの最後の目的地です。

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「浄住寺(じょうじゅうじ)」は、山号を葉室山という黄檗宗の寺院で、京都洛西観音霊場第三十番札所です。(参道の右手に黒竹が生えていました。)

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平安時代前期の弘仁年間(810-824)に、嵯峨天皇の勅願により慈覚大師・円仁が開創したとされ、当初は常住寺と称したそうです。(境内には楓の木も多く、紅葉の寺としても知られています。)

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円仁は、浄住寺を建立した後も遣唐使として唐に渡り、その後比叡山で横川中堂を建立して、第3世・天台座主に就き(854)、東塔に天台密教の根本道場・総持院を建立しました。(左には亀甲竹、向うに直接墓地に行ける車参道があります。)

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その後、浄住寺は荒廃して葉室家の別荘となます。葉室家は、平安時代後期に権中納言・藤原顕隆(1072-1129)によって創始された公家です。顕隆は白河法皇の近臣で、葉室中納言、「夜の関白」とも称された人物です。(本堂)

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本尊「釈迦牟尼仏坐像」と脇壇の「阿弥陀如来立像」は鎌倉時代作、「葉室頼孝像」も安置しています。如意輪観音像は後述の鉄牛が持ち帰った天竺仏とされています。

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鎌倉時代の弘長年間(1261-1263)には、中納言・葉室定嗣が出家して定然(じょうねん)と称し、西大寺の真言律宗の僧・叡尊(えいそん)を招いて浄住寺を中興しました。

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文永9年(1272)に定嗣は死去しましたが、浄住寺は葉室家の菩提寺として盛え、一時は多くの堂宇が建ち並んだといいます。永仁6年(1298)には将軍家の祈願所になり、この時期塔頭が49院もあったそうです。(本堂付近は萩が咲いていました)

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鎌倉時代末に後醍醐天皇を中心とした鎌倉幕府討幕の「元弘の乱」(1331-1333年)が起こります。後醍醐天皇の命を受けた千種忠顕がこの付近に陣を張り、六波羅探題を攻めるも敗退して、浄住寺は焼失、その後荒廃しました。(本堂の横に庭園があります。)

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さらに室町時代、明応2年(1493)に細川政元によって将軍の側近だった葉室教光が処刑され、その別荘の浄住寺も破却されてしまいます。開山堂は本堂の裏にあります。

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江戸時代の元禄2年(1689)葉室孝重が禅師・鉄牛道機を招いて黄檗宗の寺として再興しました。鉄牛(1628-1700)は大坂・大仙寺、妙心寺、長崎・崇福寺などで修業し、各地で黄檗寺院を建立、萬福寺の創建にも尽力しました。(大きくはないですが開梛(かいぱん)もあります。)

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また、伊達綱村、島津綱貴、池田綱清、稲葉正通、福島正則らの大名の寄進により寺地を購入して堂宇を建立したともいわれます。当時の本堂、開山堂が現存しています。(庫裏には「葉室山」の大きな扁額が掲げられています。)

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安永4年(1775)には方丈と庫裏を焼失しますが、その後再建されました。(萩は最近植えたのではないかと思います。)

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庫裏の前から、少し下に降りると石碑があります。平成22年に建立された中興開山・鉄牛道機の三百九回忌の石碑です。

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昭和53年(1978)には、廃れていた洛西三十三所観音霊場めぐりが再興されました。本堂左前にあるお堂に札所本尊の観世音菩薩が祀られています。ただし、現在修復中だそうです。

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本堂の横に二つのお堂があります。こちらは「八幡大明神」を祀っています。

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こちらは弁財天を祀っています。

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何と、八臂の弁財天でした。

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「西方丈再建予定地」の看板があった空き地、まだ再建はできていません。でも、今回浄住寺を訪れてちょっと嬉しくなりました。2年前に訪れたときは、倒れそうなお堂があったり、境内が荒れているような気がして心配していました。

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松尾大社や鈴虫寺には大勢の参拝客がありますが、古刹とはいえ浄住寺まで来る人はほとんどありません(紅葉の頃は人出があるかも知れませんが)。(墓地に向かう車参道からは大文字が見えます。)

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それでも、いろいろなところがきれいに整備されていることに気が付きました。境内に萩が植えられ、小さなお堂には祀られている仏様の名が記され、弁天様には照明まで付いていました。

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花ばかりになってはと写真を控えましたが、萩の寺といってもよいくらいいっぱい咲いていました。

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コメント

亀甲竹、結構見ない竹ですね。
確かに亀の甲羅みたい。
面白いですね。

投稿: munixyu | 2017年10月 8日 (日) 10:13

いい所ですね~!地図で確認したら、嵐山の山沿いと言った感じですし、観光地からさほど遠くないんですね。西芳寺は予約の上にお高いのでちょいと行く機会がなさそうだと思ってたのですが、他の所でも存分に楽しめる!
ちょっと建物が色あせて、確かにあまり整備が出来ていない感じもしましたが、檀家さんか、ご近所の方か、色んな人がご尽力しておられるようでなにより!そういう光景を目にすると、本当にありがたいし、見させていただいているという感覚が芽生えて、心がきりっとしますね~

投稿: ばるさろ | 2017年10月 9日 (月) 21:18

★ばるさろさん こんばんは♪
今回浄住寺を訪れて一安心しました。心配する立場でもないのですが、どうしてもお寺の経営がうまくいっているか気になります。そんなときには墓地を覗いてみます。新しいお墓やお墓にお供物があれば、檀家とのつながりがあることでちょっと安心します。

投稿: りせ | 2017年10月10日 (火) 22:20

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