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2017年10月 9日 (月)

醍醐寺三宝院庭園

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

今年の桜の頃に訪れた醍醐寺三宝院の庭園です。ずいぶん前のことで恐縮ですが、写真撮影がOKとなってから初めて訪れたので、いつかは紹介しなければと思っていました。

「三宝院」は平安時代末の永久3年(1115)、醍醐寺第14世座主・勝覚僧正により創建されました。当初は密教の儀式を行う潅頂院として建てられ、金堂西側の一段低い場所にあったそうです。(三宝院の山門)

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室町時代の応仁の乱(1467‐1477)の戦火に巻き込まれ、醍醐寺は五重塔以外のほとんどが焼失してしまいました。安土桃山時代になって、当時の座主であった義演僧正が、この場所で焼失した「金剛輪院」を再興、これがのちの三宝院です。

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1598年3月に豊臣秀吉による盛大な「醍醐の花見」が行われ、その際金剛輪院は増改築されました。秀吉は翌4月から庭園の作庭に取り掛かり、聚楽第から「藤戸石」が運び込まれました。(上の紅枝垂桜は当時の桜の子孫。下の勅使門の左は庭園の一部です。)

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下の見取り図は以下の論文からの転載です(中根金作、醍醐寺三宝院庭園の構造と作庭手法、造園雑誌26巻1号、1962)。上が南で、手前の建物の外縁に沿って右から左に歩きます。

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庭奉行・新庄越前守の造園により、1598年5月庭園はわずか36日で完成したといわれます。当初は座観式庭園でしたが、秀吉没後、醍醐寺座主・義演准后(ぎえんじゅごう)が1599年から20数年をかけて作庭を続け、回遊式庭園に造り変えました。(泉殿から)

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左が亀島で、背中に樹齢600年以上という五葉松を乗せ、首がこちらに向いています。右が鶴島で、中央に羽根石という三角形の石と姫小松を乗せ、中央の石橋が鶴の首だそうです。

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義演准后による作庭には、仙、与四郎とその兄弟3人、後半には後陽成院が「天下一の上手」と称えた賢庭らが造園に加わりました。義演准后は金剛輪院に住し、三宝院の名跡を継ぎました。

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池の手前に「賀茂の三石」があります。一番左が「加茂川の流れが速い様子」、中央の石が「川が淀んだ様子」、右の石が「川の水が割れて砕け散る様子」を表しているのだそうです。

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右に泉殿、向うは勅使門の前の参道です。橋が高い位置にかかっているのは、舟遊びで下をくぐるためだそうです。こちらの橋は板橋です。

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池の西にある高い築山は富士山を表しています。かっては小石を敷き詰めて雪を表していたそうです。

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中央に滝があります。今まで見てきた池は南大池とよばれ、石橋の左に西小池があります。右に亀島から連なる三尊石があります。右奥の四角い石が高さ1mの藤戸石です。

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「天下を治めるものが所有する石」として、室町時代から歴代の権力者に引き継がれた名石です。秀吉は聚楽第の庭からここに運び込み、「主人石」として設置しました。つまり、この石を庭園の中心としたのです。現在は左右にも石を置き、三尊石としています。

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藤戸石の奥に小さな祠があります。もともとは、秀吉を神格化した豊国大明神を祀っていました。しかし、豊臣家の滅亡後、徳川幕府に破却されてしまうので、稲荷社と名を変えて存続してきました。現在は両方の名をとって「豊国稲荷大明神」と称しています。

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秀吉は阿弥陀三尊に守られた極楽浄土に眠っているというわけです。下の写真で、左奥にも亀島への橋がありますが、こちらは土橋で苔が生えています。

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左は太閤ゆかりの花見御殿といわれる「純浄観」で、その下から中央の西小池に水が流れ込みます。この向うに快慶作の弥勒菩薩(重文)を祀る本殿があるのですが近づけません。、

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池の東は枯山水となっていて、江戸時代中期以後に建てられた「枕流亭」が建っています。

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このあたりからの眺めをパノラマにしました。これ以上は東に行けず、表書院の裏に回ります。純浄観と本堂はときどき特別公開されます。

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裏庭には小川が作られ、滝からの水が純浄観の下を流れるようになっています(現在は水がありません)。

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三宝院の庭園は完成度が高く、二条城二の丸御殿、桂離宮、修学院離宮の庭園、岡山の後楽園や金沢の兼六園などもこの庭を参考にしたといわれています。国の特別史跡・特別名勝に指定されています。「勅使の間」

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コメント

桜かぁ。
今頃桜の写真を見ると、不思議な感じですね。
もうすぐ紅葉。
桜は春も秋も楽しめて、嬉しいですよね。

投稿: munixyu | 2017年10月 9日 (月) 11:36

こんにちは。
今春の特別拝観で三宝院の純浄観と本堂などを
拝観しました。平成になってからの作という
純浄観の四季を描いた襖絵が素晴らしく、
本堂の弥勒菩薩像は 心に沁みるような仏様でした。

昨日は 暑い中 大文字山の火床に登ってきました。
いつ行っても素晴らしいあの絶景パノラマのどこかに
りせさんのお家があるのですね?

投稿: カワセミ | 2017年10月10日 (火) 12:12

★カワセミさん こんばんは♪
三宝院の純浄観や本堂の弥勒菩薩像 私も見たくなってきました。次回の特別公開に期待します。
何故か分かりませんが、私も先日から大文字に登りたい気分がしていました。市内のあちこちから大文字を眺めてきたからかも知れません。

投稿: りせ | 2017年10月10日 (火) 22:32

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