« 錦天満宮 新京極の鎮守とハイテク境内 | トップページ | 相国寺 秋の境内を歩く »

2017年10月27日 (金)

相国寺 秋の特別拝観

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

Jni_8890a
※写真は全てクリックで拡大します。

相国寺の秋の特別拝観に行ってきました。9月25日(月)~12月15日(金)の期間、法堂、方丈、開山堂が公開されています。拝観の受付は法堂と方丈の間の渡り廊下で、最初に法堂に上がります。

Jni_8712a

相国寺は14世紀末、室町幕府三代将軍の足利義満により創建され、その後幾度も焼失と復興の歴史を繰り返しました。現存する法堂は、江戸時代初めの1605年に豊臣秀頼により再建された日本最古の法堂建築です。本尊の釈迦如来像(重文)を安置しています。

Jni_8714a

狩野光信筆の天井画「蟠龍図」は、堂内で手を打つと反響音が龍の鳴き声のように聞こえるので、「鳴き龍」とよばれています。下は、境内のあちこちにある看板の写真を正面から見るように補正したものです(特別公開の建物内部は撮影できません)。

Jni_9146b

次に見学する方丈と勅使門が見えます。方丈は、天明の大火で焼失後文化4年(1807)に再建された大規模な建物で、平成19年(2007)に京都府指定有形文化財となっています。

Jni_8715a

次に、方丈の外縁を一周して四方にある庭園を見ていきます。ここは「方丈前庭(南庭)」で、西端は苔地に赤松が植えられています。

Jni_8719a

方丈の南側には東から「竹の間」「室中(の間)」「梅の間」の3室があります。前庭は、白砂を敷き詰めただけの単調な造りになっています。法堂の姿を立派に表現することと、白砂による太陽の反射を利用して室内を明るくするのがこの庭の役割だそうです。

Jni_8822a

方丈正面の勅使門は安土・桃山時代から江戸時代の慶長年間(1596-1614)に建造されました。一間一戸の四脚門で、屋根に曲面をなす唐破風を用いています。こちらも平成19年(2007)に京都府指定有形文化財となりました。

Jni_8725a

南の縁の隅には原在中の杉戸絵(複製)があります。原在中は寛延3年(1750)に京都に生まれ、「臥遊」と号し、師は江戸中期に京都で活躍した狩野派の石田幽汀と伝えられています。とりわけ、山水花鳥画を得意とし、精緻な装飾的作風の原派を興しました。

Jni_8729a

襖絵として、「室中の間」に「中国補陀洛山図」、「聴呼の間」に「八仙人図」、「琴棋画の間」に「琴棋画図」を描いています。

Jni_8731a

室中にかかげられている加藤信清(1734-1810)筆の「法華観音図」の写真が展示してありました。輪郭を法華経の経文で描く文字絵は古くからある技法ですが、彼は色面まで文字で埋め尽くし、その緻密さと完成度の高さは孤高の存在といわれています。

Jni_8736a

こちらは「西庭」 全面が苔地になっていて塀の前に赤松が植えられています。先ほど見た前庭の西端はこの西庭の延長になっています。

Jni_8742a

方丈の北に来ました。この庭は「方丈裏庭園」と呼ばれ、東西に深い溝が削られている枯山水です。

Jni_8752a

右手(東)に滝の石組みがあり、そこから流れ出た水が、

Jni_8785a

深山幽谷を流れる様子を、深く掘った谷に石を敷き詰めて表現しています。本当に水が流れてもおかしくないような立体的な庭です。向うには書院があります。

Jni_8755a

対岸には桜と楓が植えられていて、春と秋は美しく彩られます。

Jni_8784a

方丈の北には西から「琴棋書画の間」「御所移しの間」「聴呼の間」の3室が並んでいます。

Jni_8791a

方丈の東には坪庭があります。

Jni_8801a

数個の石と灌木だけのシンプルな庭です。左の建物は新しくなったようです。

Jni_8805a

最後に、法堂の横にある開山堂に入ります。開山堂は開山・夢窓国師の木像を安置しているお堂で、応仁の乱(1467)、天明の大火(1788)で焼失しました。現在の建物は江戸時代末期に桃園天皇皇后・恭礼門院の黒御殿を賜って文化4年(1807)に移築されたものです。

Jni_8834a

開山堂の南庭は、手前が白砂敷きの平枯山水、奥部が軽くなだらかな苔地築山となっていて、

Jni_8838a

その間を幅五尺ほどの小川が流れていましたが、昭和10年頃に水源が途絶えてしまいました。

Jni_8839a

この流れは上賀茂から南流する「御用水」とよばれ、上御霊神社、相国寺境内、開山堂、功徳院を通って御所庭園へと流れていました。相国寺ではこれを「龍淵水」と称し、開山堂を出てからの水路を「碧玉構」と呼びました。

Jni_8858a

南庭の北東の隅には、かって水が流れ込んだ石組みが残っています。

Jni_8848a

かっては、御影の切石に縁取られた白砂に庭石を配置した「枯山水平庭」が築山と小川の「山水の庭」に囲まれて調和していたとのことです。一度は二つの形態の庭が一体となった風景を見てみたい気がします。

Jni_8870a

堂内の杉戸及び襖の絵は円山応挙とその一派の筆だそうです。

Jni_8898a

この後、境内を散策しました。

Jni_8883a

お帰りの際には。ブログランキングの応援のクリック↓をよろしくお願いします。

  ★こちらを是非よろしく→   ブログ村→にほんブログ村 写真ブログ 風景写真へ
-------------------------------------------------------------------

Jni_8830a

|

« 錦天満宮 新京極の鎮守とハイテク境内 | トップページ | 相国寺 秋の境内を歩く »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 錦天満宮 新京極の鎮守とハイテク境内 | トップページ | 相国寺 秋の境内を歩く »