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2017年9月17日 (日)

仁和寺 境内・秋の気配

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

昨日の記事で仁和寺の御殿と庭園を見たあと、境内に点在する諸堂を訪ね歩きました。上の写真では、二王門を背に北に中門が見えます。

左には昨日白書院から見た勅使門があります。大正2年(1913)に京都府技師・亀岡末吉の設計で建造。檜皮葺屋根の四脚唐門で前後を唐破風、左右の屋根を入母屋造としています。

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また、鳳凰の尾羽根や牡丹唐草、宝相華唐草文様や幾何学紋様など、細部にまで見られる彫刻装飾は、伝統的和様に亀岡独自の意匠を取り入れたもので、斬新かつ見応えがあります。

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右手の東門への参道の途中に「金剛華(こんごうけ)菩薩」があります。金剛界曼荼羅に現れる菩薩で、左手に宝相華を盛った器を持ち、右手で器をはさんでいます。華道上達の仏として、昭和56年(1981)大仏師・長田晴山の作。

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「霊宝館」 平安時代後期作「愛染明王坐像」、鎌倉時代作「文殊菩薩坐像」、平安時代作「吉祥天立像」などの重要文化財を始め、彫刻、絵画、書跡などの寺宝を保管・展示しています。年2回名宝展も開かれます。

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「御室会館」 東門を入った左手(南)にあり、宿泊(宿坊)とレストランだけでなく、展示会、合宿、研修や会議など多目的に利用することができます。

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もう一度、中央の参道に戻ります。「中門」(重文)は、二王門と金堂の中間に位置し、切妻造・本瓦葺・柱間三間の八脚門で、側面の妻部には二重虹梁蟇股が飾られています。
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左の脇間に西方天(広目天)、右には東方天(持国天)が門を護っています。中門をくぐって左に御室桜の林があり、桜の開花期間は中門から先が有料となります。

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「御室桜」は背の低い遅咲きの桜で、江戸時代の頃から庶民に親しまれ、数多くの詩歌にも詠われています。大正13年に国の名勝に指定されました。春泥「仁和寺や 足もとよりぞ 花の雲」、俗謡「わたしゃお多福 御室の桜 鼻が低ても 人が好く」。


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右手に「五重塔」があります。寛永21年(1644)に建立され、総高36.18mで東寺の五重塔と同様に、上層から下層にかけて各層の幅にあまり差が見られないのが特徴です。

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初重西側には、大日如来を示す梵字の額が掲げられています。塔内部には大日如来、その周りに無量寿如来など四方仏が安置されています。

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五重塔の北東に「九所明神」(重文)があります。仁和寺の伽藍の鎮守社で、社殿は本殿・左殿・右殿の三棟あり、八幡三神を本殿に、東側の左殿には賀茂上下・日吉・武答・稲荷を、西側の右殿には松尾・平野・小日吉・木野嶋の計九座の明神を祀ります。

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九所明神の最古の記録は『御室相承記』で、建暦2年(1212)に境内南にあったものを東に遷宮したと書かれています。現在の建物は寛永年間(1624-1644)に建立されました。下は本殿。後ろ(南)には拝殿、長い参道、鳥居が並んでいます。

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九所明神の北の一段高いところに「経蔵」(重文)があります。寛永~正保年間に建立され、釈迦如来・文殊菩薩・普賢菩薩などを安置しています。中央に八面体の回転式書架(輪蔵)を設け、各面に96箱、総計768の経箱に天海版の「一切経」が収められています。

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経蔵の横、中門の正面に「金堂」(国宝)があり、仁和寺の本尊・阿弥陀三尊を安置しています。慶長年間造営の御所内裏紫宸殿を寛永年間(1624‐43)に移築したものです。現存する最古の紫宸殿で、当時の宮殿建築を伝える建築物です。

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堂内に四天王像や梵天像も安置され、壁面には浄土図や観音図などが極彩色で描かれています。9月下旬頃まで蔀戸(しとみど)が修理のため覆いが設けられています。蔀戸は両面に格子を組んだ戸で、上下2枚に分れ寝殿造によく見れらます。(下は以前の写真)

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「鐘楼」(重文) 本来「楼」は二階建ての建物を指し、階上は朱塗で高欄を周囲に廻らせ、下部は袴腰式と呼ばれる袴のような板張りの覆いがされています。この鐘は通常と異なり、周囲を板で覆われていて見ることができません。江戸時代の建立です。

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鐘楼の向いに「観音堂」(重文)があります。本尊・千手観音菩薩、脇侍・不動明王と降三世明王、周りに二十八部衆が安置され、須弥壇の背後や壁面、柱などに、白衣観音をはじめ仏・高僧などが極彩色で描かれています。内部は通常非公開で現在工事中です。

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鐘楼の横に「御室水掛不動尊」(重文)への参道があります。この不動尊には伝承があります。昔、堀川の一条戻橋が洪水で流され、その復旧工事のとき橋の下からこの不動尊が見つかり、しばらくその地に安置されていました。

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ところが、心無い者が悪戯するので不動尊が仁和寺に帰りたいと住民にお告げをして、ここにある石の上に遷されました。その後、石の下より泉が湧きだしたといいます。水を掛けて祈願することから、水掛不動とも呼ばれ、近畿三十六不動霊場の第十四番札所です。

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この石にも伝承があります。901年菅原道真が大宰府に左遷されるとき仁和寺を訪れました。道真は、自分を抜擢してくれた宇多法皇に無実を訴えようとしました。その時、法皇は御影堂で勤行中だったので、道真はこの石に座って待ちました。法皇は醍醐天皇に会いには行きましたが、道真のことを取り次ぐことはなかったといいます。

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参道の途中に「閼伽(あか)井」があります。仏様にお供えする水(閼伽)を汲む井戸です。手前の石標の側面に、「あらたまの年の初御仏の御加持のふしに奉る水」と彫ってあるそうです。弘法加持水(弘法大師が見つけた、あるいは堀った井戸)ともいわれるそうです。

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「御影堂」(重文) 水掛不動の横にあり慶長年間(1596-1615)に造営の内裏 清涼殿の一部を賜り、寛永年間(1624-1643)に再建されたものです。

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約10m四方の小堂に、弘法大師像、宇多法皇像、仁和寺第2世性信親王像を安置しています。蔀戸の金具なども清涼殿のものを利用しているそうです。境内の右奥にも門があり、その外が水掛不動になっています。

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「大黒堂」は、江戸時代初期に建立され、本尊・千手観音、脇侍・不動明王と降三世明王、従属・二十八部衆などを安置しています。その右が「西門」です。 

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右の石標に「御室成就山八十八ヶ所 御山巡り」、「巡拝約二時間 三粁(㎞)」とあります。文政10年(1827)仁和寺29世門跡済仁法親王の発願により四国八十八ヶ所霊場の砂を仁和寺の裏山に埋め、その上にお堂を建てたのが始まりだそうです。

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お山巡りの道は、鳥のさえずりや四季の草花を楽しむことができ、市内の見晴らしもよいそうです。今年は10月1日(日)と11月5日(日)に「八十八ヵ所ウォーク」があり、各札所でスタンプを押してくれるそうです(受付は茶所で午前中)。中門まで戻ってきました。

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コメント

もう、少し色づいてきましたか。
薄紅葉を見ると安心します。

投稿: munixyu | 2017年9月17日 (日) 10:40

台風いかがですか~。こちらはまだまだ大したことないですが、ずっと雨です~
仁和寺は門からの道が広すぎてその時点で疲れが。。w金堂のイメージが違う。。と思ったら修復中だったのですね。仏像はまだまだ勉強不足で、なんとなく種類が分かりかけている程度です。仁和寺は古い物が多くて地味な色が多いイメージでしたが、新しい物も結構ありますね。先日東寺の五重塔を見て来たので、他に見ていないのは醍醐寺のだけになりました。ここの五重塔は林の中って感じで、東寺のとは趣が違いますね~

投稿: ばるさろ | 2017年9月17日 (日) 22:28

★ばるさろさん こんにちは♪
お返事が遅くなりました。台風は大したことなく、夜中に知らないうちに通り過ぎました。
仁和寺は門跡寺院として格の高い建物がある一方で、庶民がお参りするお堂もあります。広い境内のため、北の方にいると閉門時間間際では西門から出されてしまいます。

投稿: りせ | 2017年9月19日 (火) 18:05

★munixyuさん こんにちは♪
同じ境内でも、日当たりのよい場所では木の葉が色づいているように思えます。でも本格的な紅葉にはあと2か月かかります。

投稿: りせ | 2017年9月19日 (火) 18:08

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