« 妙伝寺 西見延といわれる日蓮宗本山 | トップページ | 本妙寺 赤穂義士と京都相撲 »

2017年9月14日 (木)

聞名寺 明眼地蔵と香川景樹

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

Jni_1132a
※写真は全てクリックで拡大します。

昨日の記事の妙伝寺を出て、その南にある聞名寺を訪れました。

「聞名(もんみょう)寺」は、山号を小松院という時宗遊行派の寺院で、「明眼(めいげん)地蔵」という眼病にご利益ある地蔵尊が祀られていることでも知られています。

Jni_1210a

平安時代前期の光孝天皇(830-887)の小松殿が室町大炊御門(おおいみかど)大路にあり、地蔵菩薩が安置されていました。

Jni_1212a

887年に光孝天皇が亡くなると、その遺志によって小松殿は小松寺に改められました。当初は天台宗の寺院でした。

Jni_1217a

鎌倉時代中期の1279年、時宗の宗祖・一遍上人が小松寺を時宗道場として中興しました。大炊道場とも呼ばれ、本尊に地蔵尊が祀られたといわれています。

Jni_1251a

上の写真の左の七重石塔は「光孝天皇塔」と呼ばれています。石塔の軸部は室町時代の作といわれ、初層に四面仏が彫られています。

Jni_1262a

安土桃山時代に豊臣秀吉の都市開発により京極夷川に移されましたが、江戸時代の1708年に宝永の大火によって焼失してしまいました。

Jni_1258a

その後、現在地に移転して時宗・金光寺の院代寺院になり、一時は塔頭5、末寺2を数えるほど興隆したといわれます。(本堂には、現在の本尊・阿弥陀如来坐像を祀っています。)

Jni_1259a

院代寺院とは本寺を補佐し、諸種の法務を行う寺院です。金光寺はかつて七条東洞院にあり、遊行派の京都の拠点でしたが、明治時代に東山の長楽寺に吸収されました。(庫裏)

Jni_1254a

山門を入って右手に地蔵堂があり、「明眼(あけめ)地蔵」が祀られています。平安時代、時康(ときやす)親王が眼病を患い、加茂の明神で平癒祈願を行いました。17日目の満願の夜、夢中に老翁が現れ、地蔵菩薩を彫って守護仏とせよと告げたといいます。

Jni_1221a

親王は慈覚大師円仁に造仏させたところ眼が回復、即位して光孝天皇となったと伝えられています。(御前立)

Jni_1244a

以来、この地蔵尊は眼病平癒の霊験があるとして信仰を集めてきました。明眼地蔵は洛陽第十七番地蔵尊で、毎月24日に開帳されます

Jni_1246b

本堂の裏に墓地があり、入口を入った右手に沢山の石仏や墓標とともに「阿弥陀石仏」 が置かれています。鎌倉時代後期の作とされ、石像寺(釘抜地蔵)の石仏の写しともいわれています。

Jni_1278a

墓地の奥に江戸時代の歌人、香川宣阿(1647-1735)、香川景樹(1768-1843)、香川景柄(1745-1821)など香川一族の墓があります。香川景樹(かげき)は鳥取藩藩士・荒井小三次の家に生まれましたが、7歳の時父が死んで一家離散しました。

Jni_1303a

景樹は親類の奥村定賢に預けられ、清水貞固に師事して学問、堀南湖(堀杏庵曽孫)の元で儒学を学び、15歳のときには百人一首の註釈を手掛けました。景樹は武士ではなく学者として立身を志し、26歳の時に妻の包子とともに京都に移りました。

Jni_1290a

鷹司家、西洞院時名に仕え、後に二条派の歌人・梅月堂香川景柄の養子となり、景樹と名乗りました。徳大寺家に出仕、公家の歌会にも出席するようになりました。養父景柄と親交の深かった小沢蘆庵に強く影響され、「調の説」という独自の歌論を提唱しました。

Jni_1313a

斬新な歌論を展開し伝統的な歌風を批判したので、江戸派や京都の冷泉家などから排斥され、「大天狗」などと罵倒されました。大天狗は景樹の自信家で尊大な姿勢だけでなく、長身、面長で鼻が高い風貌を指したものでした。

Jni_1316a

しかしながら、次第に門弟や支持者が増え、彼の率いる一派は桂園派と呼ばれ、晩年には門弟一千を数えるまでに成長しました。そして明治時代に至るまで歌壇に大きな影響を与え続けることになりました。直木賞作家の志茂田景樹の名は彼にちなんだそうです。

Jni_1324a

岡崎の自宅を東塢亭(とううてい)あるいは桂園(かつらその)と名づけ、自撰家集『桂園一枝』を刊行、それに洩れた歌を子の景恒が『桂園一枝拾遺』に収めました。最後に夏の歌を二首。

Jni_1331a

夏雲「大空のみどりになびく白雲のまがはぬ夏になりにけるかな」、湊夕立「茜さす日はてりながら白菅(しらすけ)の湊(みなと)にかかる夕立の雨」。

Jni_1359a

お帰りの前に、ブログランキングの応援のクリック↓をよろしくお願いします。

  ★こちらを是非よろしく→   ブログ村→にほんブログ村 写真ブログ 風景写真へ
-------------------------------------------------------------------

Jni_1347a

|

« 妙伝寺 西見延といわれる日蓮宗本山 | トップページ | 本妙寺 赤穂義士と京都相撲 »

コメント

石仏だらけですね。
いいものです。
そう言えば、もうすぐお彼岸。
早いものですよね。

投稿: munixyu | 2017年9月14日 (木) 12:22

こんばんは。
2年半ほど前 聞名寺 明眼地蔵さまの
眼病のご利益を 身をもって体感しました。
以来 数か月ごとの検査に出向く前には
明眼地蔵さんにお参りしてお願いします。
地域の暮らしに溶け込んで
身近にお参りできるお地蔵さまは
ありがたいですね。

投稿: カワセミ | 2017年9月14日 (木) 21:15

★カワセミん こんばんは♪
明眼地蔵さまはいつもお花がお供えしてあり、綺麗にしていますね。お参りする方が多いからだとは思っていましたが、身近にもいらしゃって納得しました。

投稿: りせ | 2017年9月16日 (土) 00:14

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 妙伝寺 西見延といわれる日蓮宗本山 | トップページ | 本妙寺 赤穂義士と京都相撲 »