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2017年9月12日 (火)

正伝寺 比叡山借景の枯山水

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

昨日の記事の西方寺から山沿いに北に行くと正伝寺の山門があります。山門を入ると左手に池があり、その畔に鎮守の八幡宮があります。

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「正伝寺」は、山号を吉祥山、正式名称を正伝護国禅寺という臨済宗南禅寺派の寺院です。(しばらく広い参道を上ると中門があり、ここで石段の参道が分かれます。)

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正伝寺の創建には諸説あります。鎌倉時代の1260年、宋より来日した臨済僧・兀菴普寧(ごったんふねい)禅師が、一条今出川(上京区)に仏殿を創建し、「吉祥山正伝護国禅寺」としたといいます。

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一方、1268年に東巌慧安(とうがんえあん)が聖護院役僧・静成の帰依を受け、師・普寧を開山として迎えて、一条今出川に創建したという説もあります。あるいは、慧安自身が開山となったという説もあります。(最後の石段の上に庫裏が見えます。)

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慧安は元寇に際して石清水八幡宮で戦勝祈願をおこなったことで知られています。その師・普寧は鎌倉幕府の帰依を受け、鎌倉・長建寺2世となりました。(石段の途中にミニチュアのように小さな鐘楼があります。)

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鎌倉時代の1282年賀茂社の社家・森経久の援助によって、現在地に諸堂、伽藍が造営され、一条今出川の仏殿が移転しました。これが現在の正伝寺の始まりです。(塀の向こうの正面が方丈、その右が庫裏です。)

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鎌倉時代から南北朝時代にかけて後醍醐天皇の勅願所、南北朝時代には足利将軍の祈願所となるなど、寺は隆盛を極めました。(庫裏の前に来ました。)

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ところが、室町時代の応仁の乱(1467-1477)で建物が焼失、以後荒廃したといわれています。(庫裏の前には様々な置物があり、見物客を和ませてくれます。)

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安土・桃山時代、豊臣秀吉は寺領と山林の朱印状を授け再建を図るも果たせませんでした。江戸時代初め、金地院祟伝により正伝寺はようやく再興され、南禅寺派となりました。

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さらに徳川幕府の加護を受け、最盛期には末寺2、塔頭5を数えたといいます。(庫裏の玄関ですが、拝観できるのは左手の方丈だけです。)

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1653年以心崇伝の法嗣・最岳元良(さいがくげんりょう)が金地院の書院(もとは伏見城の御成御殿)を移転して方丈としました。

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方丈前には、江戸時代初期に小堀遠州が作庭、1935年に重森三玲によって復原・修復された枯山水庭園があります。

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塀の手前にはサツキの刈り込みを3群に分けて配置しています。刈り込みの数は南(右)から七・五・三となっていて、「獅子の子渡しの庭」ともいわれます。

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塀の外には様々な植栽による大刈り込みをやはり七・五・三に配置して、その向こうの比叡山を借景としています。石が一つもないのは、禅院式庭園としては極めて珍しいそうです。

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方丈(本堂)の中央の間には本尊の釈迦如来が祀られています。襖絵は、狩野山楽(1559-1635)が中国杭州西湖を描いた「淡彩山水図」です。部屋の中は撮影できませんでした。

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方丈の広縁の「血天井」は伏見城落城の際の遺構です。手や足の形がはっきり分かり生々しいものです。

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東の比叡山から上る月の景色が見事で、「月の庭」ともいわれています。毎年、中秋の名月の前後3日間は夜9時まで夜間特別拝観が行われます。今年は中秋の名月(10月4日)と満月(10月6日)がずれるそうですが、まだ特別拝観の情報がありません。

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広縁の端に。著名な写真家によるこの庭園の作品や、関連する書籍などが置いていあります。1996年のJRのポスターになってから、お月見の寺としても広く知られるようになりました。最後の写真はJRのポスターをまねて少し加工してあります。

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帰りは勝手口から出て、広い道を下ります。

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にゃんこがお見送りです。

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コメント

獅子の子渡しの庭
なんか違うなぁと思ったら、石がないのですね。
夜に月が出るとこんな借景になるのですね。
いいお月見となりそうです。

投稿: munixyu | 2017年9月12日 (火) 17:58

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