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2017年9月18日 (月)

蓮華寺 その歴史と五智如来像

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

仁和寺の東門の前に蓮華寺があります。山門は左の方にありますが、右の西入口から入ります。

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「蓮華寺」は山号を五智山という真言宗御室派の別格本山です。

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平安時代初めの806年、中国から帰国した弘法大師・空海は、広沢池の北西の北嵯峨(現在の後宇多天皇蓮華峰陵)の岩屋の中で、石に不動明王を刻んだといわれています。(右手の石碑には「後宇多天皇旧御所」として蓮華寺略史が書かれています。)

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平安時代中頃の1057年、御冷泉天皇の勅願を受け、藤原康基はこの弘法大師の不動尊を本尊として蓮華寺を建立しました。あわせて、弥陀、観音などの諸像を安置しました。(境内の中心に大きな石仏群がありますが、その由来は後ほど。)

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鎌倉時代の徳治年間(1306-1308)、蓮華寺は後宇多天皇により中興され、寺名を蓮華峰寺と改められました。後宇多法皇は落飾(剃髪)して住持となりました。(本堂は昭和の初めに建造されたものです。)

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室町時代の1467年、応仁の乱の兵火により焼失、鳴滝の音戸山(おんどやま、現在の宇多野病院裏)山腹に遷され、以後荒廃しました。(本堂には、本尊の阿弥陀如来坐像を安置しています。)

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江戸時代初めの1635年江戸の豪商・樋口平太夫家次は、霊夢に導かれ発心、入道して常信と名を改めました。常信は秩父34ヵ所、西国33ヵ所、坂東33ヵ所を、木の実、草の根を食べながら裸足で回り、6年間の修行を行ったといわれます。(境内に墓碑があります。)

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1641年、常信は荒廃していた音羽山の堂宇を再建し、真言宗の僧・尊祐を中興開山に招きました。仁和寺の宮覚深法親王より改めて五智山蓮華寺の号を賜りました。さらに、木喰僧・坦称上人に五智不動尊像の修理と石造五智如来の彫刻を依頼しました。

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その後、蓮華寺は乗円、雲寂上人らを出して栄えました。また、御室御所(仁和寺)院家として、総法務の宮(仁和寺の宮)の指南役を務め、六十六部(66霊場)の総本山となりました。総法務とは大寺の庶務を務め、僧尼を統率する役職です。(不動堂)

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その後蓮華寺は焼失して荒廃したといわれます。昭和3年(1928)、蓮華寺は住持の大僧正慈海上人により現在地の御室に再興されました。慈海上人は蓮華寺中興第18世といわれます。

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不動堂には、平安時代に寛朝大僧正が円融天皇中宮・藤原詮子のために安産を祈ったとされる不動明王像を安置しています。近畿三十六不動尊第十五番霊場となっています。

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東の塀の向こうは墓地になっていて、「時代劇の父」と呼ばれた映画監督・伊藤大輔や映画俳優・片岡千恵蔵の墓があります。

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昭和33年(1958) 鳴滝音羽山の山中に離散していた五智如来を始めとする石仏群を収集、修復をして境内に遷座安置されました。音戸山山頂には、今も蓮華寺中興17代までの霊墓が祀られているそうです。

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五智如来像は半丈六(立つと約2.4m)とされ、1641年に常信の依頼により、単称上人が、信州、浅間、紀州那智の三山で、それぞれ百日の荒行の後に彫った石像といわれます。「釈迦如来」は知恵聡明の功徳を表します。

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「阿弥陀如来」は極楽浄土の功徳を表します。

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「大日如来」は太陽を示し、万物を慈しみ、五穀豊穣の功徳を表します。

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「宝生如来」は福徳財宝の功徳を表します。

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「薬師如来」は病魔を退散させ、医学の功徳を表します。

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五智如来像の後ろには、虚空蔵、観世音、地蔵の各菩薩像、聖僧像、単称、平大夫両親、平大夫の像など11体の石像が並んでいます。

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鐘楼、梵鐘は「五智の鐘」というそうです。

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境内の西南隅に「海軍第4期兵科予備学生会」(1982)が建立した、太平洋戦争に学徒出陣した戦友を悼む碑があります。

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鐘楼の奥に鎮守社があります。

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年間行事として月祭事(毎月18日)、初祈祷会(1月1日-3日)、五智不動尊大祭(万巻経)(4月28日)、厄除招福大護摩会(柴灯大護摩会)(12月13日)があります。

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また、7月土用の丑の日には「きゅうりふうじ」が行われます。弘法大師が、五智不動尊に諸悪退散、諸病平癒の祈願を込めたことが由来とされます。きゅうりに願い事を書き、本堂で加持をしてもらい、病苦退散、長寿、安楽往生を祈願します。本堂前に碑があります。

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納経所と寺務所の玄関

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山門、向うは仁和寺です。

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コメント

台風、京都方向に行ったみたいですがだったでしょうか。
大阪は、逸れて助かりました。

投稿: munixyu | 2017年9月18日 (月) 12:04

★munixyuさん こんばんは♪
台風は進路が気になっていたのですが、知らないうちに京都を通り過ぎていました。

投稿: りせ | 2017年9月19日 (火) 18:14

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