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2017年7月14日 (金)

祇園祭 駒形稚児社参と御旅所

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

7月17日の祇園祭の山鉾巡行(前祭)が近づいてきましたが、祇園祭では7月の一月間にわたって様々は行事が行われます。それらは、八坂神社の主催と山鉾町の主催に区別できます。

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昨日の午後2時から行われた「久世駒形稚児社参」は、八坂神社の祭礼である神幸祭と還幸祭で神輿の先導役を務める、(久世)駒形稚児が行う「社参の儀」のことです。

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八坂神社とゆかりが深い綾戸國中神社から選ばれた二人の男児が、八坂神社の本殿でご神木の杉の葉を白い紙で包んだ「杉守(すぎまもり)」を頂くことで、神と人との間を取り持つ神の使いとなるのだそうです。神事が続いています。

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この日の午前中に、長刀鉾の稚児2人も同じように社参をして杉守を頂いています。八坂神社境内では、長刀鉾の稚児も下馬しなければならないのですが、駒形稚児は綾戸国中神社の神体の駒形を胸に掛けることによって、騎乗のまま本殿まで来ることができます。

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ただし、現在は馬に乗っていないようです。なぜ、綾戸國中神社の駒形に特別な力があるのでしょうか?(社参の儀が終わったようで、神職らが出てきました。)

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神代の頃、八坂神社の主祭神である素戔嗚尊(すさのおのみこと)は山城の地西の岡訓世の郷がまだ一面湖水の時、天から降り立ち水を切り流して土地を開き、広々とした平野としたとされます。

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そして、その土地の中心と思われる所に、愛馬・天幸駒の頭を自ら彫刻した「符」を届けました。それは、新羅に渡海する前の形見だったそうで、その形見の符が國中社の御神体になっています。(稚児も出てくるようです。)

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訓世の郷(現久世町)から祗園祭に供奉する稚児が、胸に上述の駒の頭の彫刻を掲げることから「駒形稚児」といわれます。(記念撮影が行われます。)

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古文書には、「國中社は素盞鳴尊の荒御魂なり。八坂郷祗園社は素盞鳴尊の和御魂なり。依って一体にして二神、二神にして一体で神秘の極みなり。」と記され、

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「御神幸の七月十七日に訓世の駒形稚児の到着なくば、御神輿は八坂神社から一歩も動かすことならぬ。若し此の駒故なくしてお滞りあるときは、必ず疫病流行し人々大いに悩む。」と書かれているそうです。

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下は2012年の神幸祭です。

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こちらは、2015年の還幸祭です。行きと帰りは違う稚児が先導を努めます。

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ところで、八坂神社としての祇園祭は明治以前は祇園御霊会とよばれ、ご神体を乗せた御神輿が御旅所まで往復する神幸祭と還幸祭が中心です。

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山鉾巡行は、神輿渡御に先立ってその道筋を清めるために行われた氏子の行事に始まり、室町時代には現在のように各自治組織(町衆)が独自に様々な山鉾を造って巡行するようになりました。(南楼門を出て、身支度を整えた常盤殿に戻ります。)

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ちなみに、長刀鉾の稚児たちは、神社の建物ではなく南楼門前にある「中村楼」が控えになっています。楼門の西に神輿庫がありますが、7月10日の神輿洗のときに、神輿は舞殿に遷されています。

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八坂神社には、主祭神として中御座に素戔嗚尊、東御座にその妻・櫛稲田姫命 (くしなだひめのみこと)、西御座に夫婦神の8人の子供・八柱御子神 (やはしらのみこがみ)が祀られています。それらの神が乗るための3基の神輿があります。、

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神輿渡御では、下の素戔嗚尊が乗る中御座神輿を三若神輿会が担ぎ、駒形稚児が先導します。六角形の屋根になっています。神泉苑通の三条にあった三条台村が中心となって男衆を組織して、かっては3基の神輿全てを担いでいたそうです。

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東御座神輿には櫛稲田姫命が乗り、東山三条の人々が中心の四若神輿会が担ぎます。四角形の屋根です。その前に東若御座神輿(子供神輿)があります。

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西御座神輿には八柱御子神が乗り、八角形の屋根です。錦市場の人たちの「錦神輿会」が担ぎます。

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3柱の祭神はまだ本殿に鎮座していて、7月15日の「宵宮際」の午後8時、全ての灯りを消した中で神霊が神輿に遷されます。

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7月24日の還幸祭で、やはり灯りを消した中で、心霊が神輿から本殿に戻されます。

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この後、八坂神社を出て御旅所まで行きます。かっては、大政所神輿(素戔嗚尊)と八王子神輿(八柱御子神)を安置する大政所御旅所と、少将井神輿(櫛稲田姫命)を安置する少将井御旅所がありました。

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祇園花見小路

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仲源寺(めやみ地蔵) 洛陽三十三所観音霊場巡りの16番札所です。先日の祇園白川の紫陽花の記事で、鴨川の治水のために弁財天を建立するように告げた僧がこの寺に消えた話がありましたね。

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耐震工事中の南座を囲むフェンスに、「皇都祇園祭礼四條河原之涼」が描かれていました。

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安土桃山時代に豊臣秀吉が二つの御旅所を統合して、現在の四条通京極に「八坂神社御旅所」が造られました。

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中央は普段お土産屋になっています。

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右端に八坂神社の境外末社の「冠者殿社」があります。素戔嗚尊を祀っていて、京の商売人や遊女から信仰され、誓文払いや誓文返しの神として知られてきました。商売のためについてしまった嘘の罪を祓ってくれるそうです。

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しばらく行くと、山鉾巡行の先頭を行く長刀鉾がすでに組みあがっていました。

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コメント

お祭りが出てくると、夏を感じますよね。
神輿、いいものです。
鐘の音が聞こえてきそうです。

投稿: munixyu | 2017年7月14日 (金) 11:31

神輿庫が心なしかキレイになってるような。。気のせいかな~。八坂神社っていつもどこかしら改修やらなんやらしてるイメージ。。。
せっかくなら社殿の儀式やらなんやらも含めていろいろ見てみたいんですが、他の土地の人間には参加するのは難しいですよね。。。東京の祭りでも神輿を担ぐ人が年々減って、担ぎたい他の土地の人を借り出しているなんて話を聞きますが、祇園祭はその心配はなさそう。。。
ここ数年還幸祭、山鉾巡行などを見ることができて、今年は先祭りがばっちり祝日!。。。ですが、飛行機の貯まったマイルの期限切れ等の関係で北海道に行くことにしましたw

投稿: ばるさろ | 2017年7月14日 (金) 23:57

★ばるさろさん こんばんは♪
お返事が遅くなりすみませんでした。京都でも神輿の担ぎ手が少なくなったという話を聞きます。祇園祭も町家の住民が少なくなって山鉾巡行に差し支えた時期があったそうです。最近は新しくできたマンションの住民も参加するようになって、地域の人だけでやっていけるようですね。

投稿: りせ | 2017年7月19日 (水) 00:09

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