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2017年7月 8日 (土)

一条戻橋と大峰寺跡

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

昨日の記事の晴明神社を後に堀川通を少し南に行くと、一条戻橋があります。この橋には、安倍晴明の式神だけでなく、多くの歴史上の物語に登場します。

堀川は794年の平安遷都の際に運河として整備され、平安京の北端の一条大路にかけられた「一条戻橋」は内裏と京外を分けていました。また、かつて近くに蓮台野という葬場があり、この橋はその葬列を見送り引き返す場所でもありました。

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平安時代前期の918年、文章博士・三善清行(きよつら)が臨終となり、八男の浄蔵貴所(きしょ)が駆けつけましたが、すでに死後5日目で葬列がこの橋に差し掛かっていました。修験道に通じていた浄蔵は、亡き父に一目合いたいとの一念で観法で祈ると父は蘇生し、父子二人で話をしましたが、7日目に清行は再び息絶えたといいます。

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平安時代中期の紫式部『源氏物語』では「ゆくはかへるの橋」と書かれ、和泉式部は『和泉式部続集』で「いづくにも帰るさまのみ渡ればやもどり橋とは人のいふらん」と詠みました。

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平安時代中期の武将・源頼光(948-1021)の屋敷がこの橋の東にあり、その臣下で四天王の一人の渡辺綱が橋で鬼女に襲われました。渡辺綱が鬼女の片腕を名刀で斬り落として愛宕山に追いやったという話は、『平家物語』を始めいくつかの物語に登場します。

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その後、この橋の付近で戦いや血なまぐさい事件が何度も起きています。江戸時代には市中引き回しの刑の罪人をこの橋まで連れてきて引き返したといいます。一方、太平洋戦争に出陣する兵士は、「無事に戻る」としてあえてこの橋を渡ったそうです。

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現在でも、婚礼の列は出戻らないように、霊柩車は故人を安らかに送るために、この橋を渡らないといわれています。

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一条戻橋の東にある西洞院通を少し北に行くと、ビルの片隅に「大峰寺跡」があります。このあたりは古来大峰野と呼ばれ、平安時代には大峰寺という寺院がありました。  

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大和国(奈良県)吉野の大峰山から名付けられた山伏修験者の道場で、当時は広い寺域にいくつもの坊舎が建てられ、多くの修験者で賑わい、大峰殿とも呼ばれたと伝えられています。

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しかしながら、その後寺は荒廃して、現在では石塔を残すのみとなっています(祠の中にあります)。

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この石塔は、花崗岩製の高さ2m以上ある巨大な宝塔で、役行者の塚、あるいは、その法孫・日円(にちえん)の塚ともいわれています。

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また、一説には三条天皇の中宮藤原妍子(けんし)が万寿4年(1027)に没し、大峰寺の前野(まえの)で火葬されたとされることから、その供養のため建てられた火葬塚とも伝えられています。

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石塔の両側に小さな祠がありますが、何が祀られているか分かりませんでした。いずれにしても、それぞれの祠にはお供え物があり、近所の方がお世話をしているのだと思われます。

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なお、この付近は、現在大峰図子(おおみねずし)町と呼ばれ、当寺の由緒を今に伝えています。図子とは細道や小道の意味です。

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西洞院通をさらに北に行くと、「武者小路千家官休庵」があります。

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官休庵は、千利休の孫・宗旦の次男宗守が江戸時代前期の寛文年間(1661-75)に造った武者小路千家(茶道三千家の一つ)の茶室です。

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江戸時代に3回焼失、明治初めに再建されました。官休庵ほか半宝庵、環翠園、祖堂、弘道庵など名席を飛石でつなぎ、中門の「編笠門」、石灯籠などを含め、露地庭園は雅趣に富んでいるといわれています。ただし、非公開です。

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前の通りは武者小路通です。

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昨日(7月7日)は七夕の日でしたね。北野天満宮(下)を始めいくつかの寺社で七夕祭がおこなわれましたが、京都では月遅れの七夕祭も多く、これからでもお楽しみいただけます。

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貴船神社

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コメント

最後の花はなんだろう。
よく見るけれどわからない花って結構気になりますよね。
母によると、アガパンサスっていうらしい。

投稿: munixyu | 2017年7月 8日 (土) 11:45

★munixyuさん こんばんは♪
よそのお宅に咲いている花は、名前が分からないものがありますね。おかげで、一つ覚えました。

投稿: りせ | 2017年7月 8日 (土) 22:32

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