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2017年6月13日 (火)

らくがき寺(単伝庵)

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

昨日の飛行神社から歩いて5分くらいの場所に、ユニークなお寺があります。車で来るときは、大通りから向こうにある駐車場を通って、下の山門前まで来れます。

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「単伝庵(たんでんあん)」は、山号は直指山(じきしざん)という、臨済宗妙心寺派のお寺ですが、「らくがき寺」とも呼ばれています。

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山門を入ると右に比翼地蔵尊が祀られています。

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単伝庵の創建やその経緯の詳細は不明ですが、かつては現在地の南西の神原にあったといわれています。(本堂兼の庫裏)

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ワンちゃんが庫裏の玄関を見張っています。

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一時廃絶して、男山48坊のひとつ・法童坊が管理していたともいわれています。(本尊は五大釈迦牟尼仏と観世音菩薩とされていますが、拝観はできません。)

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庫裏の前にお庭があり、その向こうに休憩所と二つのお堂が見えます。

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安土・桃山時代に臨済宗の僧・単伝士印(たんでん しいん)が再建して臨済宗に改め、再建開山となりました。以後、単伝庵と呼ばれるようになりました。その後荒廃しましたが、

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江戸時代中期の1721年、豊後国臼杵の月桂寺住持・瑞応が再建して中興の祖となりました。以来、江戸幕府より4石余りの禄が与えられました。本堂は幕末の1854年地震で倒壊しました。山門の正面に「大黒堂」があります。

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昭和32年(1957)に建立された新しいお堂ですが、

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正面に祀られている大黒天は由緒があります。

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今にも動き出しそうな姿をしており「走り大黒天」と呼ばれています。南北朝時代に楠木正成(1294?-1336)が石清水八幡宮改修の際に、武運長久を祈願して寄進したものといわれています。楠木の株の残りから刻まれたそうです。

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「身代わり関羽」 三国志で知られている関羽は、没後神格化されて伏魔大帝とも呼ばれ、病気の身代わりの守護神です。

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大黒堂の内部の白壁に願い事を書くことができるので、単伝庵は「らきがき寺」とも呼ばれています。

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大黒堂を建立する際にさまざまな援助を受けたので、大黒天に願い事がよく見えるようにと、壁に書くことを許すようになったそうです。

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白壁は毎年大晦日に塗り替えられますが、まだ6月なのに余白がほとんど残っていません。

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こちら側の壁にもびっしりと書かれています。願い事を書くには、祈願料(\300)が必要です。

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単伝庵は、平日でも予約をすれば拝観できるとのことです。

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「連理の松」

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隣に「地蔵堂」があります。

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人懐っこいワンちゃんでした。

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コメント

本当に落書きしちゃうんですね。
まだ6月なのに、後半どうするんだろう。
夏越で一度塗り直したほうがいいかもしれません。
読めなくなりそう。

投稿: munixyu | 2017年6月13日 (火) 12:42

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