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2017年6月 6日 (火)

京都市美術館界わい

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

一昨日の記事で平安神宮神苑を見た後、岡崎公園を通って無鄰菴に向かいました。TOPの写真の二条通から南が現在の神宮道です。下の写真の道は現在「岡崎プロムナード」といって公園の一部になっています。

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このあたりの二条通は、平安京の二条大路を東に延長した「二条大路末」があった場所です。その周辺には天皇らの六つの勅願寺「六勝寺」が建ち並んでいて、「白河街区」と呼ばれています。

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神宮道を南に少し行くと「岡崎・市電コンシェルジュ」があります。かっての市電の車両を利用して、岡崎地区に関する総合案内や情報発信をしています。

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みやこめっせの東の児童公園内に「成勝寺跡」の石碑があります。1139年崇徳天皇の勅願寺・成勝寺が建立されました(六勝寺の5番目)。

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ドイツ出身の学者ゴッドフリード・ワグネル(1831~1892)の記念碑があります。彼は1878年に京都を訪れ、様々な分野で京都の工業界の基礎を築き、日本の近代化に貢献しました。彼の業績を記念して、大正13年(1924)この記念碑が建造されました。

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京都市美術館の横にある「吉田松陰拝闕詩碑」  松陰は1831年ペリーが下田に来航した時に密航を企てて失敗、翌年長崎停泊中のロシア艦隊に加わるために京に入りました。そのとき、孝明天皇が時世を憂えていることを聞いて、自分の尊王思想を表した詩です。

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神宮道の向こうは「京都市美術館」、現在再整備工事のため休館中です。50年間の命名権の対価で工事を行い、工事後は「京都市京セラ美術館」となります。命名権売却について、美術関係者や市民から歴史ある美術館にそぐわないと批判がでていました。

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今まで命名権について地方自治法などに規定がなかったそうです。そこで、今年の5月30日に「市施設の命名権(ネーミングライツ)の売却については、事前に市議会の同意が必要」という条例改正案が、京都市議会の全会一致で可決されました。

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敷地の北西にある広場は、昨年10月から発掘調査が行われた白河街区の跡地です。このあたりの西に成勝寺、東に円勝寺がありました。円勝寺は1128年に建立された待賢門院璋子の勅願寺です(六勝寺の4番目)。その東で新たに発掘が行われていました。

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先の発掘調査では、二つの寺院の境界を示す溝や寺を管理した人々の住居の柱穴跡などが発見され、境内の伽藍配置の一端が分かったそうです。フェンスで囲まれた区域の東の方で発掘が行われているようです。

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発掘が行われている場所は美術館の北玄関の前でした。手前は円勝寺の境内で、向こうには二条大路末が通っていたと思われます。

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今年の正月には美術館の正面玄関横でも発掘が行われていました。京都市埋蔵文化財研究所では、美術館の再整備工事で影響を受ける白川街区跡(岡崎遺跡)の発掘調査を2018年3月末まで行う予定だそうです。

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その東の石段を上ったところに、1970年に行われた円勝寺跡地の発掘調査の記念碑があります。右にある美術館の収蔵庫を建造する前に行われた調査でした。

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この調査では平安時代から鎌倉時代にかけての礎石据付穴、掘立柱建物、築地跡、雨落溝などが発見され、円勝寺の東端の遺構であると確認されました。

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白川天皇(のち法王)は献上された藤原氏の別荘地(白河別業)に、1075年から法勝寺の造営を始め、長期にわたって多数の建物が建造されました。六勝寺の最初の寺で、現在の動物園の敷地を含む広大な境内を有していました。(左は岡崎通、向かいが動物園)

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白河天皇はその後譲位して、幼少の天皇を擁立して院政をしきました。(美術館の裏に来ました。)

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円勝寺を建立した待賢門院は、藤原公実と藤原光子の娘でしたが、幼いころから白河法皇と祇園女御に養われ、鳥羽天皇の中宮となった女性です。下が美術館の収蔵庫です。

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最後の延勝寺以外の5寺はいずれも白河法皇の時代に建てられました。つまり、法勝寺は院政時代の中心となった寺でした。美術館の裏(東)に日本庭園があり、向こうの建物は美術館の事務棟です。

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池には琵琶湖疏水の水を引き入れ、藤棚もある回遊式庭園です。

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この庭は明治43年(1910)に築造された美術館の商品陳列所の庭が前身で、その工事主任は七代目小川治兵衛でした。自由に入れる庭ですが、近所の方以外訪れる人はあまりいません。

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琵琶湖疏水にかかる橋から、向こうは琵琶湖疏水記念館。

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疏水沿いの歩道は「六勝寺の小径」や「六勝寺桜並木」と呼ばれています。

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向こうは京都市立動物園、観覧車がある場所にかって法勝寺の八角九重塔が建っていたそうです。観覧車は昭和31年(1956)に完成し、本州では現役最古だそうです。

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観覧車は高さ12mあり岡崎一帯を上から見晴らせる数少ないビュースポットとなっています。法勝寺の塔は高さ80mもあり、観覧車の6倍以上の高さでした。

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この後訪れる無鄰菴の塀が見えてきました。

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コメント

名もない草の美しさって、いいものですよね。
こないだの草の花といい、今日の草の花といい。
癒されますよね。

投稿: munixyu | 2017年6月 6日 (火) 12:19

いや~~眩しいですねぇ!この辺りは道も広いし建物もでかいのがドーンとあるだけで、日陰が少ないので、おひさまに睨まれると逃げ場がない感じw
市電の車両は遠目に見ましたが、中に入れるんですね。。。今はなき市電に変わってバスが大活躍の京都市内ですが、最近一日乗車券の値上げが計画されているとか。。。混むところを少し外せばとても便利なので、何とか維持してほしいなぁ
美術館のネーミングライツは京セラと入っただけだし、むしろ京都らしさが増したようなw以前みたことのあるネーミングライツでインパクトがあったのは、「コンドロイチン釜石駅」でしたw
震災よりもずっと前からだったので、ネーミングライツが出始めた頃からだと思います。
美術館へは遠くからの観光客はなかなか行かないでしょうね。ルーブルみたいな有名どころってほどでもないですし。。。寺社仏閣がそれぞれ小さな美術館みたいなもんだし。。。となると関西近郊にいかにアピールするかってのが重要かもしれません。。。

投稿: ばるさろ | 2017年6月 6日 (火) 21:30

★ばるさろさん こんばんは♪
京都市では、今まで野球場、体育館、京都会館などが企業に命名権を売却したのですが、めだった反対はありませんでした。京都市美術館は、当初昭和天皇の即位を記念して建てられ、公立美術館としては東京都美術館についで日本で2番目でした。収蔵品は明治から昭和初期までの日本画、洋画、工芸品が中心で、それらの作者(所有者)らが、私企業の美術館に納めた覚えはないとして反対の声をあげました。また、美術団体や美術系の学者たちからも反対があがり、市民の方も自分たちの文化財という意識があって、問題が大きくなりました。
 市議会の与野党とも問題があるとして市当局に再考を求めたのですが、財政難や企業との契約が進んでいて、先日の条例改正で矛を収めたという形になりました。

投稿: りせ | 2017年6月 6日 (火) 23:45

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