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2017年5月20日 (土)

比叡山延暦寺 東塔地域 2017

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

一昨日の比叡山延暦寺・西塔からシャトルバスで延暦寺バスターミナルまで来ました。ここは東塔地域とよばれ、伝教大師最澄が延暦寺を開いた「延暦寺発祥の地」で、根本中堂、阿弥陀堂、大講堂など重要な建物が集まっています。

この日は最初に阿弥陀堂に向かいました。坂道を上る途中に「戒壇院」があります。 

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天台宗の僧侶が受戒するお堂で、内陣に釈迦如来座像と文殊、弥勒両菩薩が祀られています。

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さらに坂道を上ると、幅広い石段が見えてきます。

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石段の途中から阿弥陀堂の宝珠が見えてきます。

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「阿弥陀堂」 昭和12年(1937)に比叡山開創1150年大法要を記念して建立され、本尊は丈六の阿弥陀如来です。檀信徒の先祖回向の道場で、一般の方の回向法要もしているそうです。右には納経所、左には塔があります。

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「法華総持院東塔」 最澄は、日本を護るため全国6か所に宝塔を建てる計画をして、その中心がこの東塔です。 本尊として大日如来をはじめとする五智如来を祀り、塔の上層部には仏舎利と法華経が安置されています。昭和55年(1980)の再建。

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東塔の石段を上ると、先ほど通った(TOPの写真)枝垂桜が見えます。

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琵琶湖の南部も見えます。向こうの山は近江富士とよばれる三上山です。標高がj432mで、比叡山頂(848m)近くにある東塔からは見下ろす角度になります。

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この地域では東塔が一番高いところにあり、坂道を下っていくと平和の鐘が見えてきます。

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「大講堂」 本尊の大日如来、その左右に比叡山で修行した各宗派の宗祖の木像が祀られています。現在の建物は昭和39年(1964)に山麓坂本の讃仏堂を移築したものです。

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大講堂の裏に由緒のある二つの建物があります。「瑞雲院」は、かつては教光坊と呼ばれ、江戸時代に再興されて瑞雲院と改称されました。大講堂の政所(事務所)で、現在の建物は昭和48年(1973)の再建です。

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「前唐院」は平安時代に創建され、唐から来日した僧や帰国した僧の住居でした。後に唐院(後唐院)が建立されたので、こちらは前唐院と呼ばれています。

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「平和の鐘」 大講堂の横にあって、参拝者が撞くことができます。鐘楼の工事が終わってきれいな色に塗り替えられていました。

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鐘楼の横の石段を下ります。途中に「登天天満宮」があります。大宰府に左遷させられた菅原道真は都を恋い焦がれるあまり、死後に怨霊となって天変地異が相次ぎ、人々は怨霊を恐れました。

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その頃、比叡山に法力に優れた尊意和尚(後の天台座主)がいて、その怨霊を封じようとすると和尚に襲い掛かりました。しかし、和尚の説法に悔い改め、自分を祈るものは災厄から逃れると約束して、十一面観音になって天に上ったという言い伝えがあります。

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「奉納牛像」 奉納した福田海(ふくでんかい)は、霊場旧跡の復興、無縁仏の祭祀、池溝の浚渫(しゅんせつ)などの奉仕をする宗教法人だそうです。その開祖・中山通幽は、神仏分離令後の困窮した延暦寺に、不滅の法灯の種油を自ら背負って寄進し続けました。

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その縁によって、明治31年に不滅の法灯は福田海に分灯されたそうです。下は「万拝堂」 日本各地の仏、菩薩、神を勧請し、さらに世界の神々をも迎えて奉安し、平和と人類の平安を祈願しているそうです。平成にできた新堂です。

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根本中堂への坂道に来ました。延暦寺では東塔、西塔、横川にそれぞれ中心となる仏堂(中堂)があり、東塔の「根本中堂」(国宝)はその最大の仏堂であ、延暦寺の総本堂です。根本中堂と廻廊(重文)は平成28年度から約10年をかけた大改修中です。

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根本中堂の建物は徳川家光の命で寛永19年(1642)に竣工したもので、本尊の前には、1200年間灯り続けている「不滅の法灯」が安置されています。工事中でも参拝することができます。

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文殊塔への石段を上ります。

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石段から根本中堂を見下ろすのは定番の写真ですが、いつもと景色が違います。

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「文殊楼」 延暦寺の山門にあたり、徒歩で坂本から登って来るとこの門をくぐることになります。 第3代座主・慈覚大師円仁が中国五台山の文殊菩薩堂にならって創建し、寛文8年(1668)の焼失後再建されたものです。

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「青海鎮大使張保皐碑」 平成6年(1994)の円仁生誕1200年記念として、文殊楼の横に建立されたものです。張保皐は、円仁が承和5年(838)に入唐するのを支援し、五台山や長安の巡礼を実現させるなど、円仁が大恩人として感謝していた武将です。

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坂の上にある「天台大師像」 最澄が天台宗を開くに当って、中国浙江省にある天台山で悟りを得た天台大師智顗(538-597)の名をとり、天台宗では天台大師を「高祖」と仰いでいるそうです。

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ここは、このあたりで一番高い場所で、天台大師像は根本中堂を見守っているようです。

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文殊塔の坂本側に下ります。

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下に「延暦寺会館」が見えます。精進料理がいただける宿泊施設(宿坊)で、インターネットでも予約ができます。西塔のバス停で見た「しょうぐうさん」がお出迎えしています。

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中本紫公の句碑「落し文あらむか月の比叡泊まり」 紫公は膳所中庄に長く住んでいた俳人で、俳句雑誌「花藻」を創刊しました。

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ここからバスターミナルに戻ります。比叡山の記事はこれでお終いです。

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コメント

夏ですよね。
静けさを感じます。紫陽花も出てきましたか。
梅雨までしばらく気持ちいい夏が続きそうですね。

投稿: munixyu | 2017年5月20日 (土) 09:50

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