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2017年5月13日 (土)

宇治上神社 源氏物語と世界文化資産

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

昨日の記事の三室戸寺を後に、宇治に来ました。この日は平等院には寄らず、宇治川の対岸にある寺社を訪れました。

「さわらびの道」を宇治上神社に向かいます。途中に源氏物語ミュージアムがありますが、休館日でした。

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「早蕨(さわらび)」は源氏物語の宇治十帖の一つで、このあたりがその舞台だったので散策路(右)の名になっています。左は大吉山に登る道で、その脇に「総角(あげまき)之古跡」の石碑があります。

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総角も宇治十帖の一つで、この付近が源氏物語の八の宮邸跡と想定され、1970年に石碑が建立されました。与謝野晶子「こころをば火の思ひもて焼かましと願ひき身をば煙にぞする」。

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「与謝野晶子の歌碑」 晶子は「源氏物語」の現代語訳「新新訳源氏物語」に加えて、源氏物語54帖を54首の歌で表現した「源氏物語礼讃」を著しました。そのうち、宇治十帖の10首が晶子の真筆で刻まれています。上に載せた歌もその一つです。

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「宇治上(うじがみ)神社」は明治以前は宇治神社と一体となって、「離宮社」あるいは「離宮八幡」と呼ばれていました。下は北門。

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かってこのあたりには、応神天皇の皇子・菟道稚郎子(うじのわきいらつこ)の邸宅があった場所でした。下が表門。

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皇子の亡くなった後、邸宅跡に兄・仁徳天皇が祠を建てその霊を祭ったのが両神社の起こりといわれています。また、応神天皇の離宮とも関わりがあったと思われ、「離宮社」、「離宮八幡」とも呼ばれていました。

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「拝殿」(国宝) 鎌倉時代の建物ですが、平安時代の住宅様式が取り入れられ、独特の屋根の美しい曲線が目を引きます。 もとは離宮の建物だったのではないかと考えられていす。

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離宮社はこの地域の産土神(うぶずながみ)として信仰され、対岸に平等院が建立されると、その鎮守社にもなりました。平安から鎌倉時代にかけて藤原氏の援助もあり、「離宮祭」が盛大に行われたと伝えられています。

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上の授与所・受付の後ろに、樹齢300年以上とされるご神木の欅(けやき)があり、宇治市名木百選の一つになっています。

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拝殿の右に湧き水「桐原水(きりはらすい)」があります。室町時代に、発展した宇治茶に伴って「宇治七名水」が定められました。他の六名水は失われてしまいましたが、桐原水だけが今もなお涌き出しています。

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拝殿の裏に摂社が並んでいます。そのうち、石段を上ったところには「春日社」(重文)があります。春日社は鎌倉時代の建造で、平等院の鎮守社であった離宮社に、藤原氏が一族の繁栄を願って建てたものと考えられます。

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祭神として、藤原氏の氏神・武甕槌命 (たけみかつちのみこと)とその祖神・天児屋根命(あめのこやねのみこと)を祀ります。この2神は春日大社の祭神でもあります。

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春日社の横にある岩は「天降石」あるいは「岩神」と呼ばれ、古くは神が降臨したとされる磐座ではないかとも考えられ、かっての本殿があった場所を示しています。

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拝殿(左)の真後ろに「本殿」の覆屋があります。中に三つの社が納められ(見えませんが)、右が莵道稚郎子、中央が応神天皇、左が仁徳天皇を祀っています。

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これらの本殿の建物は、2007年に年輪年代測定法によって平安時代後期の1060年の木材が使われていることが分かり、日本最古の神社建築と判明しました。また、覆屋も同時期に建てられたことが分かり、本殿、覆屋ともに国宝に指定されています。

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本殿の左にも摂社があります。下は「武本稲荷社」で、祭神の倉稲魂命(うがのみたまのみこと)は食物、穀物を司る神です(伏見稲荷大社の主祭神でもあります。)

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ところで、祭神の莵道稚郎子は、宇治十帖の八の宮のモデルだといわれています。八の宮は、宇治十帖に登場する3人のヒロイン、宇治の大君・中君・浮舟の父で、山寺(三室戸寺)の阿闍梨に師事していましたが、婚期を逸しつつある娘たちが気がかりでなりません。

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薫は光源氏の次男として生まれ恵まれた環境にありましたが、自己の出生に疑問を感じていました。源氏の死後、悶々とした日々を過ごしていました。還俗のまま仏道に専念している八の宮のことを知り、宇治の屋敷を訪れるところから宇治十帖が始まります。 

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宇治上神社は1994年に、「古都京都の文化財」の構成要素(17の寺社)の一つとして世界文化遺産に指定されました。西にある鳥居と石標、こちらが入り口です。

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「早蕨之古跡」 宇治十帖の第4帖では、父・八の宮と姉・大君をなくした中君のもとに、例年のように阿闍梨から蕨や土筆(つくし)の土産が届きます。巻名は中君の和歌「この春は誰にか見せむ 亡き人の形見に摘める 嶺の早蕨」にちなんでいます。

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ここから宇治神社はすぐそこです。

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コメント

おはようございます。
今日も丁寧に解りやすい解説、嬉しいです。
旅の貴重な資料となります。
取材ご苦労様でした。

投稿: さゆうさん | 2017年5月13日 (土) 07:08

緑がどんどん前に出てきて新緑の雰囲気がいいですよね。
森林浴、そんな言葉が浮かんできます。

投稿: munixyu | 2017年5月13日 (土) 09:27

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