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2017年5月16日 (火)

葵祭2017 京都御所を出発

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

昨日行われた葵祭を見てきました。最初に京都御所の建礼門前を出発する行列を見送ります。

「葵祭」は上賀茂神社、下鴨神社の例祭で古くは「賀茂祭」といい、その起源は1400年前に遡ります。最初に、京都府警・平安騎馬隊の皆さんが順路の安全を確かめます。

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欽明天皇(在位539~571)の頃に、国内は風雨がはげしく、五穀が実らなかったので、賀茂社の崇敬者であった、卜部伊吉若日子を勅使として、4月の中酉の日に祭礼を行ったところ、風雨はおさまり、五穀は豊かに実って国民も安泰になったといいます。

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その祭礼では、馬には鈴をかけ、人は猪頭(ししがしら)をかぶって駆競(かけくらべ)をしたといいます。(行列を先導する6騎の乗尻(のりじり)は、上賀茂の競べ馬の騎手ですが、古くは六衛府の衛士(えじ)がこれに当たりました。)

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また、平安時代初め弘仁10年(819)には、朝廷の律令制度として、最も重要な恒例祭祀(中祀)に準じて行うという、国家的行事になりました。(検非違使庁の役人・「検非違使志(けびいしのさかん)」は司法警察の担当者で部下を従えて行列の警護にあたります。)

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「山城使(やましろつかい)」 賀茂の両社とも洛外にあり、山城の国司の管轄区域になりまう。そのため地方警察として警護の任につきます。

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「御幣櫃(ごへいびつ)」 賀茂両社の神前に供える御幣物を納めた櫃で、下社二座、上社一座、合わせて三合の白木の唐櫃に注連縄をかけ、白丁にかつがれていきます。衛士が先導します。

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「馬寮使(めりょうつかい)」 走馬をつかさどる左馬允(さまのじょう)は、六位の武官で騎乗し、弓矢を調度掛に持たせています。

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「牛車」は俗に御所車といわれ、勅使の乗る車です。牛童(うしわらわ)、車方、大工職などの車役が付き添い、後ろに替え牛を従えています。

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平安時代中期には、単に「祭り」とは葵祭を指すほどになりました。(牛車には現在誰も乗っていませんが、もともとは勅使が乗る車でした。藤の花で飾られています。)

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かっての祭儀は、「宮中の儀」、「路頭の儀」、「社頭の儀」の三つからなっていましたが、現在は路頭の儀と社頭の儀だけが行われます。(私の横にはテレビ局のカメラが並んでいて、行列の皆さんが振り向いてくれます。)

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右に「和琴(わごん) 」、御物の和琴で「河霧」の銘があります。神前の奏楽用として舞人の前の、2人で運ばれます。続いて「舞人(まいうど)」6人が騎乗で続きます。

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「勅使」は天皇の使いで近衛使(このえづかい)ともいわれ、行列中の最高位者。現在、勅使は路頭の儀(行列)には加わらず、代理の近衛使代が勤めます。当時の様式どおり、飾太刀を差し朧(くとり、御馬役人)が口を取ります。

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勅使には舎人、居飼(いかい)、手振が従います。下は舎人が引く「牽馬(ひきうま)」で、勅使の替え馬として帰路に備えます。

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「風流傘(ふりゅうがさ)」、大傘の上に牡丹や杜若など季節の花(造花)を飾り付けたもの。行列の装いとして取物舎人4人でかざしてゆきます。

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ここまでの行列は勅使(代)が中心となる「本列」です。もう一つの風流傘は造花が少し異なり、本列の結びとなります。

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しばらくして、もう一つの列、「斎王代列」がやってきました。こちらは斎王代が中心で、女人列ともいわれます。

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先頭の「命婦(みょうぶ)」は、小桂(こうちき)を着用する高級女官です。そのあとに、食事をつかさどる女官、「女嬬(にょじゅ)」が続きます。

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葵祭は、室町時代の応仁の乱(1467-77)から江戸時時代の元禄6年(1693)まで約200年間、明治4年(1871)から明治16年(1883)まで、昭和18年(1943)から昭和27年(1952)まで、中断や行列の中止がありました。(命婦はそれぞれ、花傘をさしかけて歩きます。)

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「斎王」は、平安時代には内親王が選ばれて国家的な祭に奉仕しました。現在は未婚の市民女性から選ばれるので、斎王代とよばれます。

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今の葵祭ば斎王代が主役のようになっていますが、斎王代が葵祭に登場したのはそれほど古くありません。(前後にお供する稚児がかわいい。)

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御禊(みそぎ)を済ませた斎王代は、五衣裳唐衣(いつつぎぬものからぎぬ)、俗に十二単(じゅうにひとえ)の大礼服装をまとい、供奉者にかつがれた腰輿(およよ)という輿に乗って行進します。

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終戦前後の中断の後、昭和28年(1953)年に葵祭が復活し、昭和31年(1956)になって初めて斎王代が登場しました。(稚児たちも、ここから上賀茂神社までの約8㎞の行程を歩きます。)

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「騎女(むなのりおんな)」 斎王付きの清浄な巫女(みかんこ)で、6騎の女丈夫として騎馬で参向します。

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「蔵人所陪従(くろうどどころべいじゅう)」は、斎院の物品、会計をつかさどる蔵人所の、雅楽を演奏する文官で、それぞれ楽器を持っています。

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もう一つの「牛車」にも誰も乗っていませんが、かっては斎王の乗り物で俗に女房車とよばれました。

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この牛車には、葵と桂のほか桜と橘の飾りがつきます。

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最後は武装した武官で、行列の背後を守ります。

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行列(路頭の儀)は堺町御門を出て、下鴨神社で社頭の儀が行われ、午後に上賀茂神社に向かいます。私は賀茂街道で行列を待つことにしました。

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葵橋の上から出町橋を渡る斎王代列が見えました。

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コメント

いよいよ本格的な夏がやってきましたね。
ここから祇園祭まで、京都は祭りだらけの楽しい時間
となりますよね。
暑さと祭り、いいもんだと思います。

投稿: munixyu | 2017年5月16日 (火) 12:34

こんにちは。
今回湖も的確な絵と解説の言葉があり、内容絵尾よく知ることが出来ました。
今まではただ何となくながめていましたが、勉強になりました。
ありがとうございます。

投稿: さゆうさん | 2017年5月16日 (火) 13:43

★さゆうさん こんにちは♪
お返事が滞り、すみませんでした。
いつも暖かいコメント、励みになります。ありがとうございます。

投稿: りせ | 2017年5月17日 (水) 18:40

★munixyuさん こんばんは♪
お祭りを写真に撮るのは、結構緊張します。最近では、早くから大勢のカメラマンが待機していて、場所を探すのに苦労します。祭りが始まると、肝心なシーンを逃さずにシャッターを切るのが大変です。それも急に前の人が立ち上がって見えなくなったり、ピントがそちらに合ってしまったりです。それでも満足な写真を撮れたときは嬉しいので、いつも出かけてしまいます。

投稿: りせ | 2017年5月17日 (水) 18:58

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