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2017年5月12日 (金)

三室戸寺 満開のつつじと秘仏

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

つつじが満開の三室戸寺を訪れました(5月8日)。実は4月30日にも訪れましたが、つつじの開花が例年よりかなり遅れていて、改めて出直しました。

「三室戸寺」は、山号を明星山という本山修験宗の別格本山で、西国三十三所観音霊場第10番札所としても知られています。

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三室戸寺は、奈良時代の宝亀元年(770)、光仁天皇の勅願により、南都大安寺・行表禅師が観音像を祀る御室戸寺を創建したのが始まりとされます。山門までの参道からつつじ苑が見えます(TOPの写真)。

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平安時代になり、光仁天皇の子・桓武天皇は千手観世音菩薩像を自ら造り、その胎内に当初の本尊の観音像を納めて、改めて本尊としました。その後、平安時代を通じて皇室の帰依が続き、堂宇が整備されてきました。

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平安時代末には白河法皇の皇子・静証法親王(御室戸宮)が入寺しました。この頃には、創建以来、光仁、花山、白河の三天皇の離宮(御室)になってきたので、「三室戸寺」と称するようになったといわれています。

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「本堂」(府指定文化財)は、江戸時代の1814年の建設です。

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「阿弥陀堂」(府指定文化財)は、江戸時代の1747年に建立され、親鸞の父・日野有範の墓とされています。

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「鐘楼」は江戸時代の1689年、「三重塔」は1704年の建立で、ともに府指定文化財です。

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鐘楼の横に「浮舟古跡」の碑が立っています。江戸時代には浮舟古跡社が祀られ、仏像が安置されていて、後に石碑に改められたといいます。『源氏物語』の『宇治十帖』では、三角関係の恋に苦しんだ浮舟は尼になることを決意します。

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物語に登場する阿闍梨の山寺は三室戸寺がモデルだといわれています。ここからつつじ苑(あじさい苑)に向かいます。

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つつじ苑には、平戸ツツジ、霧島ツツジ、久留米ツツジ、ミツバツツジなど2万株が植えられています。、

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最初に、つつじ苑の中央を流れる小川に沿って下ります。、

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小川の対岸の斜面に様々なつつじが密生しています。

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ところで、桓武天皇はなぜ大きな観音像を作って、父・光仁天皇が本尊とした仏をその胎内に納めたのでしょうか?

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寺伝によると、創建と本尊に関して次のような伝承があります。(橋を渡って「花の茶屋」の前を通ります。)

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天智天皇の孫にあたる白壁王(後の光仁天皇)は、毎夜宮中に達する金色の光の正体を知りたいと願っていました。そこで、右少弁(右少史とも)の藤原犬養という者に命じて、その光の元を探らせました。

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犬養がその光を求めて宇治川の支流・志津川の上流へたどり着くと、滝壺に身のたけ二丈(6m)ばかりの千手観音像を見ました。

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犬養が滝壺へ飛び込んで千手観音像を抱き上げると、一尺二寸(36㎝)の二臂の観世音菩薩像に変わってしまったといいます。(つつじが咲く斜面を上ります。)

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犬養は都に帰って事の始終を天皇に奏上すると、天皇は心を動かされ、早速宮中にその像を祀りました。後に、その像を本尊として御室戸寺を創建したのです。

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御室戸寺の創建以来、その観世音菩薩像は勅封されてきました。勅封とは天皇の勅命によって封印することです。

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桓武天皇は延暦24年(805)に観世音菩薩像を開扉して大供養を営なみ、自ら最初に出現した二丈一尺の千手観世音菩薩像を彫刻して、観世音菩薩像を胎内に納めて、大悲閣を造立して、御室戸寺を帝都鎮護の御寺としました。

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桓武天皇は観世音菩薩像が都を守る霊力があると考えたのですが、父が勅封したので新たに造った千手観世音菩薩像の胎内に納めたのです。

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高さ二丈の観音像は寛正年間(1460 - 1466年)の火災で失われましたが、胎内に納められていた一尺二寸の二臂の観音像は無事だったといいます。

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焼け残った本尊は金銅像ですが、厳重な秘仏で写真も公表されていないので、文化財の指定もありません。また、二臂なのに千手観音像と称しているのは、上で説明した経緯からだと考えられています。(向こうに本堂が見えます。)

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秘仏の本尊を模して造られた「お前立ち」像は、大ぶりの宝冠を戴き、両手は胸前で組み、天衣の表現は図式的で、体側に左右対称に鰭(ひれ)状に広がっています。(つつじ・あじさい苑の端からは三重塔が見えます。)

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この姿は奈良・法隆寺夢殿の救世観音像など、飛鳥時代の仏像にみられるものだそうです。お前立は、小さな本尊を忠実に拡大したため細部が省略されて、かえってモダンな雰囲気がするそうです。

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本尊の千手観音像は平成21年(2009)10月1日 - 11月30日に84年ぶりに開扉されました。鑑定すれば国宝級の価値があるとされる本尊ですが、三室戸寺は今後も創建時の言い伝えを守っていくようです。

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コメント

おはようございます。
歴史的建造物や鑑賞する所が沢山り、移動にもそう時間がかからない所がいいですよね。
北海道は見る所までの移動距離が半端じゃないので、本州から来られる方々は、車中では退屈するようですね。

投稿: さゆうさん | 2017年5月12日 (金) 06:43

青い空とつつじが夏らしくていいですね。
つつじもいろいろな色があって、楽しいですよね。

投稿: munixyu | 2017年5月12日 (金) 09:06

こんにちは。
私も5月2日に行った時はつつじがまだまだだったので もう一度5月9日に 出直し再訪してきました。

9日は つつじは見事に満開でしたが
2日に山門近くで満開だったトキワマンサクの木も
三重塔を見下ろす山の斜面上の真紅のシャクナゲも
残念ながらほぼ咲き終わっていました。
すべてのタイミングが合う時に行きたいなんて
わがまま? 贅沢すぎ? ですね?
山の斜面から見下ろす新緑の中の三重塔の眺めが好きです。

どちらのお寺の秘仏も
何十年に1度のご開扉の時期に
生涯1度の貴重な出会いをいただけるとすれば
それはまさに「ご縁」そのもの!であると思います。


投稿: カワセミ | 2017年5月12日 (金) 18:51

★さゆうさん こんばんは♪
三室戸寺は京阪の駅から歩いて15分くらいあって、ちょっと不便だなと思っていたのですが、北海道に比べたら便利な場所になるのでしょうね。宇治の寺社にも歩いて15分くらいで、お互いの歴史も関係し合っているので、同時に訪れるとよいところです。

投稿: りせ | 2017年5月12日 (金) 21:12

★カワセミさん こんばんは♪
カワセさんと私は、考えることや行動パターンが似ているようですね。三室戸寺はアジサイも見逃せないので、ちょっと”めんどくさい”お寺ですね。
秘仏は是非見てみたかったのですが、私にはもう機会がありません。ご縁がなかったというこですね。

投稿: りせ | 2017年5月12日 (金) 21:26

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