渡月橋 2017春
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市内より遅れて桜が見頃になった嵐山に行ってきました。嵐電の嵐山駅を出て、渡月橋に向かいます。
渡月橋の北に来ました。
法輪寺の桜も見頃のようです。
中ノ島(嵐山公園)の桜も満開で、大勢の人出が見えます。後で立ち寄ります。
中ノ島の渡月亭の横。
渡月小橋の上から 左の岸には「星のや京都」の送迎船の桟橋、屋形船とボートの乗り場があります。
お客を下した保津川下りの船が戻ってきました。
小橋の反対側で船を預けて、船頭さんは車で保津川下りの出発点の亀岡に戻ります。
渡月小橋を渡って、大堰川の右岸を少し遡ります。ここには外国人に人気の岩田山モンキーパークがあります。
今まで気にしていませんでしたが、茶店の前に石碑があります。よく見ると「露営の歌」の碑でした。露営の歌は、「勝ってくるぞと 勇ましく 誓って故郷(くに)を・・・」で始まる軍歌ですが、なぜこの場所に石碑が建っているのでしょうか?
昭和12年(1937)に日中戦争が勃発し、毎日新聞が戦意高揚のために「進軍の歌」の歌詞を公募しました。第1位入選作品は陸軍戸山学校軍楽隊が作曲しました。上の歌は、佳作第一席に入選した歌詞に古関裕而が作曲して『露営の歌』と曲名が改められたものです。
二つの軍歌のレコードは日本コロンビアから発売されましたが、B面の露営の歌がA面をしのぐ人気となり、当時としては珍しい60万枚の売り上げとなりました。(星のや京都の送迎船が帰ってきました。)
露営の歌を作詞した薮内喜一郎氏は京都市役所に勤務していて、友人の毎日新聞記者・岸田正三氏が提唱して、京都嵐山保勝会と右京区在郷軍人会連合分会が音頭をとって翌年この場所に記念碑が建てられました。(屋形船が出発しました。)
この歌は、軍歌とはいうものの、3番では「夢に出てきた 父上に死んで還れと 励まされ 覚めて睨むは 敵の空」、4番「笑って死んだ 戦友が 天皇陛下 万歳と 残した声が 忘らりょか」、

5番では「戦争(いくさ)する身は かねてから 捨てる覚悟で いるものを 鳴いてくれるな 草の虫」と 戦争に対する率直な気持ちを表現しているのが、大ヒットにつながったといわれています。

古関裕而は新聞に発表された歌詞を旅行中に見て心を動かされ、依頼されていないにもかかわらず作曲をしたそうです。今日の記事は軍歌の話で終わってしまいましたが、この後法輪寺を訪れました。
昨日(4月14日)賀茂川沿いの道を歩いてきました。ソメイヨシノはあまり散っていなくて見頃の状態が続いていました。半木の道の枝垂桜は蕾も残っていて、もうしばらく楽しめそうです。
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コメント
軍歌と言えば、海ゆかばとか、いろいろあるけど
みんな悲しいですよね。
よく読むほど、戦争してはいけないと強く思います。
投稿: munixyu | 2017年4月15日 (土) 09:45