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2017年3月 5日 (日)

光琳の梅と浦の廻廊 下鴨神社

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

3月1日に下鴨神社の「光琳の梅」を見てきました。一昨日の流しびなのときにも満開の状態が続いていましたので、後で訪れた「浦の廻廊」と合わせて記事にすることにしました。

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「光琳の梅」とは御手洗川にかかる輪(そり)橋のたもとにある紅梅のことです。

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「琳派」の名の由来となった尾形光琳が描いた国宝「紅白梅図屏風」のモデルとも伝えられることから、この名がつけられました。

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紅白梅図屏風は尾形光琳の晩年期の傑作です。2曲1双の屏風の金箔地中央に工芸模様的ないぶし銀の水流を、その左右に写実味豊かな白梅と紅梅を対比させ、緊張感に満ちた画面を構成しています(「コトバンク」から)。

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輪橋に人が渡るのを見たことがありません。

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光琳は京都の呉服商「雁金屋」の当主・尾形宗謙の次男として生まれ、30歳のときに父が死に長男が家督を継ぎました。その後遊興三昧の日々を送りましたが、44歳の頃から本格的に絵画の制作を始めました。

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その後5年間江戸に下り、再び京都に戻って新町通り二条下ル(二条城の東)に新居を構えました。紅白梅図屏風は小の屋敷の2階にあった画室で制作されたと考えられています。

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紅白梅図屏風は静岡県熱海市のMOA美術館が所蔵していて、その構内には新町の屋敷が「光琳屋敷」として復元されているそうです。

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ここから後は、一昨日の流しびなの後のことです。御手洗川の北東に特別拝観(御本宮北門参拝と大炊殿拝観)の入り口があります。

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本殿の裏(北)を回る廻廊は、かって「北浦」(きたうら)とよばれ、式年遷宮の関連事業(糺の森整備事業)として昨年春に70年ぶりに復旧しました。

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「浦」は、文字がなかった時代の言葉であて字です。浦島太郎のウラも同じで、奥が深い、とか、御蔭・ミカゲのカゲという意味だそうです。古い時代には神様のことを表していました。したがって、北浦は奥の神様へお参りする道という意味だそうです。

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北浦は、戦時中に御本宮の戦災防火のために、撤去廃止されていました。新しくできた廻廊の周りに古い瓦の破片が散らばっています。

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この付近の発掘調査では古墳時代の御稲(みしね)倉跡が出土しました。古代はイネも神様の依代(よりしろ)でした。依代とは、神様が依り憑く対象のことで、神霊が宿るもののことです。

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また、廻廊の両側に最近まで氷室(ひむろ)があったそうです。その氷室は、湧水を凍らせて年間の祭事の御供えの氷水をこしらえるところで、水分神(みくまりのかみ)が祀られていました。

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さらに、江戸時代には北浦文庫という鴨社学問所の資料館があったそうです。北浦文庫はその後、鴨社学問所の蓼倉文庫(たてくらぶんこ)と一緒になりました。廻廊が廃止されて以降は、北浦の祭事も拝礼も中絶してしまいました。

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下鴨神社の式年遷宮は本殿を新しく立て直すのではなく、二つの本殿を順番に修復して、ご神体の装束や神宝を新調して新宮に遷す祭事です。本殿は国宝に指定されていて壊すことができないからです。全く同じ形の二つの本殿の屋根が見えます。

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本殿の北門に来ました。後に放水銃があり二つの本殿を守っています。

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正面からは撮影できませんので、拝観入り口にあった看板の写真を載せておきます。

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ここからさらに西に行くと大炊殿があり、そこは別の機会に記事にするつもりです。今日の記事ではここから引き返します。

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御手洗川ではまだ一般の参拝者の流しびなが続いていました。

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輪橋の下では流れてきた桟俵(雛人形)を回収していました。この桟俵は神社で御札等とともに焚き上げられるそうです。

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コメント

梅満開。日差しも強く、陽気になってきて、
なんとなく嬉しいですよね。ようやく安全地帯に入った感じ。やれやれですよね。

投稿: munixyu | 2017年3月 5日 (日) 12:51

廻廊の所や裏側に行くと、何か怒られちゃいそうな気がしてたのですがw京都はどの場所でもただの空き地じゃないんですよね~。浦の文字が当て字っていうのを読んだところで、腑に落ちるものがありました。そもそも平仮名もいろんな漢字を当てて行ったものですからね。日本人は文字を自前で作っているわけじゃないのか。。。だからこそ逆に文字の言い換えや組み換え、訛ったものにさらに当て字など文字遊びともいえる変形に対して柔軟だったのかも。。。

投稿: ばるさろ | 2017年3月 5日 (日) 22:03

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