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2017年3月 3日 (金)

東北院 軒端の梅と和泉式部

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

真如堂や黒谷に行くときに通る非公開の寺院ですが、由緒のある梅が咲いていたので記事にすることにしました。以下は外からの写真だけですのであしからず。

「東北院」は山号を雲水山という時宗の寺院で、真如堂の北西にあります。最初に、東北院が創建され現在に至るまでの歴史を簡単に紹介します。

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平安時代中頃、藤原道長の没後、その娘・上東門院彰子の発願によって道長建立の法成寺(ほうじょうじ)の一郭に常行三昧堂が建立されました。大弁財天を祀り、法成寺内の東北にあったことから「東北院」とよばれました。これが現在の東北院の前身です。

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法成寺は、浄土信仰に傾倒した藤原道長によって奈良東大寺を模して、平安京の東京極通(寺町通)に1020年に建立されました。

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1058年に発生した法成寺の火災により、東北院も全焼しました。そのため、北側の新たな土地に東北院は移転・再建され、1061年には盛大な再建供養が行われました。その後上東門院は東北院を住まいとしました。(本堂には本尊の大弁財天が祀られています。)

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1064年には後冷泉天皇が再建された東北院に行幸しました。上東門院は国母であると同時に御堂流摂関家(道長の嫡流子孫)の後見人的な存在で、その没後も東北院は摂関家から手厚い保護を受けました。

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平安時代末の1171年に護摩堂・不断経所などを除いて東北院は全焼しましたが、同年中に再建。鎌倉時代の念仏会で各種職人たちが集まり歌合をした『東北院職人歌合絵巻』は重要文化財となっています。(門の外から撮っています。)

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室町時代には七福神信仰が盛んとなり、桓武天皇の時代に最澄が作ったとされる弁財天像が人々の崇敬を集めました。しかしながら、応仁の乱によって再び焼失し、その後は荒廃して一部施設を残し廃寺同然となってしまいました。

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戦国時代の1559年、弥阿という僧が残されていた弁才天を本尊として時宗の寺院に改めて再建に務めましたが、1570年の戦火で再度焼失、後に正親町天皇の勅命により再建されたと伝わっています(時期は不明)。

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江戸時代の前期には蘆山寺近の時宗の寺となっていましたが、1692年の火災で類焼しました。翌1693年に真如堂とともに現在地に移転することを命じられ、現在に至っています。

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ところで、歌人・和泉式部は夫と別居後,為尊(ためたか)親王、敦道(あつみち)親王に寵愛されましたがともに死別。その後、寛弘末年(1008-1011)に中宮だった上東門院につかえました。

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その後、藤原道長の計らいにより、公家の藤原保昌と再婚しましたが1036年に死別、出家して東北院内の小堂で阿弥陀如来を拝む余生を送ったといわれています。

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法成寺内の東北院には和泉式部が植えたといわれる「軒端の梅」があったそうです。その後の東北院は2度も焼失、移転して当時の梅は残っていませんが、現在の東北院にはその後継木が植えられています。

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最後に、この梅を題材にした室町時代の世阿弥作の謡曲「東北(とうぼく)」のあらすじを紹介します。東国から都に上って来た旅僧が東北院を訪れ、花盛りの一本の梅の木を見て感動します。

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そこに美しい里女が現れ、和泉式部がその梅を植えて「軒端の梅」と名づけ、東北院の方丈は式部の寝所であったことなどを語ります。そして、自分が梅の木の主であると告げ、僧に読経を頼んで消えてしまいました。

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僧が梅の主の冥福を祈り読経をしていると、高貴な上臈姿の和泉式部の霊が現れ、昔関白藤原道長が法華経を誦しながら門前を通るのを聞いて、「門の外法の車の音聞けば我も火宅を出でにけるかな」と詠むと、その功徳により死後、歌舞の菩薩となったと語ります。

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更に、和歌の徳や東北院が霊地であることを讃えて舞を舞い消えてしまいました。僧が夢から覚めると、あたりにほのかに梅の残り香があったといいます。(沈丁花の花が一輪だけ咲いていました。)

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コメント

家の沈丁花も、咲き出したみたい。
梅が咲いて沈丁花が匂い出すと、一安心ですよね。
後は、日に日に暖かくなるのみですね。

投稿: munixyu | 2017年3月 3日 (金) 14:12

ちょっとくたびれた感じだけど、なんかいい雰囲気のお寺ですね~。真如堂の近くとなると、すぐそこはもう街中なのに、静市あたりの山間の風情を思い出します。道真の飛梅もそうですが、梅と神秘的な物語ってのは当時の人にはしっくりくるイメージがあったんですかね。。。

投稿: ばるさろ | 2017年3月 3日 (金) 22:07

★ばるさろさん こんばんは♪
この並びには真如堂と同時にこちらに移転して来た四つの寺がありますが、いずれも”くたびれ”ています。崩れかけた土塀と萩で有名な迎称寺もその一つです。何とか歴史をつなげていってほしいものです。

投稿: りせ | 2017年3月 5日 (日) 00:35

★munixyuさん こんばんは♪
留守にしていると、家の花が気になりますね。沈丁花は、夏の梔子、秋の金木犀とともに三大香木ということを始めて知りました。香りで季節を感じるのは詩的ですね。

投稿: りせ | 2017年3月 5日 (日) 01:12

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