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2017年3月11日 (土)

東山花灯路 圓徳院から産寧坂へ

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

昨日の記事で高台寺のライトアップを見た後、石段下にある塔頭の圓徳院を訪れました。圓徳院も高台寺と同じく3月3日(金)~5月7日(日)の期間ライトアップをしています。その前に、高台寺の駐車場からの夜景を。

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豊臣秀吉の死後、正室のねねは「高台院」の号を賜ったのを機に高台寺の建立を発願し、秀吉との思い出深い伏見城の化粧御殿とその前庭をこの地に移築して住み始めました。(下は「長屋門」、右に敵が攻めてきたときのために侍長屋がついています。)

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ねねを警護するため、兄の木下家定は現在地に居館となる客殿(現方丈)を建立しました。下の唐門を入ったところに、秀吉好みの手水鉢があります。

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方丈の前庭 奈良国立文化財研究所・故森蘊博士の指導のもと作庭され、現在は庭師・北山安夫氏が監修しているそうです。

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ねねを想定して、長屋門からこの庭まで一年中できるだけ花や紅葉を愛でられるように工夫されているそうです。

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方丈から「北書院」へ渡り廊下があります。ねねの住まいの化粧御殿は焼失しまい、その跡地に北書院が建造されました。

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「ねねの小径」は、「ねねの道」から圓徳院の境内を横切り「石塀小路」まで続いています。霰(あられ) こぼしとよばれる小さい石が敷き詰められた石畳です。

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「北庭」 伏見城北政所化粧御殿の前庭を移したもので、当時の原型をほぼそのままにとどめる桃山時代の代表的庭園のひとつとして、国の名勝庭園に指定されています。

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北庭は賢庭作で後に小堀遠州が手を加えました。池泉回遊式の枯山水庭園となっています。源流は下の写真の枯滝の石組で、通常の枯山水が砂紋で水の流れを表すところ、この庭では実際に池や川が彫られています。

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1624年木下家定の次男・利房は化粧御殿をねねから賜り、永興院と名づけました。同年ねねは亡くなりました。1627年利房は務めていた仙洞御所守護を辞任して、圓徳院と号し、1632年永興院を圓徳院と改め木下家の菩提寺としました。

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圓徳院の北書院を出て木戸をくぐると「三面大黒天」があります。豊臣秀吉の念持仏といわれ、お堂は京都御苑から移築したものです。秀吉のの出世の守本尊として福徳信仰の象徴とされています。

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三面大黒天は、正面に大黒天(福の神)、左に毘沙門天(勝利・子宝の神)、右に弁財天(学問・芸術の神)の三つの顔を持った仏様で、一度拝めば、福、健、徳の三つのご利益が得られるといわれています。

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「歌仙堂」 木下家定の長男・勝俊を祀ります。勝俊は秀吉に仕えて出世しましたが、関ヶ原の戦で豊臣秀頼の命に反して伏見城の守りを放棄して失脚しました。ねねの嘆願により命だけは救われて隠棲し、歌人として半生を送りました。

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三面大黒天を出ると、何かが通りすぎたので慌ててシャッターを切りました。後で花灯路では初めて登場した「花車巡行」と分かりました。人力車のえびす屋の協力で、生け花を乗せて、春の訪れを一足早く届けて回るのだそうです(3月9日まで)。

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左手の高台にある高台寺公園には東山花灯路の総合本部(テント)があり、様々なイベントが行われていました(省略します)。ねねの道をさらに南に行きます。

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途中で石部小路の出入り口があり、ちょっと立ち寄ってきました。ここには、石塀(石垣)をイメージするような露地行灯が置かれています。このあたりの石塀は下の方だけです。

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少し下っていくと、石塀が高くなってきます。この通りは、かってはちょっと敷居が高い料亭や旅館が並んでいましたが、現在はレストランやカフェなど観光客も入りやすいお店が増えてきました。

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先を急ぐので、すぐにねねの道に引き返します。

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高台寺塔頭「春光院」 1627年ねねが兄・木下家定の長男・勝俊の娘の菩提を弔うために建立しました。ねねはこの娘を自らの傍らに置いて可愛がりましたが、早死にしてしまいました。非公開で、山門の左に摩利支天の「触れ仏」がいます。

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「維新の道」に出て、産寧坂に向かうためこの一年坂から入ります。右にはレストラン「ダ・ソウドウ」(竹内栖鳳邸跡)があります。

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以前からあった道を平成2年に整備して、最近ではお店や喫茶・レストランが増えてきました。

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こちらが二年坂の方の出口で、「京乃坂みち一念坂」の石標があります。ただし、「一年坂」と書く方が多いようです。

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いつもは目についたお店を簡単に紹介するのですが、もうほとんど閉まっていて表札も暗くて分かりにくいので、以下では写真だけですみません。

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二年坂の真ん中にあるお地蔵さん。以前、このあたりの町内の地蔵盆をしていました。

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二年坂の上から

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「とうふまんじゅう」、二年坂を上ったところ(産寧坂)に行列ができていました。

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産寧坂の「奥丹」の塀に花が飾ってありました。2003年に行われた「第1回東山花灯路」を再現しているそうです(今年は第15回)。花灯路の「花」の由来のようです。

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ここは分かりました、「香老舗 松栄堂」です。

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イノダコーヒーも閉店でした。

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霊山興正寺別院の参道横に「創作行灯デザインコンペ」の第6回の最優秀作品「京人」が飾ってありました。舞妓さんをイメージした作品だそうです。

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産寧坂の坂が見えてきました。今日はここまでです。

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コメント

こんにちは。
路地に行燈を置かれているのは、流石、京都の町と言う感じがして風情がありますね。
こんなおもてなしを町で行われているなんて、嬉しいですね。また行きたくなりますよね。

投稿: さゆうさん | 2017年3月11日 (土) 10:29

いつもの場所でも、灯籠の夜となると雰囲気が
ガラリと変わって、また違う趣きが楽しめていいですよね。

投稿: munixyu | 2017年3月11日 (土) 11:32

こんばんは。
お久しぶりです。
昔キャロルで、今チャーリー69です。
久しぶりに今日京都に行って来ました。
カメラ抱えて…。
僕以前は歴史を趣味にしてたんですが、今は写真を趣味にしています。
で、行って来たのはまさにここです。清水寺から産寧坂、二年坂を通って高台寺と八坂神社へ。
面白い写真が撮れなかったのは残念ですがやっぱり京都はいいです。またいつかトライしようと思ってます。
もうじき桜の季節ですね。
おすすめのスポットがあれば教えて下さいね。
京都ラブですので。

投稿: チャーリー69 | 2017年3月11日 (土) 22:35

★チャーリー69さん こんばんは♪
私とは逆向きに行ったのですね。歴史に詳しい方は、京都を歩いていると興味深いものがいっぱいあるのでしょうね。私は家に帰って調べて初めて分かる状態です。桜の時期は行きたい場所がいっぱいあって、無我夢中になってしまいます。

投稿: りせ | 2017年3月11日 (土) 23:05

★munixyuさん こんばんは♪
東山花灯路はさまざまなイベントをしていますが、いちばんの見どころは行灯で照らされた街並みですね。

投稿: りせ | 2017年3月11日 (土) 23:09

★さゆうさん こんばんは♪
確かに、行燈で照らされた街並みは風情がありますね。嵐山花灯路ではお寺を巡る散策路が照らされますが、こちらは街並みそのものが見どころですね。最近は新しいお店がたくさんできていますが、この雰囲気は残っていて欲しいと思っています。

投稿: りせ | 2017年3月11日 (土) 23:15

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