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2017年2月 9日 (木)

上徳寺 世継地蔵尊大祭

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

昨日は河原町五条にある上徳寺で「世継地蔵尊大祭」が行われました。

「上徳寺(じょうとくじ)」は、山号を塩竃山(えんそうざん)という浄土宗の寺院で、本堂には本尊・阿弥陀如来を祀っています。

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境内の地蔵堂に祀られている世継地蔵尊から、上徳寺は「世継(よつぎ)地蔵」と呼ばれています。山門の横では多幸焼(たこ焼き)が無料で振舞われていました。

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平安時代の初め、このあたりに「源融(みなもとのとおる)」の別荘・六条河原院があり、陸奥国塩釜の景色を再現して、難波江の塩水を運んで塩を焼く煙を眺めて、風情を楽しんだといわれています。源融な光源氏のモデルともいわれています。

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山号や地名の「下京区本塩竈町」に当時の塩釜の名が残っています。(世継地蔵堂)

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世継地蔵は高さが2mもあり、良い世継が授かるとして、子授け、安産祈願の信仰があります。毎年2月8日は「一億却日功徳日」という一億日分の功徳を授かる日だそうです。

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最初に、住職ら僧侶と山伏が世継地蔵に参り、その功徳を称え参拝者の子授けや招福を祈願します。

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その後、山伏を先頭にお堂の周りを一周して本堂の前に向かいます。

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本堂の前に護摩壇が設けられ、これから柴灯(燈)護摩供養が行われます。

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平安時代前期の895年に源融が没すると、子の源湛(みなもとのたたう)が屋敷を宇多上皇に献上して東六条院という仙洞御所になりました。(山伏による祈祷)

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平安時代中期の991年、仁康は丈六釈迦仏を造立して河原院跡のお堂を天台宗の寺院に改めたといわれます。やがてそれも廃寺となりました。斎場(護摩壇)に結界を張り、邪気を祓うため、東西南北に色が付いた矢を射ます。

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江戸時代の初め(1603年)、徳川家康の帰依を得て伝誉一阿がこの地に寺院を開きました。

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家康の側室・泰誉院(?-1619)は、母・阿茶の局の菩提を弔うために寺域を拡張し、寺名を母の法名にちなんで上徳院に改めました。中央(天)も清めます。

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最後に東北の鬼門の方向にも矢を放ちます、ちなみに、矢を拾った人は持ち帰ってよいそうです。ただし、鬼門の方向の矢はいつもあそこのお宅に入るのだそうです。

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江戸時代中期(1788年)の天明の大火、幕末(1864年)の元治の大火により上徳院は焼失しました。(住職により祭文が奏上されます。)、

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松明で護摩壇に点火します。護摩壇のすぐ前にいたので、場所を移動しました。

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明治時代に永観堂の祖師堂を移築して本堂が再建されました。(最初は白い煙が上がります。)

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しばらく煙に包まれてしまいました。

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炎が上がると、最初に山伏が用意した護摩木を焚きます。

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途中で何度も棒で護摩壇を叩きます。他で見たことがある法斧で護摩木を清める儀式かも知れません。

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ところで、世継地蔵にまつわる伝説があります。江戸時代前期の1656年、八幡の清水という人が後継が生まれるようにと本堂に参籠すると、7日目の夜に地蔵が現れ石に刻んで祈るようにと告げました。(山伏による祈祷が続きます。)

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お告げがあった地蔵の姿を等身大の像に彫り、お堂を建てて安置しました。そして日参して祈ると、子を授かり子孫繁栄したといわれています。(護摩木を束ねている帯を小刀で切り放します。)

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最後に、僧侶が参拝者が願いを書いた護摩木を焚き上げます。約1万本あるそうで、数が多いので時間がかかります。

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途中で、境内西の墓地にある阿茶の局の墓にお参りしてきました。

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後の1720年頃、上徳院の住職が夢の中で地蔵の声を聴き、子授け、子孫繁栄、家運長久の功徳があるとお告げがありました。以来、この地蔵は世継地蔵とよばれて広く信仰されるようになりました。

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こちらの護摩木は火に入れるのではなく、煙にかざして清めていました。参拝者が持って帰るものだと思われます。

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再び煙が上がってきました。

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明治天皇生母の中山慶子もこの地蔵を崇敬して、明治天皇が誕生したといわれています。(護摩供養はまだまだ続いています。)

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コメント

燃え盛る火と山伏。
ご利益有りそうな大行事。
火の匂いがしてきそうです。
春を感じますね。

投稿: munixyu | 2017年2月 9日 (木) 13:52

屋外の護摩供養はなかなか壮観ですね!室内でやってるのは少しだけ見たことあるのですが、屋外はまだなので是非見てみたいなぁ~。
お護摩をやる所はお不動さんや密教、修験道系の所が多いですね。。というかそういう所特有の行事ってことなのかな??いまいち勉強不足なので調べてみようと思います!いい世継ぎが授かるってのはいい母親があってこそ。。。ってことで徳川の良妻賢母、阿茶の局の功徳にもあやかってのことでしょうね~。

投稿: ばるさろ | 2017年2月 9日 (木) 23:12

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