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2017年2月13日 (月)

雪の大原 三千院参道から勝林院へ

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

西日本に再び寒波が訪れた一昨日、大原にやってきました。京都市内では積雪はありませんでしたが、こちらは雪景色です。

大原のバス停から三千院参道に入ると、すぐにしばしそ畑があります。

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「松門(しょうもん)」 お隣のドレッシング「志野」が運営する洛北野菜のレストランです。参道の入り口でゆっくりできないのでまだ入ったことがありません。

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それほど寒くはありませんが、ときどき雪が降る天気でした。

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いつものようい、菜の花畑に立ち寄っていきます。

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かっては菜種油を搾るため大原一面にアブラナが植えられていたそうです。現在では食用の菜の花畑がわずかに残っているだけです。

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このあたりには、春は菜の花、秋はコスモスが一面に咲きます。

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向こうは大原の里の見晴らし台でベンチも置いてあります。

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パノラマ写真です

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参道に戻る途中に「椿地蔵」 かって惟喬(これたか)親王に仕えた久保家に祀られていた鎮守でした。大きな椿の下にあるのでこの名で呼ばれるようになりました。惟喬親王は文徳天皇の第一皇子でしたが、藤原良房の下で皇位につけませんでした。

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参道への橋の前にアイスきゅうりの元祖「志ば久」さんがあります。

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三千院参道の石段下に来ました。

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思ったほど人は多くありませんでした。

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どこにも立ち寄らず先を急ぎます。

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三千院は後で訪れることにして、真っすぐ進みます。

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律川を渡ります。

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橋の上から下流の方、右は実光院の塀です。

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勝林院の前に来ると、いつもと様子が違います。五色の綱が本堂から外まで伸びています。この綱は本尊の手につながっていて、外から(拝観料を払わなくても)本尊の手に触れることができるようになっていました。

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「勝林院」は、平安時代初期の承和2年(835)慈覚大師円仁によって開かれ、来迎院とともに天台声明の根本道場でした。

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平安時代中期の長和2年(1013)寂源によって再興され、勝林院と称しました。寂源は左大臣・源雅信の子で右少将の時に出家したので、大原入道少将とも呼ばれました。この頃、は藤原氏の権勢を誇った時代で、藤原道長、頼通らの信仰を集めました。

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平安時代末の1156年、大原に梶井門跡の政所(後の三千院)が設置され、来迎院や勝林院などを管理しました。本堂は江戸時代(1736年)に焼失、1778年に徳川家の寄進により後桜町天皇の常御所を移して再建されました。

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本堂には阿弥陀如来を祀り、めずらしく写真を撮ってもよい本尊です。

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脇侍として、左に不動明王立像、右に毘沙門天立像が祀られています。

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本尊の右横に椅子が置いてあり、「美男の阿弥陀さんの指定席」と書いてあります。

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本尊だけでなく、本堂正面の欄間、蟇股、手狭、木鼻などに見事な彫刻が施されています。写真は省略しますが、これらも見るようにと張り紙があります。(左側から見てもイケメンです。)

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鎌倉時代初めの文治2年(1186)に、後に天台宗座主となる顕真が浄土宗開祖の法然をこの寺に招き、高僧たちの前で宗論(大原問答、大原講義)が行われました。本尊の前に「問答台」があります。

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「鐘楼」は江戸時代の安永年間(1772-1781)に再建されたものですが、「梵鐘」は平安時代前期の作といわれ重要文化財です。

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大原問答では、約300名の観衆の前で、法然と約20名の高僧たちとの間で激しい議論が行われました。(本堂の右手の斜面には石碑や祠、供養塔などがあります。)

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法然は高僧たちの質問に対して明確に応答し、浄土の宗義、念仏の功徳を説き、弥陀本願の深い妙旨を語ったので、集った多くの人々が信服したといわれています。(右には梶井門跡らの供養塔が並んでいます。)

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左から、「日吉山王社」、「観音堂」、「石造宝篋印塔」 宝篋印塔は鎌倉時代の正和5年の銘があり、重要文化財だそうです。

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勝林院に招かれた法然とその従者たちは、集まる僧侶たちの意図を考えると、並々ならぬ決意だったようです。この池では天然記念物のモリアオガエルが産卵するそうです。

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勝林院の前に大原問答に臨む法然が休息したという「法然腰掛石」があります。

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コメント

菜の花畑はまだ雪。
春はまだまだですよね。

投稿: munixyu | 2017年2月13日 (月) 11:04

★munixyuさん こんばんは♪
大原は京都市内と比べると、季節が違うようです。同じ左京区でも、いくつか山を越えて行くと、だんだん雪国のようになってきます。

投稿: りせ | 2017年2月13日 (月) 19:28

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