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2017年1月 6日 (金)

八坂神社 祇園信仰と初詣

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

祇園四条を通りかかったら、石段下が大変な人だかりでした。ちょっと覗いていこうと八坂神社の西門をくぐると、そこはまだ初詣の最中でした。そんな風景を眺めながら、八坂神社の歴史と信仰について振り帰ります。

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八坂神社は明治以前は感神院または祇園社と称し、その創祀については諸説あります。(いつもは閑散としている絵馬堂の方にも露店がならんでいました。)

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昨日の記事で牛頭(ごず)天王と素戔嗚尊(すさのおのみこと)の関係を紹介しましたが、八坂神社の祭神もかっては牛頭天王とその家族でした。(かに汁・・・)

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岡崎神社と同様に明治の神仏分離令の後に祭神は素戔嗚尊一家に変わりましたが、八坂神社の場合にはちょっと複雑な経緯をたどります。(いつものように西楼門から右に行く参道に戻ります。)

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八坂神社の社伝によると、斉明天皇2年(656)に高麗より来朝した使節の伊利之(いりし)が新羅国の牛頭山(ごずやま)に座した素戔嗚尊を山城国愛宕郡八坂郷の地に奉斎したことに始まるといわれています。(いちご大福)

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どうして高麗で日本の神が信仰されていたかについて、日本書紀では高天原を追放された素戔嗚尊が新羅のソシモリという地に降臨しましたが、すぐに「ここにはいたくはない」として出雲に移ったとの記述があるそうです。(祇園蛭子社)

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この説については異論が多く、インドから中国、朝鮮半島にもたらされた仏教の神・牛頭天王を渡来人が日本に持ち込み、後に素戔嗚尊と習合(同一視)したとする方が自然だと考えられています。

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大国主社、祭神の大国主命(おおくにぬしのみこと)は素戔嗚尊の孫、事代主命(ことしろぬしのみこと)は曾孫で、福の神、縁結び、恋愛成就の神として信仰されています。

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また666年、任那国加良人の乙相庵が来朝して八坂郷に牛頭天王の神祠が建立され、翌年感神院と称したといいます。いずれにしても、この時点で八坂神社の前身に牛頭天王が祀られたことになります。(おみくじ、お守り、御神矢などの常設の授与所。)

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牛頭天王は厄神を支配する神で、インドの釈迦の生誕地にちなんだ祇園精舎の守護神とされます。牛頭天王(あるいは習合した素戔嗚尊)を崇拝するのが祇園信仰です。(舞殿の横に臨時のおみくじ授与所があります。)

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時期は明確ではありませんが、牛頭天王が祀られている地を「祇園」、その社を「祇園社」と呼ぶようになりました。

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平安時代になると、天災や疫病の発生は怨みを持って死んだり非業の死を遂げた人間の「怨霊」のしわざと見なして畏怖し、これを鎮めて「御霊」とすることにより祟りを免れ、平穏と繁栄が実現する、という御霊信仰が生まれました。(舞殿)

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その怨霊を鎮めるための儀式が御霊会(ごりょうえ)で、当初は宮中行事として行われました。最初の御霊会は貞観5年(863)に神泉苑で行われました。

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牛頭天王はその強烈な力から怨霊を鎮める神として期待され、10世紀後半には京の民衆の手で、祇園社で御霊会が行われるようになりました(祇園御霊会)。

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祇園御霊会は祇園社の6月の例祭として定着し、天延3年には朝廷の奉幣(お供え)を受ける祭となりました。この祭が後の祇園祭です。(神馬舎、可愛い2頭の神馬がいます。)

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喜堂未生流の奉納献花

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中世までに祇園信仰は全国に広まり、牛頭天王を祀る祇園社あるいは天王社が、各地に作られました。そして、祭列として御霊会(あるいは天王祭)が行われるようになり、現在でも祇園祭に似た祭りが行われています。(奥に名水「祇園御神水」が湧いています。)

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明治初年(1868に)出された神仏分離令では、権現類や牛頭天王を名指しで排除し、神社での仏式行事や「祇園」などの仏教用語を禁止しました。(常設の授与所の横に祇園水の自動販売機があります。)

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そのため、祇園社はその土地の名をつけて八坂神社と改称し、祭神を牛頭天王から素戔嗚尊に変えました。(社殿が新しくなった大神宮社、左に白朮(おけら)火授与所があります。

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先日の「八坂神社の七不思議」の記事で写真がはっきりしていなかった「二見石」、その根は深く地軸まで達しているといわれています。

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明治以降、それまで祇園御霊会とよばれた祭りは、仏教色を排除するために「祇園祭」と名を変えました。この場合の「祇園」は土地の名を表しているとされました。「美御前(うつくしごぜん)社」

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しかしながら、祇園の土地の名は牛頭天王が祇園精舎の守り神であることから生まれました。(美人になる「美容水」)

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祇園祭の山鉾巡行では、平成26年(2014)から後祭りが復活しました。八坂神社の祭神の神輿渡御の先導を務めるという、山鉾巡行の役割がより明確になりました。

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明治政府の神仏分離令は神社や寺院に大きな影響を与えました。しかしながら、千年以上続いた神仏習合の思想は現在でも庶民の様々な文化の中で生き続けています。帰りに見た「一年安鯛」

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他の宗教を排除するのではなく、お正月にはとりあえず神社の初詣に出かけるのも、神仏習合の歴史の結果なのかも知れません。

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八坂神社を出て、四条河原町の方に向かいました。

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コメント

祇園さんへは何度も寄ってるはずなのに 新鮮な驚き&知識
今日も ありがとうございます

お守りなどを売る(授ける?)巫女さんって、アルバイトが多いのでしょうか?
かと思うと 年配の男性だったりします・・・
おみくじに記された 大吉・大凶の文字より 態度が気になる私です。
マスクして 一言も発しない人あり。わざと計算まちがえて高くとる人あり。
場所が場所ですから お客様は神様です的な応対は期待しませんが
  (相手が 神様のお使いかもしれないので)
にっこりと 宝くじ売り場の人のように 「いい年になりますように」
なんて声を掛けて頂けたら 大吉と思います


献花の写真をアップしたら お酒が! りせさんの写真は いろんな想像を巡らせることができて楽しい!

投稿: ゆっこ | 2017年1月 6日 (金) 11:11

追伸  あ、私が遭遇した よろしくない巫女さんやおじさんは 祇園さんではありませんから! 
  偶然イニシャルGでしたが、どちらも

投稿: ゆっこ | 2017年1月 6日 (金) 11:15

牛頭天王、祇園、神仏分離令の関係、よく分かりました。
ある神社のスタッフさんが、明治の神仏分離令に対して
怒り心頭だった事を思い出しました。


投稿: kimikagesou | 2017年1月 6日 (金) 18:05

かに汁!写真を見ると。。。ズワイガニっぽいですね~~。珍しい!個人的には花咲ガニのかに汁が大好きですw
神仏分離というと廃仏稀釈でお寺が大打撃っていう方がやはり頭に浮かびますが、神社も影響があったんですね。神仏習合の時代にはその出自が失われていなかったものが、明治になって強引に変更や廃止を余儀なくされたのはもったいないと改めて思います。祇園祭のちまきや御霊会という言葉を見ても素戔嗚よりも牛頭天王の影響が強そうってことですが、名前を変えてでも祭りが存続したのは、お上のお達しでもすり抜けて力強く生きいる町衆の心意気!って気もします

投稿: ばるさろ | 2017年1月 6日 (金) 21:53

人混みは嫌だけど、
新年の賑わいっていうのもまたいいもんですよね。

投稿: munixyu | 2017年1月 7日 (土) 11:44

★ゆっこさん こんばんは♪
イニシャルがGの神社って少ないので想像がつきます。お店でも態度の悪い定員さんはいますね。私の場合は腹が立つ前につい声が出てしまいます。

投稿: りせ | 2017年1月 7日 (土) 20:53

★kimikagesouさん こんばんは♪
寺社の歴史を紹介していくと、どうしても神仏分離令を無視するわけにいかなくなります。分からないことも多く、勉強しながら記事を書いている状態ですので、分かりやすくまとまっているか不安です。これからもよろしくお願いします。

投稿: りせ | 2017年1月 7日 (土) 21:03

★munixyuさん こんばんは♪
私も人ごみは好きではありません。写真を撮らないといけないので、隙間があくのを待っていると時間がかかってしまいます。また、お正月の雰囲気を出すために、差しさわりの無いように人の群れを撮るようにしています。

投稿: りせ | 2017年1月 7日 (土) 21:14

★ばるさろさん こんばんは♪
昨年11月に、祇園祭など「山・鉾・屋台行事」33件がユネスコ無形文化遺産に登録を勧告されましたね。京都の祇園祭はすでに単独で文化遺産に登録されていましたが、今回の登録に統一されるようです。地域の安泰や豊作を願って住民が行う祭りで、木工や金工、漆塗り、染織といった伝統技術で飾った山車を引いて練り歩くのが特徴とか。このような住民が主体となった山車の巡行は世界的にも貴重なのでしょうね。

投稿: りせ | 2017年1月 7日 (土) 21:53

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