2016 紅葉2

2016年11月25日 (金)

秋の円山公園を遡る 2016

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

現在京都の広い範囲で桜が見頃ということで、あちこち場所が変わりますが今日は円山公園です。

明治維新の廃仏毀釈による寺院の跡地を整備して、明治19年(1886)に京都市初の公園が造られました。八坂神社の北東にある鳥居から円山公園に入ります。

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その公園は、安養寺の山号・慈円山から「円山公園」と名づけられました。「いもぼう 平野屋本家」の前を通って、公園の南西にある「市民の森」とよばれる一角に行ってみました。

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「中井弘の胸像」 中井は薩摩藩を脱藩して坂本龍馬などの資金で英国に密航・留学しました。帰国後、英国公使パークス襲撃事件では身を挺して護衛、その後滋賀県知事として北垣京都府知事とともに琵琶湖水事業を完成、さらに京都府知事となり内国勧業博覧会を開催、平安神宮を造営しました。数々の奇行や逸話の持ち主ですが、これ以上紹介できません。

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「丸山海道夫妻の句碑」 海道は、京都出身の俳人で俳誌「京鹿子」を創刊、父は鈴鹿野風呂。「朱の宮を 神は住家として 露けし」、佳子「傘さして きく花の鐘  父おん母おん」。近くの長楽寺と知恩院の鐘の音が「 ふぉん、ぼおん」と聞こえたとされます。

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ここから山(東)の方に向かいます。この通りには料理屋が並んでいます。

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桜の頃には花見席ができるところです。

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「祇園枝垂桜」の前で。

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「瓢箪池」の前の広場は一番賑やかな場所です。

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池のほとりの「祇園小唄の碑」 この歌はマキノ映画「絵日傘」の主題歌で、作詞・長田幹彦、作曲・佐々紅花です。毎年11月23日にはこの地で「祇園小唄祭」が行われるそうです。

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向こうに見えるのは「大正ロマン亭」、珈琲、蕎麦、スイーツなどいろいろあります。

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池の反対側から。

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池に流れ込む小川があります。かっては琵琶湖疏水の水が流れていましがた、今は地下水をくみ上げているそうです(この日は水がありませんでした)。

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「坂本龍馬と中岡慎太郎の像」 昭和11年(1936)に京都高知県人会有志により建立され、大戦中に供出、昭和37年に再建。霊山護国神社の龍馬の墓の前にある像を拡大したものだそうです。

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「京料理 いそべ」 上の銅像の右奥にあります。

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先ほどの小川の源流を過ぎて、さらに石段を上がります。その途中にある、

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赤穂藩医・寺井玄渓の「夢」の碑 玄渓は自身も討ち入りに加わろうとするも止められました。内蔵助たち旧知の同僚の切腹を知り、「人生ははかない夢のようだ」と感じて、近くの岩に「夢」の字を彫ったといわれています。

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「東観荘」 かって安養寺の六つの塔頭「六阿弥」の一つがあった場所で、幕末の1860年に建てられた建物と広い庭園がある老舗料亭です。この道を北(左)にいきます。

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「六阿弥」の一つ重阿弥では赤穂浪士が討ち入りを決定した「円山会議」が開かれました。「左阿弥」は、明治維新以降の御前会議(天皇が出席する重要会議)にも使われました。現在、左阿弥だけが残り、料亭として営業しています。

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さらに坂道を上ると右手に「其中庵(きちゅうあん)」があります。家庭的な2組限定の宿で、朝食のみの片泊りの宿です。

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「吉水(きっすい)弁財天堂」 安養寺の境外仏堂で「吉水さん」とも呼ばれ、かって霊泉が湧いていたそうです。そのため、この地が「吉水」とよばれたそうです。弁天財と共に宇賀神将尊を祀り、学術向上にご利益があるとか。

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平安時代後期-鎌倉時代の建久年中(1190-1199)、青蓮寺の慈鎮(慈円)が安養寺を再興した際に、寺の鎮守として弁財天を勧請したのが始まりです。裏に「慈鎮の仏塔」(重文)があります。

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道はさらに上り、向こうに安養寺の石垣が見えてきました。その手前に右に入る道があります。

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「吉水」 料理旅館だった建物を使い数年前にオープンした片泊まりの宿です。余計なものを置かず、歯ブラシやタオルは客が持参、布団の上げ下ろしはセルフサービス、テレビはなく、冷蔵庫も共用のシンプルな宿だそうです。

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「天青庵」 数十年もの間無人の家を、陶芸家・原口卓士さん夫妻が改装して数年前にオープンした片泊りの宿です。原口さんの作品が客室や外にも置かれていて、くつろげそうな雰囲気です。この前を通って「雨宝堂」まで石段が続いています。、

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「雨宝堂」は、安養寺の本坊以外に現存するもう一つのお堂で、大聖歓喜天尊を祀っています。

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もう一度、通りに戻って安養寺の山門に入ります。「安養寺」は正式名称を慈円山大乗院安養寺という時宗の寺院です。平安時代初期の延暦年間(782~806)に、桓武天皇の平安遷都の際に都の鎮護のために、最澄が創建した天台宗寺院と伝えられます。

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平安時代末(1174年)から30数年間法然がここを本拠に称名念仏を興し(吉水教団)、親鸞もここで入信し、両上人念仏発祥の地としても知られています。

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安養寺は室町時代の応仁・文明の乱(1467-1477)で廃絶しましたが、その後再興され、安土・桃山時代には豊臣秀吉により寺領が寄進されました。本坊には阿弥陀如来を祀ります。

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1868年明治政府によって上知となり、境内の大部分や伽藍、塔頭の多くが失われ、境内は山の斜面の現在地に移されました。

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安養寺の前の通りの突き当りは知恩院の大鐘楼です。そこから西に降りていきます。

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下に円山公園の北を通る車道が見えます。

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最初に来た道に戻り、そのままこの広い道を下ります。

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向こうに東本願寺の大谷祖廟の門が見えてきました。

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2016年11月24日 (木)

常寂光寺 2016紅葉

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

昨日の記事で竹林から北に向かう散策路を歩きました。小倉池を過ぎると常寂光寺があります。

「常寂光寺」は、小倉山の東麓に位置し、山号を小倉山という日蓮宗の寺です。「花の寺」あるいは境内を囲む「塀のない寺」としても知られています。

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安土桃山時代の文禄5年(1596)、究竟院日禛(にっしん)上人の隠棲地として角倉家から小倉山の土地の寄進を受けました。「仁王門」は元和2年(1616) 大本山本圀ああ寺客殿の南門を移築したもので、仁王像は運慶作と伝えられます。

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慶長年間(1596~1615)に2世・日韶(にっしょう)上人が小早川秀秋の助力を得て、桃山城客殿をこの地に移築して本堂としたのが常寂光寺の始まりとされます。寺号は仏のあ住んでいるとされる静かで汚れのない世界を表す「寂光浄土」からつけられたといいます。

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「本堂」 修復工事が完了して外観が新しくなりました。本尊として十界大曼荼羅を安置しています。

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本堂の左に行くと見晴らしのいい場所があります。仁王門の右にある妙見堂への参道を上ったあたりです。

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いつものように、鳥居の前にちりめん山椒のお店が出ています。「妙見堂」は享和年間(1801~1804)の建立。洛陽十二支妙見に数えられ「酉の妙見」といわれます。

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本尊の能勢型の妙見大菩薩の他、日禛上人開眼の鬼子母神と十羅刹女、大黒天像が合祀されています。

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本堂の横に道があり、小倉山の斜面を上って行きます。

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途中で、本堂の裏の池と庭園を見ていきます。

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山道の途中に竹林があります。

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途中で多宝塔の前を通る道が右に分かれますが、真っすぐ上ります。、

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「歌仙祠」 記録によると、創建以前からあった小さな祠を開山時に山上へ移転したとあり、明治23年(1890)に改築して今日に至るそうです。扁額は富岡鉄斎の筆、祠内に藤原定家、家隆の座像を祀っています。この前の道を奥に行くと、

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「時雨亭跡」の石碑があります。藤原定家の小倉山荘の庵で、小倉百人一首の編纂などをおこなった場所といわれています。

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山道をさらに上ると見晴らし台があります。ここから比叡山から大文字山、稲荷山のあたりまで見渡せんます。

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右手前は清凉寺、山裾の緑は大覚寺の大沢の池です。

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比叡山、手前の丘陵に仁和寺があります。

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上の写真を拡大すると五重塔が見えます。

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大文字と双ヶ岡

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下りは多宝塔の前を通る道を下ります。

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「開山堂」 平成16年(2004)に建立され、日禛上人座像(江戸初期)を祀ります。

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多宝塔」 元和6年(1620)辻藤兵衛尉直信の寄進により建立され、釈迦如来、多宝如来の二尊を祀ります。

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本堂の前を通り、仁王門の横の道を下ります。

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出口も山門と違うところに設けられたいます。

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小さい老爺柿です。

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2016年11月23日 (水)

秋の嵯峨野路 竹林から小倉池へ

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

今日は嵯峨野の竹林を抜けて御髪神社がある小倉池まで歩きます。天龍寺の前に石仏が並んでいます。

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渡月橋から北に向かう通りは府道29号で、このあたりは「長辻通」ともいうそうです。しばらく歩くと竹林への入り口があります。

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竹林への入り口を入って直ぐ右手に4つの歌碑があります。京都商工会議所・プロジェクト推進室が母体となって設立されたもので、鎌倉大臣「世の中は 常にもがもな 渚漕ぐ 海人の小舟の 綱手かなしも」。 

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向こうは従二位家隆「風そよぐ 楢の小川の 夕暮は 御禊ぞ夏の しるしなりける」 ここ以外に、長神の杜、亀山公園、嵐山東公園などに歌碑があります。

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しばらく歩くと道は右に曲がります。

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「野宮(ののみや)神社」 その昔、天皇の代理で伊勢神宮にお仕えする斎王(皇女、女王の中から選ばれます)が、伊勢へ行く前の1年間ここに籠って精進潔斎、身を清める習わしがあったところです。

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現在では、良縁祈願、子宝安産の神社として信仰されています。

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野宮は黒木鳥居と小柴垣に囲まれた聖地で、源氏物語「賢木の巻」に美しく描写されています。(本殿の右の奥に進むと摂社が並んでいて、その前に苔庭があります。)

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「斎宮旧跡」の石標があり、庭は渡月橋からこのあたりの風景を表しています。

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野宮神社から竹林の道は二手に分かれ、鳥居の右手(北)への道は市営住宅の方にいきます。神社の左を回るの道を行きます。

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しばらく歩くと、左は天龍寺の塀になります。

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天龍寺の北門、ここから竹林の道はさらに人が増えます。

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さらに西に歩いて振り返ると、竹林の間から天龍寺の紅葉の色が分かります。

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竹林の道は上りになって、大河内山荘まで続きます。突き当りは坂の上なので見通しがよく、撮影スポットになっています。

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みちは左右に分かれ、左は亀山公園に行きます。右の道を行くと昨日の記事の大河内山荘の入口を通ります。

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竹林の道は下りになって、右下に嵯峨野観光線の「トロッコ嵐山駅」のホームが見えます。左の線路は山陰線です。

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坂道を降りた左に「小倉池」があり、散策路はその東(右手)を通ります。

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小倉池の西(左)に小倉山があり、藤原定家が百人一首の選定を行った時雨亭があった場所です。池のほとりにある御髪神社に立ち寄ります。

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「御髪(みかみ)神社」 小倉池の前に鎮座し、日本で唯一の理容・美容(化粧品・洗髪剤・育毛剤・カツラ等)にたずさわる業の始祖を祭神とする神社です。

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祭神として、藤原鎌足の末孫、藤原采女亮政之(うねめのすけまさゆき)公を祀ります。

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亀山天皇の時代(1259~1274)、宮中の宝物係であった藤原基晴が宝物紛失の責任をとり、諸国行脚し文永5年(1268)に下関に居を構えました。その三男の政之が生計を助けるため髪結職を始めたのが髪結業の始祖とされます。

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後に、彼らが仕えた亀山天皇の御陵に近いこの地に祀られました。現在でも理髪業者の信仰が篤く、境内には髪を納祭する髪塚があります。

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池の東の散策路を北に歩きます。対岸に御髪神社が見え、社務所の横に車が停まっているときは、神職さんがいらっしゃいます。

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池を過ぎると林の中の道となります。

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小倉池の北に人形作家の森小夜子さんの「アイトワ」という喫茶・ギャラリーがあります。雰囲気がいいお店ですが、敷地に「エコライフガーデン」という自然が豊かな散策路もあります。ただし、念願の養蜂を始めて自由に歩くことができなくなったそうです。

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民族衣裳をまとった素敵な人形(作品)が外に飾ってあります。

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2016年11月22日 (火)

紅葉2016 大河内山荘

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

一昨日の記事の天龍寺を出て、竹林の道を通り大河内山荘を訪れました。

「大河内山荘(おおこうちさんそう)」は、時代劇などで知られる俳優・大河内傳次郎が別荘として造営したものです。庭園の広さは約2万平方メートル。小倉百人一首でも知られる小倉山の南東面の荒地であったところに造営されました。

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拝観受付を過ぎてしばらく行くと、右にお茶席左に上りの散策路が分かれています。お茶は後で頂くとして、まずは散策路を行きます。

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昭和9年(1931)、傳次郎34歳のとき、当時長期保存が難しかったフィルムに対し、永く消えることのない美を追究するため自身で設計しこの庭の造営を始めたといわれています。上の写真で少し上がったところにある「中門」(登録有形文化財)を入ります。

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映画出演料の大半を注ぎ込み、64歳で亡くなるまでの30年の歳月をかけてこつこつと作り上げた庭園です。広い場所に出て、向こうに休憩席が設けられています。

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「大乗閣」(登録有形文化財) 寝殿造、書院造、数寄屋造など日本の住宅の伝統的様式を合わせ取り入れた建物です。他の建物も同様ですが、傳次郎の構想に基づいて数寄屋師の笛吹嘉一郎が施工しました。

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少し引き返すと、大乗閣の前まで行くことができます。

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下に先ほどの休憩席が見え、展望が開けてきました。庭園は、三段の高さにある建物を巡る回遊式になっていてこのあたりが一番下の段です。

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散策路は山の斜面を上っていきます。

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途中で見晴らしの良い場所があります。向こうに比叡山、手前に衣笠山が見えます。比叡山頂上の真下に仁和寺の五重塔があるのですが、写真を縮小したので見えないかも知れません。

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もう少し上ります。

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ちょっとした谷になっていて、高床式の「持仏堂」(登録有形文化財)があります。1931年に一番最初に建てられ、二尊院、九条家の位牌堂を写したといわれています。ここから散策路は右に曲がり少し高い場所に行きます。

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向こうに茶室があり、露地庭に飛び石があります。ここが庭園の中段になります。、

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この付近の紅葉はかなり散っていました。

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「滴水庵」 1937年に移築され、木造平屋建で、2室の広間の茶室と土間のある数寄屋造りの水屋です。

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散策路はさらに上り、開けた尾根に出ます。このあたりは嵐峡展望台というそうです。

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保津川を挟んで、向こうの山が見えます。

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保津川の上流の方向、左に大悲閣が見えます。

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中にいる人が分かるほど近くに見えます。

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散策路は尾根から少し下ります。

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東側の斜面に茶室があります。

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「月下亭」 ここが庭園の上段になり、眺望が一番開けています。

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比叡山から東山、京都タワーのあたりまで見えます。

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傅次郎はこの山荘に住み、自ら木を植え石を据えて庭園を造り続け、最期は大乗閣で亡くなったそうです。

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ここから別の道を通ってお茶席に向かいます。よく見ると瓦が敷いてあります。

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傅次郎が亡くなってから40年後の2002年、山荘は国の文化財に指定されました。現在この山荘は大河内家kら京都市に寄贈され、「大河内山荘庭園」として京都市が管理しています。

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お茶席の横にもきれいな庭があります。

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2016年11月21日 (月)

紅葉2016 天授庵

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

一昨日の記事の南禅院を出て天授庵を訪れました。いつも閉まっている正門の脇に「開山大明国師霊光塔」の石標があります。大明国師とは、南禅寺の開山・無関普門のことです。

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「天授庵」は、南北朝時代の暦応2年(1339)に光厳天皇の勅許により虎関師錬が南禅寺開山・無関普門の塔所として建立されました。無関普門が亡くなってから48年後のことです。

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無関普門は、1281年から東福寺3世として住持を務めていましたが、1291年の南禅寺創建のおりに亀山上皇に開山として招かれました。しかしながら、病にかかり住坊であった東福寺・龍吟庵に移ります。(拝観受付の横に庭園の入口があります。)

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上皇は普門を見舞い、手づから薬湯を与えるなどしましたが、同年龍吟庵で亡くなってしまいます。こうして、東福寺・龍吟庵は無関普門の塔所となりました。(庭の隅に鎮守が祀られています。)

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室町時代になって、南禅寺15世・虎関師練(こかんしれん)は、南禅寺山内に開山の塔所がないことを遺憾に思い、光厳天皇から塔所建立の勅許を得て天授庵を創建したのです。(方丈前庭が見えています。)

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この地は鎌倉時代に駒大僧正が最勝院を建立した場所でした。駒大僧正の怨念を退治したことが、無関普門が南禅寺の開山に招かれるきっかけでしたので、因縁の場所です。

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方丈(本堂)は安土・桃山時代(1602)に建立され、無関普門禅師等身大の木像(重文)や細川家歴代の位牌書などが納められています。(以下の方丈前庭は閉門間際に撮影したものです。)

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その後の天授庵は、何回か火災に遭い、特に応仁の乱(1467-1477)で焼失した後は荒廃してしまいました。(正門の内側)

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安土・桃山時代の1602年、南禅寺226世・玄圃霊三は、荒廃していた天授庵を再興するために、弟子の雲岳霊圭を天授庵主としました。

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この庭は、「淵黙庭」とよばれる枯山水庭園で、鎌倉時代の創建時に造営されたと考えられています。苔で縁取られたひし形の敷石が正門から方丈に続いています。これは近代になって敷かれたものだそうです。

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霊三は、知友の細川幽斎(1534-1610)に援助を求め、方丈、正門、旧書院、塔などが再興されました。それ以降、幽斎の廟所が造られるなど、細川家ゆかりの寺院となりました。

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細川幽斎(1534-1610)は戦国時代から江戸時代初期にかけての武将、大名で、当初は足利氏に仕え、後に織田信長のもとで大名となりました。

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方丈前庭の南にある石畳は江戸時代(1610)に造られ、幽斎夫婦の墓所に向かいます。

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方丈の南に回ると、第二の庭園の入口があります。

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「書院南庭」は、鎌倉時代末から南北朝時代にかけて造られた池泉回遊式庭園で、天授庵創建当時の面影を残しているといわれています。

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書院南庭には小さい東池と大きな西池があり、こちらの東池の滝や出島には作庭当時の石組みが残されているそうです。

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*記事の最後にある「お願い」をよろしく。

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西池に来ました。散策路はこの池の周囲を回ります。

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池の南は竹林になっています。

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西池の南に来ました。

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西池の北側には一面に散紅葉が浮かんでいます。

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書院の西にも出入り口がありますが、この日は引き返すようになっていました。

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帰りは西池の北を通ります。池の向こう(南)の竹林が見えます。

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最初に入った庭園の入口に来ました。

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正面に庫裏があります。

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ここから書院越しにその南庭が見えます。

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2016年11月20日 (日)

紅葉2016 天龍寺

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

今日は天龍寺です。来週になると嵯峨野方面は大変な混雑になると思い、早めに訪れました。「天龍寺」は室町時代の暦応2年(1339)に足利尊氏が後醍醐天皇の菩提を弔うため、夢窓疎石を開山として創建したのが始まりです。

今年の冬と春に訪れたばかりですので、今日は写真を中心にします。総門あたりは大勢の人がいます。

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総門を入って左にある放生池(蓮池)の前から。

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総門の横にある「勅使門」を池越しに。

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参道横の紅葉、いろんな色が混ざっています。

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まずお堂に上がります。

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小方丈から

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大方丈から

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お堂の中からでは、手前に人が多すぎてうまく写真が撮れないので、庭に降ります。庭園の入り口の反対にある「僧堂の南門」 

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庭園入口を入ったところに「大方丈の前庭」があります。

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「唐門」 勅使門・法堂・唐門・大方丈が東から西に一直線上にあります。

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白砂が大部分をしめ質素な前庭ですが、南に紅葉があります。

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大方丈の裏(西)にある「曹源池庭園」

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*記事の最後にある「お願い」をよろしく。

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池の中央部、亀山が借景となっています。

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石組からなる滝(龍門瀑)

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池の北に来ました。こちらからは嵐山が借景となっています。

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左は大方丈。

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池の北西から水が流れ込みます。

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小方丈から渡り廊下が斜面の上にある多宝殿まで続いています(外から見ています)。その途中にある中庭は嵐山を表しています。

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「多宝殿」 建物は昭和の建造ですが、この付近は幼少の後醍醐天皇が学問所とした場所だそうです。

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多宝殿の前を過ぎると散策路が分かれています。

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一方は池の裏(西)を通って大方丈の南に戻ります。

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もう一方の山の斜面の道を上ります。

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この道は見晴らし台を通ります。

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向こうに大文字山

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こちらは比叡山

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見晴らし台から北に降りる道、向こうに竹林があります。

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山の斜面から降りたところに「平和観音」と「愛の泉」。

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多宝殿の裏から北門までは「百花苑」とよばれる庭園となっています。

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ところで、気象庁が発表する紅葉情報は「青葉」、「色づきはじめ」、「見頃」、「色あせ初め」、「落葉」と分類しています。見頃とは、すべての葉が紅葉したときだそうです。この紅葉は色づき始めですが、彩があって綺麗だと思いました。

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昨日の段階で、嵐山一帯の紅葉は「見頃」となっています。

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2016年11月19日 (土)

紅葉2016 南禅院と水路閣

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

南禅寺の三門に上り、方丈・庫裏の前を通り、南の参道を下ると「水路閣」があります。琵琶湖疏水分線は、蹴上から南に流れて南禅寺境内に入りアーチ状の水路で谷を横切ります。、

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下の石段の上に南禅院があります。(水路閣は1888年に完成しましたが、計画当初から近代的な洋風建築は景観を損なうとして反対運動が起きました。現在ではレトロな建造物として、南禅寺の見どころの一つになっています。)

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南禅院は「南禅寺発祥の地」とよばれ、塔頭ではなく南禅寺の一部(別院)です。

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鎌倉時代の文永元年(1264)、亀山天皇はこの地に離宮・禅林寺殿を造営しました。10歳で即位して15歳となったときです。(石段の上に勅使門があります。)

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その後、禅林寺殿の一部が焼失し、その跡地に上の御所(松下殿)を建て、住居としました。焼失を免れた部分は下の御所と呼ばれるようになります。拝観受付はこの左にあり、直接庭に入るようになっています。下は東の石段。

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亀山天皇は1274年に25歳で子の後宇多天皇に譲位して院政をしきました。この頃、東アジアの情勢は緊迫しており、2度の蒙古来襲という国難に遭遇しました。

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父の後嵯峨天皇が帰依していた圓爾辧圓(えんにべんねん)禅師(無関禅師の師)に教えを受け、それが精神的な支えとなっていました。(先ほど見た勅使門)

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やがて国難が去った正応2年(1289)に亀山天皇は離宮で出家して法皇となりました。そのとき住まいとしていた持仏堂が南禅院です。ところが、まもなく離宮で奇怪な事件が起きました。(左は方丈で、右はその西庭。)

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「文応皇帝外紀」によると、離宮で妖怪が現れたといいます。最勝光院に住んでいた道智上人の霊(物の怪)が夜な夜な出没したのです。

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庭園は当時のおもかげを残し、鎌倉時代末の代表的池泉回遊式で、周囲を深い樹林で包まれています。作庭は亀山法皇ともいわれ、早くから、京都の三名勝史跡庭園の一つに指定されています。

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上皇は、各宗派に妖怪の退治を命じ、西大寺の叡尊が呼ばれましたが祈祷の効果はありませんでした。

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続いて東福寺の無関普門が呼ばれ、20人の比丘とともに離宮で座禅を続けたところ、異変はなくなりました。(茶室「龍淵窟」 昭和の数寄屋大工・岡田永斎作の書院風茶席で、庫裏、方丈と廊下でつながっています。)

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上皇は感心して普門を師と仰いで帰依し、離宮を寄進して開山として迎え、南禅寺(禅林禅寺)を開きました。(亀山天皇分骨所 ここは遺言により分骨埋葬された御陵で、宮内庁の管轄地です。)

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中国の元は2度の元寇の失敗の後、一山一寧を入貢督促(貢物の催促)の国使として日本に派遣しましたが、鎌倉幕府執権・北条貞時は、一山らを伊豆の修禅寺に幽閉しまじた。

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その後一山の禅僧としての名声を知り、貞時は幽閉を解いて一山に深く帰依しました。そして、鎌倉の建長寺や円覚寺の住持に任じました。

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一山は正和2年(1313)に後宇多法皇に招かれて上洛し、南禅寺3世住持に任命されました。一山は、朱子学を日本に伝え、書や文学にも優れ、五山文学の祖といわれています。(「龍門瀑」 水は琵琶湖疏水ですが石組は鎌倉時代の形式とか。)

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離宮が南禅寺となってからも、南禅院は引き継がれてきました。山際の道を回ります。

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滝の水は下池に流れ込み、ここには小島を「心」の字に配した心字島が造られています。池ではなく島で字を造るのは珍しいそうです。

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池の向こうに方丈が見えます。

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池を一周しました。

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方丈は元禄16年(1703)徳川綱吉の母、桂昌院の寄進によって再建され、内陣には亀山法皇御木造(重文)が安置され、襖絵は狩野養朴とその子如川隋川の筆になる水墨画です。

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南禅院を出て西に行くと山の方に道があります。また、疏水沿いに蹴上まで散策路が造られていますが、こちらは現在工事中で通行できません(来年10月までの予定)。

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南禅院の鐘楼があります。意外に大きくて木が邪魔でうまく写真に撮れません。この横に道があり、後嵯峨天皇皇后・姞子(きっし)の粟田山陵があります。

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姞子は亀山法皇の生母で、南禅院の池の周りの道の途中から陵墓まで石段が続いています。法皇の住居からすぐにお参りができるようになっていて、その庭園の借景の山にもなっています。琵琶湖疏水分線は当初このあたりからトンネルを掘る計画でした。

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ところが、工事着工直前に、亀山天皇の分骨場の下にトンネルを掘ることに宮内庁からストップがかかりました。そのため、急遽橋を渡して疏水を通すことになったのです。

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この景観も、亀山天皇が南禅院を建て住居としたことがきっかけともいえます。

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2016年11月18日 (金)

南禅寺 三門からの眺望

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

昨日の記事の永観堂を出て、南禅寺を訪れました。こちらも紅葉が見頃でしたが、人手は永観堂ほどではありませんでした。

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「南禅寺」は臨済宗南禅寺派の大本山で、正式名称を瑞龍(ずいりょう)山太平興国南禅禅寺といいます。

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鎌倉時代の正応4年(1291)に、亀山法皇がこの地にあった離宮を無関普門禅師(大明国師)に下賜し、開山として迎えて開創したのが始まりです。

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無関禅師は翌年に亡くなり、法皇の命により規庵祖円禅師(南院国師) が31歳の若さで南禅寺第2世の住持となり、一宇もなかった伽藍の建立・整備に半生を捧げました。(この日はさっそく三門に上りました。)

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三門は1295年に上棟されたといわれています。(山門の南から上り、外縁を一周します。)

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西の方は市内の広い範囲が見えます。昨日永観堂の多宝塔から見た「京都ホテルオークラ」が正面に見えます。

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その後、南禅寺は五山の別格第一位となり壮大な伽藍が整備されて隆盛を極めましたが、応仁の乱で全てを消失してしまいました。(正面に勅使門があります。)

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北西の方向に、吉田山の南にある金戒光明寺の山門、本堂の屋根、文殊塔(三重塔)などが見えます。

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江戸時代の慶長10年(1605)に以心崇伝禅師(本光国師) が第270世住持となり、寺を復興しました。(北の方角)

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南禅寺には、三門を通る中央の参道と、それに平行な北と南の参道があります。左に北の参道が見え、その左側に塔頭が並んでいます。

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東の方向に法堂が見えます。南禅寺の伽藍は勅使門、三門、法堂、方丈と東西に一直線上に並んでいます。

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現在の三門(重文)は、崇伝の勧めによって1628年に武将・藤堂高虎(1556-1630)が大坂夏の陣(1615)の戦没者追悼のために寄進したといわれています。

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南の参道の右手にも塔頭が並んでいます。

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三門の南には「天授庵」があり、紅葉があざやかな色に染まっています。

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天授庵の左(東)に「正因庵」があります。

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南の方向には蹴上の浄水場。

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南西の方には「ウェスティン都ホテル京都」。これで一周しました。下りは北の階段から降ります。

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中央の参道を法堂の方に歩きます。三門の方を振り返って。

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「法堂(仏殿)」(重文) 当初の建物は1308年頃に完成し、その後焼失と再建を繰り返しました。江戸時代の1606年には豊臣秀頼が寄進しましたが、明治になって1895年に焼失しました。現在の建物は1909年の再建で、釈迦如来、文殊菩薩、普賢菩薩を祀っています。

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裏に大きな銀杏の木があります。

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「方丈の大玄関」 昭和45年(1970)に市電伏見線が廃止になり、その軌道敷の板石を中央に敷き、両側に樹木と景石を配置して禅庭園になっています。

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庫裏には方丈庭園への拝観受付がありますが、この日は塔頭の方に向かいました。

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