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2016年7月 4日 (月)

京都御苑 三神社を巡る

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

京都御苑にある三つの神社は、それぞれ由緒があるますが、かってこの地にあった公家の鎮守社であった歴史もあります。御苑の西南隅に九條池があり、その中の島に厳島神社があります(上の写真)。

①厳島神社 安芸国の厳島社を崇敬した平清盛が、摂津国に築島(経が島)を造成した際に、同島に社殿を構えて厳島社を勧請し、後に清盛の母の霊を合祀したものが起源とされます。

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時期は不詳ながら摂津国の厳島社がこの地に遷座され、五摂家の一つの九條家の邸宅に取り込まれて、同家の鎮守として崇敬されたといわれています。、

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明治になって九條家は東京へ移り、その邸宅も東京へ移築されましたが、当神社はそのまま残され、昭和2年(1927)には社殿が改築されました。池の向こうには九條家の茶室だった拾翠亭があります。

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鳥居は花崗岩製で、国の重要美術品に指定されています。笠木と島木が唐破風形式であることから「唐破風(からはふ)鳥居」と称され、北野天満宮境内社の伴氏社の石造鳥居、蚕ノ社の三柱鳥居と合わせて「京都三珍鳥居」のひとつになっています。

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笠木と島木は鳥居の一番上の二層になっている横木(実際は石ですが)で、これらが屋根の唐破風のように上に反っているのが珍しいのだそうです。この鳥居は、清盛が創建した摂津国の厳島社から持ち込まれたとされています。

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主祭神として、宗像三女神(市杵島姫命、田心姫命、湍津姫命)を祀り、清盛の母(祇園女御)を合わせて祀っています。

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厳島神社は「島の弁天さん」として親しまれています。本堂には大きな絵馬が掲げられています。

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絵馬も可愛いい弁財天です。

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厳島神社を出て、西の道に向かう途中に宗像神社の鳥居があります。

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②宗像神社 平安京創立の翌年(795)、後の太政大臣藤原冬嗣が桓武天皇の命によって、皇居鎮護の神として筑前国の宗像神社を勧請したのが始まりとされます。

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その後冬嗣の自邸の小一条第に移したと伝えられます。小一条第は花山院(かざんいん)家が相続したことから同家の鎮守社となりました。鳥居を入って右に摂社の「花山稲荷社」があります。

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花山稲荷社は稲荷紳である倉稲魂神(うかのみたまのかみ)を祀り、こちらは花山院家の守護神(氏神)です。鳥居の横にある楠木の巨木をご神木として、火難除け、商取引円滑の信仰を集め、春秋に大祭があります。

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参道の左手にある「京都観光神社」は、昭和44年(1969)観光業者の発案で観光客の安全息災と業界の発展を祈念して、道案内の神・猿田彦大神(さるたひこのおおかみ)を勧請しました。

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宗像神社は応仁の乱の兵火で消失しましたがその後再建され、周辺一帯の公家町化の過程で、花山院家が転宅した後も鎮座地を変えず、明治天皇の東京遷都によって御苑内に残されました。

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舞殿 猪の置物がいまだに飾ってあります。

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祭神として宗像三女神(多紀理毘売命、多岐津比売命、市岐嶋比売命)を祀ります。厳島神社と漢字が違いますが同じ神々です。

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本殿(拝所)左に三つの摂社が並んでいます。

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「少将井社」 櫛稲田姫神を祀り、かつて中京区の少将井にあった八坂神社の御旅所を遷祀したものです。その縁で祇園祭の後祭の7月24日に八坂神社から神職が参向し、神饌を供進、祇園祭斎行の報告をします。

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「繁栄稲荷社」 命婦(みょうぶ)稲荷神を祀ります。『花山院家記』に基経が数人の童に捕まり杖で打たれている狐を助けると夢に現れ、住む場所を賜れば災害を除く力になると誓ったので、花山家の守護神として祀ったと書いてあるそうです。

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「金刀比羅宮」 大物主神と崇徳天皇を祀ります。讃岐丸亀藩主の京極高中が、文化3年(1806)に、金刀比羅宮を勧請したものとされます。

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社務所・授与所

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宗像神社の西門を出ると、御苑の西の道に出ます。この道の左手に桃林や梅林、右手に白雲神社があります。

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③白雲神社 鎌倉時代前期の元仁元年(1224)、西園寺公経が北山殿造営に際し建立した西園寺家の鎮守社・妙音堂に由来するとされます。

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祭神は 妙音弁財天ともいわれる市杵島姫命で、西園寺家が琵琶の宗家であったことから、音楽の神様として祀られました。

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江戸時代後期の明和6年(1769)、西園寺邸とともに御苑内に移り、明治以降西園寺家が東京に移ったあともこの地にとどまりした。現在では、「御所の弁天さん」として親しまれています。

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本殿の裏にある「薬師石」 別名「御所のへそ石」とも呼ばれ、この石を撫でてから患部をさすると、病気や怪我の回復に功徳があるとされます。

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前面には人面を思わせる凹凸があり、古くから磐座(神が降臨した場所)として大切にされてきたそうです。

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「福寿稲荷神社」 境内の東南隅にある末社で、かって西園寺家の屋敷神として祀られていたものだそうです。

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「手水舎」 この横(南)にも入口があります。

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「絵馬舎」

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中京区在住の衣笠泰介氏(26)制作の絵馬が掲げられています。氏は自閉症のためほぼ会話ができず、小さい頃から絵に没頭してきたそうです。最近になってその才能が認められ、ニューヨークをはじめ国内外で個展が開かれ、

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大手企業製品のデザインに採用されるなど、現在注目の画家です。上の絵馬は2010年に奉納されたものです。下の絵馬は宮司さんの作品(写仏)です。

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白雲神社のすぐ横に「西園寺邸跡」の石碑があります。明治2年(1869)西園寺公望はこの地に私塾「立命館」を開いたので、立命館大学発祥の地でもあります。

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「出水の小川」

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コメント

厳島神社の鳥居!そうだ~~三珍鳥居なんですよね~。この春行ったのに、宗像神社、厳島神社は明らかに勧請したものだから、そんなに珍しくないだろう。。と思って、白雲神社だけにしてしまいましたwまあ時間もなかったんですけどね~。神社も含めてまさに3分の1だけ見たって感じになってますw
休憩所の食堂やらお土産屋さんやらも興味があるので、また行きたいなぁと思っております~
へそ石は両親と一緒になでてあちこち触ったりしましたよ!w

投稿: ばるさろ | 2016年7月 4日 (月) 23:40

★ばるさろさん こんばんは♪
白雲神社は、御苑の中ても木々に覆われて山の中にいるようです。へそ石は本堂の裏にあって、ちっと気づきにくいですね。最近では、何か珍しいものがあるかも知れないので、いつも本堂や本殿の裏に回ってみることにしています。

投稿: りせ | 2016年7月 5日 (火) 22:28

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