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2016年6月 6日 (月)

金福寺 芭蕉と蕪村とたか女

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

サツキが満開の金福寺を期待して3度訪れました。ところが、ご住職によると今年はほとんど花が咲かないようだとのことでした。というわけで、緑のサツキのまま記事にすることにしました。

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「金福寺」は平安時代の864年、円仁(慈覚大師)の遺志を継ぎ、安恵(あんね)僧都が創建したとされ、当初は天台宗の寺でした。

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鎌倉時代から室町時代にかけて荒廃しましたが、江戸時代の前期に圓光寺の鉄舟和尚により再興され、以後臨済宗南禅寺派に属しましたた。

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鉄舟は松尾芭蕉と親交があり、貞亨年間(1684-1688)に芭蕉が京都を訪れたとき金福寺にも宿泊したといいます。(本堂の前庭は江戸時代中頃に作庭された枯山水庭園で、白砂の周囲を築山やサツキが囲み、奥に高台があります。)

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芭蕉が泊まった建物は「芭蕉庵」と呼ばれましたが、後に荒廃しました。江戸時代中期の1776年俳人・画家の与謝蕪村は住持・松宗(しょうそう)の了承を得て、荒廃していた芭蕉庵を再興しました。蕪村は芭蕉に憧れ、足跡をたどって東北地方を旅したほどでした。

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幕末の1862年には、かっての祇園の芸妓・村山たか女が入寺して尼僧となり、ここで生涯を終えました。(まず本堂の「残照亭」に入りました。ここには金福寺ゆかりの与謝蕪村と村山たか女の遺品などが展示されています。)

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たか女は、江戸幕府大老・井伊直弼、後に国学者の長野主膳の愛人となり、孝明天皇の女官として仕えながら尊攘派の情報を流しました。1858年に尊攘派らを弾圧した「安政の大獄」に協力しました。(仏間には円仁作といわれる「聖観音」を安置しています。)

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ところが、1860年の桜田門外の変で直弼が暗殺されると、1862年報復のために長州と土佐藩士はたか女を捕らえ、三条大橋に尼姿で晒しました。(暑い日でしたが、方丈には涼しい風が吹き込んでいました。)

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3日後、たか女は宝鏡寺の尼僧により助けられ、清凉寺、圓光寺を経て、金福寺の尼となったのです。(庭の後ろの石段を上り高台に行きます。)

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たか女は、金福寺で晩年の14年間を直弼の菩提を弔いながら過ごし亡くなりました。墓は圓光寺にあります。

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石段を上ると少しずつ視界が広がってきます。

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「芭蕉庵」 芭蕉がここで詠んだ句は「うき我を淋しがらせよかんこどり」、蕪村は再建した芭蕉庵で句会を催したといいます。
 
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庵からは市街北部から愛宕山まで見渡せます。

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庵の横に「芭蕉の碑」があります。1776年に蕪村や俳人・樋口道立(どうりゅう)が立て、芭蕉の生涯を讃えた文が刻んであります。蕪村は碑の建立時に「我も死して 碑に辺(ほとり)せむ 枯尾花」と詠みました。

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その横の「芭蕉水」 鉄舟が芭蕉をもてなしたという井戸です。

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蕪村の句のように、弟子たちは斜面を上ったところに蕪村の墓を造りました。墓にいく途中に村山たか女の参り墓があります。本墓は圓光寺のオマール氏の墓の奥にあります。

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さらに墓への坂道を上ったところに、高浜虚子が蕪村の墓を参ったときに詠んだ句が掲げられていました。「徂(ゆ)く春や京を一目の墓どころ」

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蕪村とその門下・江森月居の墓 月居の句「朝霧にまぎれて出む君が門」、「敗軍の五六騎蓑をうちかづき」

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蕪村の墓の周囲には月居以外にも門下や京都の俳人の墓や句碑があります。(庭まで下りてきました。)

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その中の一人、青木月斗が当寺で詠んだ句を最後に、「狸追いし和尚の話夜半(よわ)の冬」、「提灯で墓へ参りぬ星冴ゆる」

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山門の脇に村山たか女が寄進した弁天堂があります。

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弁財天女を祀っています。

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コメント

たしかに花は殆どないですね~。そんな年もあるんですねぇ。何度か訪れたそうですが、ということは、詩仙堂等に行ったときに、金福寺もチェックしておられたんですかね~。とても明るい陽射しが緑と建物をステキに包んでいて、心地よさそう~
まあでも。。。京都の夏本番になると暑いですからねぇw思い切り日が当たる山肌ですから、結構きついかもw
舗装されているから迷い歩きやすいですが、結構坂道もありますからね。。。りせさん相変わらず健脚だなぁ~

投稿: ばるさろ | 2016年6月 6日 (月) 21:57

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