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2016年5月27日 (金)

岡崎 美術館・図書館・動物園

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

昨日の記事の平安神宮を出て、岡崎公園にある文化的施設のあたりを散策しました。

平安時代後期に天皇や皇族が造営した名前に「勝」の字がつく六つの寺院「六勝寺」がありました。岡崎プロムナードから東の「岡崎グラウンド」にかけては、鳥羽天皇が建立した「最勝寺」がありました。

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プロムナードの西、ロームシアター京都のあたりには堀河天皇が建立した「尊勝寺」がありました。六勝寺は院政時代の政治、経済、文化の重要な地域「白河街区」の中心部にありました。

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二条通まできました。ここから向こうが神宮道です。

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「京都府立図書館」 前身は日本で初めての公立の公開図書閲覧施設である京都集書院で、明治42年(1909)に現在地である岡崎に開館しました。利用者登録が可能なのは京都府またはその隣接府県の在住者、府内に通勤先・通学先がある者です。

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利用者登録を行えば、貸出状況の確認、貸出予約、新着図書の通知などのサービスがインターネットを通じて受けられます。入口は北側にありますが、この日は休館日でした。ここにはかって崇徳天皇が建立した「成勝寺」がありました。

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建物の前の南橋にある「吉田松陰拝闕詩碑」  松陰は1831年ペリーが下田に来航した時に密航を企てて失敗、翌年長崎停泊中のロシア艦隊に加わるために京に入りました。そのとき、梁川星巌から孝明天皇が時世を憂えていることを聞きます。

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石碑はそのとき詠んだ詩で、内容は「朝廷の権威と権力が地に落ち昔に戻ることなく、役人どもは時間をつぶす。 天皇の権威を世界に及ぼしたいものだ」と松陰の尊王思想を表したものだそうです。

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隣の「京都国立近代美術館」 京都を中心に関西・西日本の美術に比重を置き、京都画壇の日本画、洋画などを積極的に収集、展示し、河井寛次郎の陶芸、染織など工芸作品のコレクションも充実しているとのことです。こちらも休館日でした。

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向かいにある「京都市美術館」 昭和8年(1933)に公立美術館として東京都美術館に次ぎ日本で二番目に開館しました。明治以降平成2年(1990)頃にまでの日本画、洋画、工芸作品などを中心とするコレクションがあります。

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コレクションの常設展のほかに、各種の公募展や新聞社主催などの大規模展覧会を行います。なお、平成12年に京都会館(現ロームシアター京都)内に別館が建てられました。

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敷地の北西にある広場は、昨年10月から発掘調査が行われた白河街区の跡地です。このあたりの西に成勝寺、東に円勝寺がありました。

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円勝寺は待賢門院璋子の勅願によって建てられ、発掘調査では二つの寺院の境界を示す溝や寺を管理した人々の住居の柱穴跡などが発見され、境内の伽藍配置の一端が分かったそうです。

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京都市美術館の北口、

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1970年に発掘調査が行われた「円勝寺」の跡地に収蔵庫が建っています。その屋上(数mの高さ)には地面から階段がついています。向こうは将軍塚がある華頂山。

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岡崎通まで来ました。通りの向こうは「京都市動物園」 明治36年(1903)に日本で2番目の動物園として開園、繁殖に力を入れており、日本初の繁殖成功例がたくさんあるそうです。昨年に数年来の施設整備が完了して新しくなり話題を呼びました。

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動物園はかっての「法勝寺」の跡地で、施設整備に伴う発掘調査で様々な遺構や遺物が発見されました。法勝寺は白河天皇によって六勝寺のうち最初に建てられ、規模も最大でした。白河天皇はその後譲位して、幼少の天皇を擁立して院政をしきました。、

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最後の延勝寺以外の5寺はいずれも白河上皇の時代に建てられました。つまり、法勝寺は院政時代の中心となった寺で、広大な敷地に八角九重塔がそびえたつ偉容を誇っていたといいます。下は京都市美術館の東門

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京都市美術館の東側(東玄関)

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美術品の搬入(搬出?)を行っていました。

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京都市美術館の東側に日本庭園があります。池には琵琶湖疏水の水を引き入れ、藤棚がある回遊庭園です。向こうの建物(TOPの写真)は美術館の事務棟だそうです。

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この庭は明治43年(1910)に築造された美術館の商品陳列所の庭が前身で、その工事主任は七代小川治兵衛でした。かっては職員の中に庭の手入れをする係がいたそうです。

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現在は誰でも利用できる憩いの場となっていますが、あまり知られていなくて近所の人以外に訪れる人は多くありません。

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美術館の表側に来ました。

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昨年9月に運行スタートした「京都岡崎・都心循環バス」 市役所前、三条京阪、知恩院三門、青蓮院などを通り岡崎地区を循環します。

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明治時代の岡崎地区には地上に古い建物が残っておらず、様々な文化的施設が建てられました。ところが、近年の発掘調査で、寺院や町並みの遺構が多数発見されて、次第に平安時代の姿が明らかになってきました。

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発掘調査は今後も続き新しく遺構も発見されると思われますが、平安時代の街の姿を想像しながら、この地域の遺跡めぐりをするのも面白いかも知れません。

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コメント

グランドがあったなんて!知らなかったなぁ。。
図書館の建物がステキ!でも入れないのか。。。(;´д` ) トホホ 中で閲覧だけなら入れたりするようになればいいのになぁ。。。建物だけでも見ごたえありそう。。。
この辺りではやはり動物園がお気に入り~。
一昨年に行ったんですが、そのすぐ後に最高齢のジャガーが死んだという記事を見て、印象深かったですね。。。
ここの八角九重塔とか相国寺の109mの塔とか再建されたらすごいのになぁ。。といつも思います。平安神宮も最初は再建みたいなもんだったけど、ちゃんと匠の技術で作ってあるからこその文化財ですからね。今も技術が受け継がれているか分かりませんが、塔を再建したら話題性も抜群!まあ。。お金相当かかりそうだから無理ですかね~

投稿: ばるさろ | 2016年5月27日 (金) 21:59

★ばるさろさん こんばんは♪
塔を再建って、面白いアイデアですね。東京のランドマーク?のスカイツリーに対抗して、木造の塔は京都らしいですね。新しい建築基準法では木造建築の高さ制限はなくなり(強度があれば)100mの塔も建てることができるそうです。ただし、耐火性の面から木造にできるのは最上階から4階までとか。*京都タワーの塔の部分は高さ100mだそうで、相国寺の大塔はすごかったのですね。

投稿: りせ | 2016年5月28日 (土) 22:55

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