大将軍八神社 都の北西を鎮護
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3月のことですが、梅の花を見に北野天満宮を訪れた後、すぐ近くの大将軍八神社に来ました。妖怪ストリートとしておなじみの大将軍商店街に面して鳥居があります。

延暦13年(794)桓武天皇が平安京を造営する際に、王城鎮護のため天門(北西の方角)を守護する星神大将軍を祀ったのが始まりとされます。当初は「大将軍堂」と呼ばれたそうです。(神門)

陰陽道では、北西の方角から怨霊や魑魅魍魎などの災いが出入りするとして、この天門を守護することが都の繁栄と安泰に重要であると考えたのです。(中央は方位盤。)
江戸時代には大将軍村の鎮守社として祀られ、「方除厄除12社」の一つとして参詣が盛んだったそうです。鳥居を入った左に天保11年(1840)建立の標石があります(下の写真の左)。
その頃からそれまでの妙見(北極星)信仰から太白精(金星)信仰に移り、陰陽道の暦神(八将神)と習合して 「大将軍八神宮」とも称されたそうです。
明治時代の「神仏分離令」によって神道が国教となり、大将軍を「素盞鳴尊(すさのおのみこと)」と見なし、御子五男三女神とあわせて祭神として、桓武天皇を合祀することになりました。

大将軍は中国から伝わった陰陽道における神です。祇園信仰の牛頭天王(ごずてんのう、かっての八坂神社の祭神)はインドから伝わった神で、同様に神仏分離令によって素盞鳴尊と改められました。

さらに、御子八神と暦神の八将神を同一であるとみなして、社名を正式に「大将軍八神社」と改めました。社務所(授与所)
実は、大将軍は牛頭天王の息子とされていますが、大将軍八神社は100年間ほど八坂神社の摂社だった時期があり、八坂神社の祭神(素戔嗚尊)にならったのではないかと考えられています。
境内にはいくつも摂社があります。神門を入って左にある「三社」 右から命婦神社(女性の守護)、厳島神社(芸能)、猿田彦神社(導きの神)。
「五社」 享保3年(1718)勧請され、右から恵比寿神社(商売)、稲荷神社(開運)、天満宮(学問)、長者神社(金運)、金毘羅神社(交通安全)。

本殿右手前に「二社」、右の「歳徳神社」の祭神・歳徳神は方位神の一つで、その年の福徳を司る吉神です。左の「大金神(だいこんしん)神社」の祭神・大金神も方位神ですが、こちらは災いをもたらす神と恐れられ、それを鎮めるために祀られています。
歳徳神は美しい姫神として描かれることが多く、牛頭天王の后で八将神の母の頗梨采女(はりさいじょ)であるとされています。本殿の裏に回ります。

本殿の左後ろの「大杉神社」、このあたりの産土神(うぶすながみ)だそうです。産土神は、その土地で生まれた者を(他に移っても)一生守護する神だそうです。

大杉神社の祠の横にある「豆吉(まめよし)神社」 一願成就の神とされ、ご神体はサンショウウオのような石の塊です。神社でも正体は分からないそうですが、鳥居も狛犬もミニチュアのようで一見の価値があります。
大杉神社の中に絵馬所があり、いろいろな神社の絵馬がかけられていました。これは宮司さんが訪れた記念だとか。

本殿の右後ろにある「方徳殿」 宝物殿で、木造大将軍神像80体が安置されています。これらの神像群は平安時代中期から末期の制作といわれ、甲冑を着用した武神像、束帯姿の男神像、童子姿の像などです。

これだけ多数の古い神像が一神社にまとまって出土する例は他に例がなく貴重なもので、1972年に国の重要文化財に指定されました。その後、新たに像が1体発見され、2003年に追加指定されました。毎年5月1~5日、11月1~5日に公開されます。
方徳殿前の武将神像(石像) 陰陽道で方位を司るという方伯(ほうはく)の神で大将軍とみられているそうです。
社殿は、本殿と拝殿が一続きの権現八棟造(ごんげんやつむねづくり)で、昭和元年(1926)に再建されたものです。
毎年10月第3日曜日に「天門祭」が行われます。前日の宵宮では大蛇餅を奉納して氏子に授与、当日は神輿の巡行があり、露店が出て終日にぎわうそうです。また、毎月第一日曜日にはフリーマーケットが行われます。
ところで、6年前に宮司となった生嶌宏盛氏は、先祖が平家一門の武士から神職について苗字を改めた人物で、現在28代目になるとのことです。陰陽道・陰陽師についての講演や、様々なイベントを行い、人気の宮司さんだそうです。
平家の縁からかも知れませんが、治承2年 (1178)高倉天皇の中宮・建礼門院(平将門の娘)の安産祈願として、奉幣(ほうへい)使が参向したという記録があるそうです。奉幣とはお供え物を捧げることです。

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コメント
雰囲気が、他の神社と少し違うよね。
時代が新しいからかな。
投稿: munixyu | 2016年5月21日 (土) 15:03
★munixyuさん こんばんは♪
確かにどこか雰囲気が他と違う気がしますね。もしかして、地面が土でないからかも知れません。綺麗な砂利で覆われていて、建物も小さい祠にいたるまでよく手入れされていました。
投稿: りせ | 2016年5月24日 (火) 00:39