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2016年1月 9日 (土)

岡崎神社 王城鎮護の東天王

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

岡崎神社は昨年暮れに訪れましたが、平安神宮の初詣の後にも立ち寄りました。ですから何枚か正月の写真も混じっていますのであしからず。

「岡崎神社」は丸太町通の東、吉田山の南にあり、古くからこの地域の産土神(うぶすながみ)として信仰されてきました。

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岡崎神社は、桓武天皇の平安京遷都(794年)の際に、都の四方に王城鎮護のために創建された社の一つで、東天皇とも呼ばれました。以来この地域の方除厄除の氏神として信仰されてきました。

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その後、弘仁年間(810-824)に社殿が焼失しましたが、貞観11年(869)清和天皇が再建して播磨から改めて祭神の「牛頭天王(ごずてんのう)」を勧請しました。

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平安時代末の治承2年(1178)、高倉天皇の中宮・徳子の安産祈願の幣帛(へいはく、朝廷・国家からの供物)を贈られたことから、子授け・安産の神としても信仰されるようになりました。

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このあたりの山はかつて野兎の生息地で、兎は多産で氏神の使いとされることから、狛兎や兎の像があちこちに置かれています。

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本殿には祭神として素戔鳴尊(すさのおのみこと)、奇稲田姫命(くしいなだひめのみこと)、及びその御子三女五男八柱神を祀ります。では、牛頭天王とこれらの祭神とはどうゆう関係なのでしょうか。

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牛頭天王はインドの神を起源として、仏教における天界に住む神の一つです。奈良時代までに日本にも入り、蘇民将来説話の武塔天神(むとうてんじん)と同一視されました。

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さらに、神仏習合の時代では薬師如来の垂迹であるとともに素戔嗚尊の本地ともされました。「垂迹(すいしゃく)」とは仏や菩薩が人々を救うため、日本の神の姿となって現れたとする仏教用語です。

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「本地(ほんじ)」はその逆で、仏または菩薩の本来の姿である神々を指します。

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ところが、明治政府の神仏分離令の通達で、権現類と並んで牛頭天王が名指しされ、廃寺に追い込まれた寺院もありましたが、多くの神社は素戔嗚尊を祭神とするように再編されました。

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これはおみくじの兎です。

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高天原から追放された素盞嗚尊は、出雲国簸の川で八俣大蛇を退治して奇稲田姫命を救います。(一の鳥居の左にある絵馬堂)

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その後、二人は出雲の八重垣神社のあたりに新居を構え三女五男の神をもうけたというわけです。(大蛇退治の絵馬が奉納されています。)

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「宮繁稲荷神社」 もともと仙洞御所の苑中に祀られていた社ですが、仙院が炎上して宝永7年(1710)当時の所司代松平紀伊が遷座しました。

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倉稲魂神(うがのみたまの神)、 蛭子大神(えびす神)、 大国主大神(大黒神)を祀り、商売繁盛の神様です。

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「能舞台」 鏡板の「老松図」は、日本画家・神坂雪佳(1866-1942)の作だそうです。手前が絵馬の納所になっています。

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授与所と社務所

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本殿の右手前にある手水舎 黒御影石の兎が月を仰ぎ体に力をみなぎらせています。水を掛けてお腹を擦り祈願すると、子宝に恵まれ安産になるとされています。

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その隣にある「お旅所」 ずいぶん近いところにありますが、かっては西方にあったものを移したそうです。
 
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「雨社」 元は如意々岳(大文字山)の山中の石祠に鎮座していた竜神様で、天雨の恵みにより五穀豊穣をもたらす雨乞いの神です。安目社とも呼ばれ、目の病気平癒のご利益もあるそうです。

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境内の東北隅まで来ました。

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境内の東にある手水鉢 素戔嗚尊?

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こちらは客殿のようで、祈願や初穂料の受付をしていました。

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向こうは授与所/社務所

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年間行事として、歳旦祭(元旦)、 節分祭(2月3日)、祈年祭(3月16日)、夏越大祓(6月30日)、例大祭(7月16日)、氏子大祭(10月16日)、火焚祭(11月16日)、新嘗祭(11月23日)、
雨社祭(12月2日)、年越大祓(12月31日)が行われます。(おみくじ)

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氏子大祭では、櫓太鼓を先頭に十一基の振鉾(ふりぼこ)を連ね、氏子地域へ神輿の渡御が行なわれます。稚児行列や子供神輿も参列し、湯神楽が行われます(ここからは正月の写真です。)

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この振鉾のうち、特に犬鷹鉾(いぬたかぼこ)は平安時代の姿を伝える名鉾として有名です。振鉾(剣鉾)は京都の周辺地域の神社に残っている、古来からの祭りの形態です。

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コメント

ここは、年末に金戒光明寺に行く前に久々に寄ってきました~~。門前の大きなつくりのわりに、本殿の回りがコンパクトですよね。うさぎの石像がデフォルメしすぎず、かと言って、リア過ぎることもない絶妙な姿かたちで好きです。親子ウサギは気が付かなかったなぁ。。。こちらで土鈴を買ったりウロウロしてる間に、金戒光明寺が時間切れで閉まっていたので、また行くときについでに寄ろうと思います~~

投稿: ばるさろ | 2016年1月 9日 (土) 18:21

兎たち、かわいいよね。
年末の雰囲気と正月の雰囲気との違い。
やっぱり淑気なんだろうね。

投稿: munixyu | 2016年1月 9日 (土) 18:31

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