2015 紅葉 2

2015年11月27日 (金)

直指庵 2015秋

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

紅葉情報によると嵐山、嵯峨野は既に見頃ということで、まずは北嵯峨野の直指庵を訪れました。

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直指庵(じきしあん)は、臨済禅を学んだ独照性円(どくしょうしょうえん)が正保3年(1646)に北嵯峨細谷に草庵・没蹤庵(もっしょうあん)を結んだのが始まりです。

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独照が明の高僧隠元隆琦に黄檗禅を学び、隠元を直指庵に請じてからは、伽藍を建立するなどし、直指庵は大寺院となりました。(本堂、拝観受付があります。)

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その後、独照は枯松の枝が地に落ちるのを見て、黄檗禅の「直指人心」の境地に至り、「直指庵」と名づけました。(本堂での写真撮影は縁側から外だけが可能です。)

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庵がすでに大寺院になっているにもかかわらず、黄檗の正統を守り寺号をつけるのを避けて、庵の名前で呼んだのです。

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「直指」とは、文字や言葉などによらず、直接的に指し示すこと。「人心」は、自分の心の奥底に存在する、仏になる可能性ともいうべき仏心・仏性といわれるものだそうです。

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結局、「直指人心」とは、自分の奥底に潜む心を凝視して、本当の自分、すなわち仏心、仏性を直接的に把握することだそうです。

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独照の弟子・月潭が直指庵の2世となり、詩文をよくして高僧の名をたかめましたが、その後は法嗣が衰えて、独照の墓堂が残るだけとなりました。(本堂を出て右手の斜面沿いの道を行きます。)

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「愛逢い地蔵」 縁結び、恋愛成就にご利益があるとか。

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左手に石段があり、その途中に与謝野晶子の歌碑があります。「夕ぐれを 花にかくるる 子狐の にこ毛にひびく 北嵯峨の鐘」

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「開山堂」 独照禅師の墓と、独照と月譚の木像を安置しています。

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幕末に、尊皇攘夷活動家であった津崎村岡局が兄の孫の寿仙尼とともにこの直指庵に入り、寺を再興して浄土宗に改めました。(このあたりは日当たりがよいのか、紅葉の色が濃くなっていました。)

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村岡局は、大覚寺門跡家臣津崎左京の娘でしたが、公卿の近衛忠熈(ただひろ)に侍女として仕え、その長である「老女」となり村岡局と名乗りました。「近衛家の清少納言」といわれるほどの才女でした。

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安政3年(1856)篤姫(天璋院)が徳川家定に嫁ぐと、村岡局は養母として江戸に下りました。篤姫は島津家の生まれですが、近衛家の娘として嫁いだのです。(開山堂の前の「亀石」)

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村岡局は、近衛家、公卿と尊攘派の志士との間の連絡に当り、尊攘派の僧・月照や西郷隆盛らとも親しくし、安政の大獄(1858-1859)では二人を西国に逃がしたともいいます。

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自らも、安政6年(1859)に京都町奉行所の取調べを受け、江戸で押込30日の刑に処せられました。その後も再び逮捕されますが、蛤御門の変(1864年)では近衛家に出仕しました。

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維新後は賞典禄20石を賜り、直指庵で余生を送り、付近の子女の教育に努めました。そして、明治6年(1873年)に亡くなりました、享年88歳。

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村岡局の墓 「勤王の女傑」と書いてあります。嵐山の亀山公園には銅像が建っています。

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明治13年(1880)に直指庵の建物は焼失してしまいますが、明治32年(1899)に有志により再興されて現在に至ります。「水子地蔵尊」

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「想い出草観音」

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ここから道は下ります。左に新しい墓地、右は修練道場です。

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昭和37年(1962)に広瀬善順尼が庵主となり、直指庵の名前が全国に知られるようになりました。(修練道場 中は撮影できません。)

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広瀬尼は京都に生まれ、15歳で得度し、京都、岐阜で修行しました。直指庵の庵主になると、庵を訪れた人の悩みの相談にのり、来訪者が思いを綴った「想い出草」は5000冊以上になるとか。

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特に、女性の悩みの相談に応える「駆け込み寺」や「泣き込み寺」として知られるようになり、全国から大勢の女性が訪れました。

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昭和55年(1980)に相続問題がおこって男性住職に交代して、広瀬尼は寺を出てその4年後に亡くなりました。

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現在の庵主は、村岡局が浄土宗の「尼寺」として再興したというのは誤りだという立場だそうです。いずれにしても、救いを求める女性が詰めかける寺ではなくなりました。

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寺を再興した二人の女性庵主を思いながら、境内にある歌碑、女性が信仰してきた地蔵や石仏を見るとちょっともの悲しい気がしました。

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2015年11月26日 (木)

常照寺 2015秋

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

一昨日の記事で紹介した光悦寺を出た後、常照寺を訪れました。この寺も本阿弥光悦にゆかりがあります。元和元年(1615)本阿弥光悦は、徳川家康から鷹峰の地を拝領して、一門とその家職につながる工匠や商人を引連れて移住してきました。

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元和2年、本阿弥光悦と光瑳の親子は、ここに「法華の鎮所」を建立し、鷹峰で布教していた寂照院日乾上人を招き、日乾上人はその鎮所を「寂光山常照寺」と号しました。(「吉野門」 島原の2代目・吉野太夫の寄進により建立、1917年に再建されました。)

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日乾上人は常照寺に僧侶の学問所「鷹峰檀林」を創設しました。そのため、当時は「常照講寺」とも呼ばれました。檀林とは、僧侶の学舎あるいは教育制度を指し、鷹峰壇林は山城六壇林の一つといわれました。

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「帯塚」 昭和44年(1969)に女性の心の象徴の帯に感謝し祈りを捧げる帯塚が在京の著名人の発起によ って建立されました。作庭は中根金作氏で、苔により鷹峰三山を表現したそうです。

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本堂 かっての講堂を改築したもので、本尊として十界大曼茶羅を安置しています。

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拝観受付をすますと、最初に書院に行くようになっています。本堂と書院の間にある「霊鷲(りょうじゅ)の庭」 釈迦が説法を説いた霊鷲山の山頂にあるという設定です。

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鷹峰檀林の数万坪の境内には、講堂、衆妙堂、玄義寮、妙見堂など30余棟の堂宇が並び、数百人の学僧が集い、鷹峰一帯の中心的なアカデミーともいえる場所でした。

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檀林の学僧は13年以上も入寮して、学業をはじめとして様々な教育を受けました。檀林は明治5年(1873)まで続きます。(本堂の左手に庭園の入口があります。)

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一番奥にある「鬼子母尊神堂」 かっての悪鬼も、今は子育て、子授けの守護神です。

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「常冨(つねみ)大菩薩殿」 江戸時代の享保年間に、学寮でしばしば不思議なことがおこりました。学頭の日善が常人と違うと噂されていた智湧という学僧の部屋を覗くと、白狐が一心に書を読んでいたそうです。

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姿を見られた智湧はやむなく寺を去り、摂津の妙見山で修行を行い、常富大菩薩となったとされます。智湧が去る際に書き残した道切証文と起請文の末文には爪の印があり、霊宝として寺に保存されているそうです。

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お堂の前にお茶席が出ていました。 *記事の最後にある「お願い」をよろしく。

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ここから北に行くと「白馬池」への門があり、門をくぐって谷に下ります。

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かってこの池に仙人が住んでいて、白馬で往来したという伝説があります。

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平成21年秋に伝承の沼池を復興して、顕彰碑を建て一字一石法華経を埋めたそうです。池の周囲には桜も植えられています。

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「白馬観音像」 白馬にまたがる仙人を観音像として勧請して、手には妙法蓮華経八之巻を持っています。

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もう一度境内に戻って順路に沿って東に行くと、茶室の「聚楽亭」があります。

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ここは本堂の裏手にあたります。

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ところで、山門を寄進した吉野太夫は、西国の武士の娘として育ちましたが、故あって島原の名妓となりました。(散策路はさらに東に続きます。)

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遊女としての最上位にあっただけではなく教養が高く、詩歌、管弦、 茶の湯、香道の諸芸に秀で、当時上流階級の社交場の花とうたわれました。

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京の町衆の代表的な文化人であった灰屋紹益と吉野大夫のロマンスは名高く、紹益は後の関白、近衛信尋と争い身請けし妻としました。(茶席「遺芳庵」)

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「吉野窓」 吉野太夫が好んだ円窓で、下の部分が直線に切られているのは、まだ悟りに至らない不完全な円を表しているとされます。吉野太夫が自らを戒めて円を欠いたともいいます。

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しかしながら、吉野は寛永20年38歳の若さで亡くなり、縁のあるこの寺に葬られました。(吉野大夫の墓)

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墓地の中央に「開山堂」があり、日乾上人の五輪塔のお墓がまつられています。 ケヤキの扉には珍しい形の五七の桐か彫刻されています。

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「吉野太夫と紹益の比翼塚と歌碑」が昭和46年(1971)に歌舞伎俳優の片岡仁左衛門丈らによって建てられました。 「比翼塚」とは、愛し合って死んだ男女や心中した男女、仲のよかった夫婦を一緒に葬った塚のことだそうです。

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紹益が吉野を葬ったときに詠んだ歌 「都をば 花なき里となしにけり 吉野を死出の 山にうつして」

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吉野太夫をしのんで、毎年4月第3日曜日に花供養が行われます。源光庵から常照寺本堂まで島原の太夫道中があり、太夫献茶や太夫墓前祭、太夫による野点が行われます。

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2015年11月25日 (水)

2015 紅葉 くろ谷「紫雲の庭」 

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

吉田山の「くろ谷さん(金戒光明寺)」では12月6日まで特別公開が行われています。
山門には五色の幕が掛っています。山門横の山には青龍殿が見えます。

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山門・・・天井画の「蟠龍図」、そして市内一望の絶景が望めます。

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大方丈には伊藤若冲筆の「群鶏図屏風」が特別公開されています。

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御影堂の「文殊菩薩半跏像」と脇士の像は運慶の作。(撮影禁止の為:絵葉書) 大きな像です。

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「紫雲の庭」、見事な紅葉の回遊式庭園です。一周します。

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くろ谷さんのHPにはライブカメラがあり、紅葉の具合が分りますよ。

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お茶席もあります。

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特に色付きの良い大きな紅葉

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池の周りをぐるっと廻ります。

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敷石を楽しんでください。

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左にある頭と4つの手足の青い石は「亀」、そして「雲」と「水」が小石で配置されています。

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亀は全部で33匹いるそうです。

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庭園の端に来ました。

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四阿でゆっくりと・・・

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撮影は19日、今はもっと紅葉が映えているでしょう。

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今年は早くに色付いてしまって落葉したのもありますが、

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今日からの冷え込みで、緑だった葉っぱがこれから紅く色付くことと思います。

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方丈から・・・緋毛氈の向こうに真っ赤な紅葉が。。。何処の紅葉でしょうか? 最後の写真で分りますよ

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この鮮やかな紅葉が部屋から見えていました。

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2015年11月24日 (火)

光悦寺 2015秋

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

鷹峯の源光庵を出た後、通りを隔てた光悦寺を訪れました。

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江戸初期の文化人・本阿弥光悦が元和元年(1615)徳川家康から与えられ地に草庵を結び、法華題目堂を建てました。

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当時この地は「辻斬り追い剥ぎ」が出没する物騒な土地だったといいます。ここに光悦の一族や様々な工芸の職人らが移り住んで芸術の村となったそうです。

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光悦の死後、西陣本法寺の日慈上人を開山として寺に改め、太虚庵(たいこあん)光悦寺と称したのが寺の起こりです。(拝観受付の前に珍しい茅葺き屋根「鐘楼」があります。)

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「本堂」 本尊の十界曼荼羅を安置しています。

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本堂と庫裡をつなぐ回廊の下をくぐると庭園に出ます。庭園には7つの茶室が点在し、庫裡と接して「妙秀庵」があります。

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「三巴亭」 大正10年(1921)に建てられた数奇屋建築で、八畳2室、水屋等からなり、北西の八畳は光悦堂と称し、仏壇には光悦の木像を安置しています。

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「大虚庵」 光悦が鷹ヶ峰に営んだ居室の名称でしたが、現在の大虚庵は大正4年(1915)に新たに建てられたもので、道具商・土橋嘉兵衛の寄付、速水宗汲の設計です。

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大虚庵前の垣根は「光悦垣」またはその姿から「臥牛(ねうし)垣」と呼ばれ、徐々に高さが変る独特のものです。

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大虚庵は建設後に光悦会によって改造され、正面入口の貴人口がにじり口に、間取りが当初の三畳台目から四畳+二台目に変わったそうです。光悦会は大正4年に始まり、大師会とともに我が国の二大茶会です。

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「了寂軒」 大虚庵と向き合うように建っています。以下の建物もすべて大正時代以降の建設です。

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ここは、かって唱題修行をする常題目堂があった場所です。

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「翹秀軒(ぎょうしゅうけん)」 紙屋川の渓谷上の見晴らしのよい場所にあります。ここまでの建物は、斜面の上から下に並んでいます。

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向こうの山が「鷲ヶ峰」

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左が「鷹ヶ峰」

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ここからの眺めをパノラマにしました。鷹峰三山が見え、最後の「天ヶ峰」は右の庇に一部が隠れています。

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翹秀軒の前に光悦の養子の光瑳(1601-1682)と孫の光甫(1601-1682)の墓があります。

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散策路は翹秀軒から斜面に沿って東に行きます。振り返ると、天ヶ峰がはっきり見えます。

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「本阿弥庵」 散策路の東の端の見晴らしのよい場所に建っています。

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ここまでで紹介した以外に茶室「徳友庵」、「騎牛庵」、「自得庵」があるはずですが、いずれも非公開で目につかない場所にあるようです。

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正面は鷹ヶ峰です。

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市内の北部が見え、鷹峯が高台にあることが分かります。散策路は、本阿弥庵から北に上り、その途中に

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アメリカ人蒐集家・チャールズ・ラング・フリーア(1854-1919)の記念碑があります。彼は、日本などアジアの美術・工芸品を収集して、スミソニアン博物館に寄贈しました。

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彼は光悦寺にもたびたび訪れ、日本の芸術品を世界に広め、後にアジア専門のフリーア美術館が設立されました。更に北に行くと道が分かれていて、

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突き当りに「光悦の墓」があります。

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ところで、鷹峯は京の都から杉坂を経て周山に至る周山街道上の要衝で、京の七口の一つの長坂口にあたります。毎年鷹がやってきて雛を生んだので、鷹峰とよばれたという話があります。真偽はともかく、遊猟地であったことは確かなようです。(右が妙秀庵。)

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近世初頭に光悦が一族を率いて芸術村を形成し、さらに日蓮宗の檀林が設けられると、各種産物の問屋が軒を並べて、宿場町としても栄えました。

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しかしながら、国鉄山陰線が開通し、高雄・梅ヶ畑経由の新しい周山街道ができてからはこの地はさびれてしまったそうです。

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それでも、通りにある古い茶店や土産物屋が当時の面影を伝えています。

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2015年11月23日 (月)

源光庵 2015秋

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市内でも北にあり山に近いので紅葉も少しは早いかも知れないと思って、鷹峯の源光庵に行ってきました。

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源光庵は、室町時代の貞和2年(1346)大徳寺2世・徹翁義享(てつとうぎこう)国師によって開創されました。(山門を入って左に進み、振り返ったところ。)

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江戸時代の元禄7年(1694)卍山道白(まんざんどうはく)禅師により再興され、臨済宗から曹洞宗に改められました。(2階建ての楼門があります。)

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鐘楼

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楼門から振り返ると

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本堂は、再興の年に金沢の富豪・中田静家が寄進したもので、清人薫愛山師より贈られた「復古禅林」の額が掲げられています。

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本堂の天井は伏見城の遺構で、「血天井」として知られています(写真は撮っていません)。

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本堂の左手にある「開山堂」 江戸時代の享保4年(1719)に建立され、「復古堂」ともよばれます。卍山道白禅師の木像が安置され、その下に遺骨が納められているそうです。

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拝観受付を過ぎると、まず書院に入ります。こちらからは本堂とその北庭が見えます。

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書院の北庭

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本堂、書院の北庭はともに江戸時代初期に作庭された枯山水庭園です。

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北山を借景として、飛び石が築山の石組(亀島)に続いています。

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中央の一番高いところに灯籠があります。

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本堂に入ります。東の窓からは書院の北庭が見えます。

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本陣右手の「悟りの窓」(丸窓)と「迷いの窓」(角窓) 正面から見たところ。

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「迷いの窓」は「人間の生涯」を象徴して、生老病死、愛別離苦、怨憎会苦、求不得苦(ぐふとくく)、五蘊盛苦(ごうんじょうく)の四苦八苦を表しているとされます。

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「悟りの窓」は宇宙を表し、「禅と円通」の心を象徴して悟りの境地を教えているとされます。(見る角度を少し変えると、紅葉が見えます。)

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まず迷いの窓の前で自問自答し、次に悟りの窓の前で自己を見つめ直すと、純粋な本来の自分に戻ることができるそうです。(この角度からは、両方の窓に紅葉が見えます。)

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本堂の西庭

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開山堂から本堂の南庭に出るようになっています。

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楼門の西に小さな池があります。

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2015年11月22日 (日)

赤山禅院 2105秋の黄昏

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※写真は全てクリックで拡大します。

先日の記事で鷺森神社から曼殊院を訪れましたが、その後赤山禅院に向かいました。山沿いの道に沿って修学院離宮の前を通り、音羽川を渡ってしばらく下ったところに、鳥居があります。「赤山大明神」と書かれた扁額は後水尾天皇に賜ったものだそうです。

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赤山禅院(せきざんぜんいん)は、平安時代の仁和4年(888)に、第3世天台座主・円仁の遺命によって創建された、天台宗総本山延暦寺の塔頭のひとつです。山門(TOPの写真)からの参道は曼殊院よりは紅葉が色づいていました。

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慈覚大師 円仁(794年~864年)は、838年に遣唐使船で唐に渡り、苦労の末に天台教学を納めました。その行程を守護した赤山大明神に感謝して、赤山禅院を建立することを誓ったとされます。(参道の突き当りの左手に石段があります。)

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日本に戻った円仁は天台密教の基礎を築きましたが、赤山禅院の建立は果たせませんでした。その遺命により、第4世天台座主・安慧(あんね)が赤山禅院を創建したと伝えられています。(拝殿)

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平安京の東北にあり表鬼門に当たることから、赤山大明神は皇城の鎮守として祀られました。拝殿の屋根の上には、鬼門除けの猿が御幣とかぐら鈴を持ち、皇城を守護しています。かって夜な夜な悪さをしたため、逃げ出さないよう金網の中に入れられているとか。

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以下では、順路に従って境内のお堂を巡ります。寒桜が咲いていました。

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赤山大明神は地蔵菩薩の化身であるとされ、拝殿の横の「地蔵堂」に地蔵菩薩が祀られています。

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「正念誦(しょうねんじゅ)」 この珠数をくぐりながら、心にうかんだ願いについて、参拝の間、思い続けるのだそうです。

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神殿(本堂) 本尊の赤山大明神は、唐の赤山にあった泰山府君を勧請したものです。

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泰山府君は、中国五岳(五名山)の中でも筆頭とされる東岳・泰山(とうがく・たいざん)の神であり、日本では、陰陽道の祖神(おやがみ)になりました。

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左手に「十六羅漢」、「三十三観音」が見えます。

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「十六羅漢」 *記事の最後にある「お願い」を忘れないでね。

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「三十三観音」 向こうは地蔵堂

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この広場の隅に「弁財天」があります。奈良時代から仏として信仰され、七福神の一神としても知られています。赤山の弁財天は「出世弁財天」として信仰されています。

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順路は山の方に向かいます。左が「福禄寿殿」で都七福神の一神「福禄寿神」を祀ります。七福神の御朱印は右の社殿で受け付けています。

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前に七福神像があります。

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左手の山の中に「稲荷社」があります。

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もう一度福禄寿殿の前まで戻り、右手の鳥居をくぐります。

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石段を登ると、

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「金(こん)神社」があります。鬼門、方除の神で、家を護り家に金具を打つことを防ぐ神とか。

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「歓喜天」 山の中は暗くなってしまいました。

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「相生社」 縁結びの神として知られています。

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並んでいる二つの鳥居は夫婦鳥居とよばれ、手をつないで通った二人は結ばれる、とのいい伝えがあるそうです。

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山を下ります。

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「御滝堂」 「駒滝不動尊」を祀ります。

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再起延命地蔵

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「不動堂」 比叡山延暦寺と赤山禅院を結ぶ雲母坂(きららざか)にあった雲母寺(うんもじ)の本堂と本尊・不動明王が移されたものです。不動明王像は、伝教大師・最澄の作と伝えられています。

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雲母寺は、平安時代に千日回峰行の創始者・相応和尚が開いた寺院でしたが、明治に入って廃寺となりました。

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「還念珠(かんねんじゅ)」 お堂を巡った後も最初の願いが大切だと考えるなら、この還念珠をくぐりながら、願いに向けて努力をすることを誓い、仏に力をかしてくれるように祈るのだそうです。

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ところで、先日、千日回峰行で比叡山中を1日30キロを歩く700日の行の後、9日間の断食、断水、不眠、不臥の「堂入り」を終えた行者さんが話題になりました。

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来年には、赤山禅院への往復が加わり60キロの「赤山苦行」、さらに京都市内の巡礼が加わり84キロの「京都大廻り」をそれぞれ100日行います。最後は比叡山山中の30キロの行程を100日で満行となり、7年間かかるそうです。

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赤山禅院では、千日回峰行を満行した大阿闍梨が住職をつとめ、「八千枚大護摩供」「ぜんそく封じ・へちま加持」「珠数供養」をはじめとする数々の加持・祈祷が行われているそうです。

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2015年11月21日 (土)

2015 紅葉 吉田山 栄摂院へ

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

吉田山には紅葉の名所の寺社が沢山あります。
昨日紹介の真如堂が特に有名ですが次に名高い「くろ谷」(金戒光明寺)までにある吉田神社と栄摂院を紹介します。

先ず、京都大学の横から吉田神社です。

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横の社務所は今修復中。

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本宮

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無理な位置からですが、真っ赤な紅葉の一枝。

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楽しみにしていた鳥居の柵の横の紅葉も無理な位置から

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例年、真っ赤に色付く筈ですが、今はこんな具合でした。

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杉の大木と。。。様々な色合いです。

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先に進みます。

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山蔭神社の横の大きな紅葉

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竹中稲荷神社を越えて、真如堂を過ぎ・・・栄摂院へ

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栄摂院

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真っ赤に色付く紅葉の時期は訪れる人も多いです。

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この時期は中の門も開けられています。(志納です)

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紅葉の中にお釈迦様

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この紅葉も色付きはもう一つってところでしょうか。

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お釈迦様を見上げて・・・

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小さな池の中の紅葉の筏

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「くろ谷」に着きました。 「くろ谷」(金戒光明寺)の紅葉は次回に・・・

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2015年11月20日 (金)

2015 紅葉 真如堂 三重塔

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

昨日19日の真如堂(真正極楽寺)の紅葉です。
紅葉情報では、「見ごろ(18日付け京都Navi)」、「盛り過ぎ(19日付け京都新聞)」でしたが・・・今年の紅葉は何というか、、、良く無いというかややこしいです。

お天気がハッキリしない日が続いています。気温も高め。
西の楼門から・・・

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まだ緑も多いですが、落葉も始まっています。

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三重塔と

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可憐な白菊も彩りを添えていました。

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意外に少ない人出に驚きました。雨だった前日の方が多かったそうです。

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この時期だけ開いている茶店です。甘酒でもいかがですか?

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緋毛氈の腰掛と

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本堂の横、かなり落葉していますが、まだ青葉もあります。

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本堂の向こうに三重塔

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本堂の裏はまだ青もみじ。

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鮮やかな紅葉の向こうの三重塔

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池の傍の伝教大師像、愛宕念仏寺の伝教大師像と同じに見えましたので、西村公朝氏作だと思います。

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三重塔を東の方から、色とりどりのもみじ。

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綺麗ですね・・・♪

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京都の紅葉はまだまだつづきますよ。

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2015年11月19日 (木)

曼殊院 2015秋

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

鷺森神社の森を抜けると曼殊院道に出ます。しばらく歩くと道の両側に田畑が増えてきて、

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曼殊院の参道入口に来ました。右は武田薬品工業の薬草研究所。

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盛りの頃は紅葉のトンネルになるところです。突き当りが江戸時代(1656年頃)に建立された「勅使門」で薬医門となっています。

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薬医門のいわれは、矢の攻撃を食い止める「矢食い(やぐい)」、あるいは、四六時中患者が出入りできる木戸をつけた「医者の門」とか。屋根が4本の柱の前側に偏っているのが特徴だそうです。

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延暦年間(728~806)宗祖伝教大師最澄により、鎮護国家の道場として比叡の地に創建されたのが曼殊院のはじまりです。(拝観入口がある北通用門)

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その後、天暦年間(947~957)の是算国師のときに比叡山西塔北渓に移り、「東尾坊」と号しました。(「庫裡」から入り、勅使門の正面にある「大玄関」を通ります。その間にある庭。)

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また、この国師が菅原家の出生であったことから、北野天満宮が造営されると初代別当職(管理職)に補され、以後明治維新まで北野別当職を兼務することになります。

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曼殊院では是算国師を曼殊院初代(住持)としているそうです。(回廊が大玄関から大書院まで続き、右は梅林です。)

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天仁年間(1108~10)に8代忠尋大僧正が寺号を「曼殊院」と改め、北山に別院を建立しました。(護摩堂 手前に「宸殿再建予定地」と書いてあります。拝観受付の前にその完成図がありました。)

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そして明暦2年(1656)に29代良尚親王が入寺し、現在の地に堂宇を造営したのが現在の曼殊院です。(大書院に入りましが、部屋の内部は撮影できません。以下では外の写真だけになります。こちらは梅林。)

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大書院の前(南)庭 遠州好みの枯山水庭園が広がり、水の流れをあらわした砂の中に鶴島と亀島を配しています。写真は鶴島で、樹齢400年の五葉松が鶴を表現しています。

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大書院は江戸時代(1656年)に良尚親王により建立されました。この部屋は仏間で、厨子中央に鎌倉時代作の本尊・「阿弥陀如来立像」が安置されています。

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前庭は、中興の祖の良尚親王が遠州好みに作庭させたので、禅庭と王朝風庭園が融合しているといわれています。(外縁を歩いて小書院に向かいます。)

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五葉松の根元には曼殊院型のキリシタン灯篭があります。公家風で趣味豊かな良尚親王の趣向を反映しているとか。

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向こうが小書院前庭にある「亀島」。

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向こうが「小書院」 静かに水面をさかのぼる屋形舟を表現しているそうです。

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庭の奥には霧島つつじが植えられており、5月のはじめ頃に深紅の花を咲かせるそうです。

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大書院と小書院とは雁行型に建てられていて、東と南に折矩(おりかね)の外縁が廻ります。

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ここまでは書院をつなぐ外縁。

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後ろを見ると、大書院と小書院の間の坪庭があります。

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奥の築山には2つの石による「橋石組」が組まれ、砂紋を引いた白砂の大河が苔地の間を流れ下り、大海に注いでいます。

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小書院の「富士の間」の「釘隠し」 富士山と雲、霞をあしらった七宝焼で、梁の木目も雲にたとえているとか。

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小書院の「黄昏の間」は良尚法親王の居間だったそうです。外を見ると、屋形船の船べりに似せて板欄干が張り巡らされています。

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築山にはもう一つの橋石組があり、その奥の立石(橋添石)は滝を表しているそうです。

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小書院の東の外縁に来ました。

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小書院の「黄昏の間」の北には茶室「八窓軒(はっそうけん」(重要文化財)があります。

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大書院の方を見ると

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2015年11月18日 (水)

鷺森神社 2015秋

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

鷺森神社に行ってきました。市内でも北の山沿いにあるので、一足早い紅葉が見られると思っていたのですが、やはり見頃はまだでした。

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「鷺森神社」(さぎのもりじんじゃ) 平安時代の貞観年間(859-77)の創建と伝えられ、最初は比叡山麓の赤山明神の付近に祀られていました。ところが、応仁の乱(1457-77)の兵火で罹災し、今の修学院離宮の山林中に移されました。

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江戸時代の元禄年間(1688-1704)に後水尾上皇によって離宮が造営され、それにともなって社地を賜り現在地に移されました(1689年)。

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以来、修学院・山端地区の産土神として現在に至っています。ちなみに、「鷺森」という地名は、このあたりに(神の使いとされる)鷺が群れていたことが由来だそうです。

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後水尾上皇や霊元法皇は、修学院を訪れる際には当社にも参拝したそうです。享保14年(1729)に霊元法皇が詠んだ「をりゐるを みし鷺の森 すきかてに わけきてけふは むかふ神垣」の歌碑があります。

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「八雲殿」

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境内に入ると、ご神木の杉の大木が目に入ります。

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「手水舎」 江戸時代(1775年)に造られたそうです。

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お札・御朱印の授与所

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舞殿から

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本殿は石段の上にあります。

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「拝殿」 本殿と拝殿も江戸時代(1775年)の建立です。

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「本殿」 祭神として素盞嗚尊(すさのおのみこと)を祀っています。

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いろんな干支の絵馬がありました。

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祭具庫(神輿庫) 5月5日の神幸祭は、管笠・紅襷姿の男児が「さんやれ さんやれ」と声を掛けて神輿を先導して御旅所を回り、「さんやれ祭」ともいわれています。

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左は縁結びのご利益があるという「八重垣」 この名の由来は、祭神の素盞嗚命が詠んだ歌「八雲立つ 出雲八重垣 妻籠に 八重垣つくる その八重垣を」にちなんでいるそうです。「八雲殿」も同様です。

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先日紹介した石見神楽では、素戔嗚尊が大蛇を退治して櫛稲田姫を救うところまででした。その後、須賀神社と八重垣神社がある場所に新居を建て、その際に詠んだのが上の歌とされます。

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「御幸橋」(みゆきばし) 元は修学院離宮の正面入り口に架かっていたもので、昭和42年(1967)の本殿改築の際に請願して賜ったそうです。

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鷺森神社は修学院離宮に対して、特別な関係にあるようです。

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この小道を通って森を抜けると「曼殊院道」に出ます。

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