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2015年11月 7日 (土)

広隆寺 秋深まる境内

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

秋晴れの日、広隆寺に行ってきました。上の楼門は江戸時代(1702年)の建立。仁王像は室町時代の作。

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広隆寺は京都最古の寺で、飛鳥時代(603年)に渡来人氏族の秦河勝が聖徳太子から賜った弥勒菩薩像を本尊として蜂岡(はちおか)寺を建立したのが始まりとされます。そして、622年には、堂塔、伽藍が完成しました。

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一方で、同年(622年)に聖徳太子が亡くなり、その供養のために創建されたという記録もあります。この違いについて、20年近くかけて聖徳太子を供養する寺が完成した、あるいは、二つの寺が後に一つになったと解釈されています。境内はすっかり秋らしくなっていました。

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「講堂(赤堂)」(重要文化財) 永万元年(1165)に再建され、後に改造、修理されていますが京都市内に残る数少ない平安建築の一つです。本尊の阿弥陀如来坐像(国宝)、右に地蔵菩薩坐像(重要文化財)、左に虚空蔵菩薩坐像(重要文化財)を安置しています。

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平安時代(1165年)に再興された鐘楼、在銘鐘は西本願寺に移されたとされ、現在の鉄鐘(重要文化財)は、鎌倉時代(1217年)に秦末時の寄進とされます。  

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「薬師堂」  安置されている木造薬師如来立像(平安時代前期)は、通常の薬師如来像と異なり、女神の吉祥天像のような姿の吉祥薬師像だそうです。

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能楽堂

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「地蔵堂」 平安時代後期の作で「腹帯地蔵」と呼ばれている木造地蔵菩薩坐像を安置していまする。

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講堂を横から 

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「上宮王院太子殿」 享保15年(1730年)に建立され、広隆寺の本堂に当たります。本尊として聖徳太子立像を祀ります。太子が秦河勝に仏像を賜った時の33歳の像で、下着姿の像に実物の着物を着せています。

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「井戸舎」 手水舎ですが、井戸水を汲んでいるそうです。

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「太秦殿(河勝殿)」 1843年に建立され、秦河勝夫婦を祀っています。

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本堂の聖徳太子立像の衣は、重要儀式の際に天皇が着用する黄櫨染御袍(こうろぜんのごほう)です。広隆寺では、平安時代から現代まで歴代の天皇から下賜された袍を着せるなわわしが続いているそうです。本像は秘仏で、11月22日のみ開扉されるとのことです。

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本堂の西にある「書院」と「庫裡」、その向こう(左)には「桂宮院」があります。桂宮院は建長3年(1251)頃の建立とされ、本堂(国宝)は法隆寺夢殿と同じ八角円堂です。

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桂宮院の本尊は聖徳太子半跏像(鎌倉時代、重要文化財)で、現在は霊宝殿に移されています。桂宮院の建物は通常非公開です。

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本堂横の道をさらに北に行きます。

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庫裡の入り口 右は霊宝殿の拝観受付

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「左桂宮院」と書いてあります。桂宮院は、4、5、10、11月の日曜・祝日のみ公開されるそうです。

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「弁天社」 かっての弁天池は、現在の境内から北の「大酒神社」まで広がり、東西40m、南北30mで中島は直径12m、水面から1.5mの高さがありました。

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この池が宅地造成のために埋め立てられることになり、昭和52年(1977)から行われた発掘調査で、中島から平安時代後期の経塚群「弁天島経塚」が出土しました。

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本堂横

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正面は「旧霊宝殿」  1922年の聖徳太子1,300年忌に建設され、現在は非公開となっています。

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右手の道を行くと「新霊宝殿」があります。仏像を中心とした広隆寺の文化財を収蔵展示する施設で、1982年の建設。国宝の弥勒菩薩像2体、十二神将像などが安置されています。

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久しぶりにここの仏像に会えて満足しました。内部は撮影禁止ですが、正面の庭(本堂の北庭)は黄色に色づいていました。

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この池も、かっての弁天池の名残だと思われます。

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広隆寺では「境内すべて お堂に向いての正面撮影が禁止」となっています。問い合わせたところ、お堂の前で仏さまにカメラを向けることを控えて欲しい、遠くから建物だけを撮るならよいとのことでした。

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ところで、広隆寺の建立にかかわった秦河勝は聖徳太子の側近として高い地位に昇りつめました。また、秦一族は大陸の先進技術を日本に伝え、この地(太秦)で産業・文化を発展させました。

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後の平安遷都では、秦氏が築いた一大勢力と経済力が大きな役割を果たしたといわれています。

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明日は、もう一つの秦氏ゆかり場所を訪ねます。

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2015 紅葉 1」カテゴリの記事

コメント

秋晴れ、いい空だよね。
黄葉、紅葉。いい季節だね。

投稿: munixyu | 2015年11月 7日 (土) 12:44

もう二十年ほど前になるのでしょうか・・
弥勒様の姿に感動したのは・・
広隆寺の写真を見てまた行きたくなりました
弥勒様に会いに・・・( ^ω^ )

投稿: たくろう | 2015年11月 7日 (土) 20:01

★たくろうさん こんにちは♪
霊宝殿で見た弥勒菩薩は、相変わらずの美しさでしたが、前よりもずっと優しく、慈悲深い気がしました。見る側の心の変化でしょうが、今度お会いになるのが楽しみですね。

投稿: りせ | 2015年11月 8日 (日) 14:41

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