櫟谷宗像神社と大堰川夕景
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昨日の記事の嵐山モンキーパークから戻って、櫟谷宗像神社(いちたにむなかたじんじゃ)に立ち寄りました。
櫟谷社と宗像社の2社が一つの社殿に祀られていて、現在は両社とも松尾大社の摂社です。祭神は、櫟谷神社が奥津島姫命 (おきつしまひめのみこと)、宗像神社が市杵島姫命 (いちきしまひめのみこと)です。
両社の創建は古く(奈良時代初期)、いずれも水神を祀り、桂川(保津川)がゆるやかな流れ(大堰川)に変わる場所を鎮座地とする地主神であったとみられています。
「櫟谷」とは、西側の小谷のかっての呼び名でした。鎌倉時代後期の「夫木和歌抄」には、「大井川しぐるる秋の櫟谷 山や嵐の色をかすらむ」(藤原為家)
平安時代には、葛野に鋳銭所(今の造幣局)があり、新しい鋳銭は必ずこの神社に奉納したといわれ、福徳財宝の神として人々に尊崇されてきました。
平安時代(927年)の「延喜式」神名帳には、山城国葛野郡の「櫟谷神社」と記載され、櫟谷社が式内社であったことが分かります。(手水鉢は、江戸時代の1643年に角倉了以の孫・吉田厳昭が寄進したものです。)
その後の記録(平安時代)によると、櫟谷社、宗像社ともに松尾大社の末社であったことが分かっています。櫟谷社は松尾三神のひとつ、両社とも松尾七社に含まれていました。
明治維新後に両社は松尾大社の摂社と定められ、松尾大社の神幸祭、還幸祭には二社として御旅所に滞在するそうです。(境内を出るときには既に日が暮れていました。)
上で末社と摂社がでてきましたが、摂社はその神社の祭神と縁故の深い神を祀り、末社はそれ以外のものと区別され、神社内の格式は摂社の方が上だそうです。
こちら岸にも屋形船があります。
渡月橋から下流(桂川) 比叡山から大文字山までが見えています。
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コメント
だいぶ寒くなってきてるんですね。
水の色、寂しい船。うん、晩秋だね。
投稿: munixyu | 2015年10月27日 (火) 12:52
冬の装いに少しずつ変わっていってる感じですね~
ちょっとひんやりした風が吹いていそう。。
櫟谷社と宗像社両方の祭神が宗像三女神ですから、水運の神として場所的にもあっているってことでしょうね。この辺りを訪れたときは人が多すぎて、気が付かなかったなぁ。。。もう少し寒くなると人も少なくなるのでしょうか。。。紅葉の時期の週末はそれでも混雑しそう~~
投稿: ばるさろ | 2015年10月27日 (火) 20:53
★ばるさろさん 今晩は♪
対岸の渡月橋のたもとにある「大井神社」の祭神は「宇賀霊神」で、かって松尾大社の末社であったとされています(実際は不明だそうです)。この神社の祭神を合わせて宗像三女神となるという説もあるそうです。
投稿: りせ | 2015年10月27日 (火) 22:51
★munixyuさん 今晩は♪
コメンナサイ。モンキーパークの記事の最初に書いたつもりですが、写真は今年の春のものです。ちょっと寒そうな写真で(写っている人の服装も)、いままで記事にするのをためらってきました。京都も「木枯らし一号」が吹いて、いよいよ晩秋から冬に向かっています。
投稿: りせ | 2015年10月27日 (火) 23:01
こんな場所があったんですね 知りませんでした
しっとりとした雰囲気の神社ですね(゚ー゚)
で・・・
川の写真 すごく癒されました
少し薄暗い夕暮れ そして静かな川の流れ
ただじっと1時間ぐらいボケーと眺めていました。
実際この場に居てる気分で どこかに腰をかけて
何も考えず 川を眺めている気分になりました
いや~ 良かったです~( ̄▽ ̄)
投稿: たくろう | 2015年10月27日 (火) 23:53
★たくろうさん 今晩は♪
大堰川の右岸はボート乗り場がありますが、いつも人は少ないです。夕方川の写真を撮るときは、左岸では逆光になってあまりうまく撮れません。茶店もありますので、一度はゆっくりしたいところですね。
投稿: りせ | 2015年10月30日 (金) 00:11