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2015年9月 9日 (水)

水路閣と亀山天皇

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

昨日の記事で紹介した南禅院を出て、その近くにある亀山天皇ゆかりの場所を見に行きました。

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勅使門の右手にある石段は、水路閣に流れる直前の琵琶湖疏水(分線)を通り、南禅院の裏山(借景の山)に続いています。

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途中にある「粟田山陵」の石碑 ここには後嵯峨天皇の皇后・西園寺?子(きつし)の御陵があります。?子はどのような人物で何故ここに葬られているのでしょうか。

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仁治3年(1242)に後嵯峨天皇が即位すると、?子は18歳でその女御から中宮になりました。そして、後嵯峨天皇(後に上皇さらに法皇)とは6人の子女をもうけました。(途中にある南禅院の鐘楼、狭い場所にあって全体を撮ることはできません。)

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文永9年(1272)に後嵯峨法皇が亡くなると、?子は出家しました。法皇の遺詔(遺言)によって遺産は彼女や子女らに分配されましたが、鳥羽離宮や六勝寺は次の「治天の君」に与えるとだけ書いてありました。

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「治天の君」とは、院政において実権を握って政治に当たる上皇を意味し、天皇を含めて最上位のポストでした。判断に困った鎌倉幕府は?子に後嵯峨法皇の真意をたずね、亀山上皇に次の治天の君を要請しました。

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亀山上皇は当時の後宇多天皇の父親であったので、治天の君として院政を行うのが妥当であるという回答でした。ところが、治天の君が皇位継承の決定権も持っていたので、結果的に亀山上皇の子孫が皇位を継承することが予想されました。

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これに対して、亀山上皇の兄の後深草上皇が反発して、鎌倉幕府に自分の子への皇位継承を要望します。実は、この対立した亀山上皇と後深草上皇はともに?子の実子なのです。(南禅院の池を巡る道の途中に粟田山陵に上る石段があります。)

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困惑した幕府は後深草上皇の子・熈仁親王(後の伏見天皇)を皇太子に立て、天皇の両統迭立(二つの家系が交互に皇位につくこと)の契機となりました。(粟田山陵からは南禅院の方丈や庭園が見えます。)

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皇位継承では混乱を招いた?子でしたが、有力貴族の出身で二人の天皇の母でもあるので内外の崇敬を得ました。正応5年(1292)に68歳で亡くなり、この地に葬られました。時に南禅院は、2世南院国師によって伽藍が建立、整備されている途中でした。(山陵のあたりから、琵琶湖疏水分線が見えます。)

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もう一度、石段の上まで降りてきました。疏水沿いの散策路は蹴上の発電所の取水池を通りインクラインの上の公園まで続いています。

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今では名所となっている水路閣ですが、琵琶湖疏水の当所の計画では山の中をトンネルで水路を通す予定でした。(こちらは水路閣の上です。)

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そのトンネル工事は難工事ではなく、計画は順調に進んでいました。ところが、着工直前にトンネルの上に亀山天皇の分骨所がある事が判明して、宮内庁からストップがかかかりました。そこで、急遽浮上したのが谷に橋をかけて水路を通す現在の水路閣の案です。

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今ではレトロな姿ですが、当時は最新の洋風建造物で周囲と調和しているとはいえないものでした。南禅寺をはじめ住民からも反対運動がおこり、福沢諭吉も激しい言葉で計画を批判したそうです。結局は、宮内庁や近代化の御旗には勝てず水路閣は完成しました。

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建設から120年以上たった現在では、このあたりの景観になくてはならない存在になっています。それも、近代化遺産の廃墟ではなく、疏水分線の北部に水を流し続ける現役の施設だからともいえます。

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ところが、平成20年(2008)7月にその橋台で長さ4メートルの亀裂が見つかり、京都市上下水道局はレンガなどが剥がれ落ちる危険があるとして防護工事を行いました。南禅院への階段の西側で、その部分は立ち入りができないようになっています。

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調査したところ、倒壊の危険はなく大規模な改修の必要もないとのことでした。現在は定期的にひび割れの状態を監視しているそうです。このことは逆に、当時の設計・施工の優秀さを裏付けているともいえます。

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亀山天皇の遺言によって南禅院に分骨所が造られ、それを避けるために建設された水路閣です。亀山天皇は、後世にこのような景色になるとは想像もできなかったことでしょう。

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コメント

水路閣、上に水が走る。
水文化と京都。亀山天皇の骨?がもたらした
奇跡?ですよね。

投稿: munixyu | 2015年9月 9日 (水) 12:33

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