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2015年8月 5日 (水)

浄住寺 洛西の古刹の歴史

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

ずいぶん前のことですが、松尾大社から山裾の道に沿って、いくつかの寺社を訪れました。その最後の目的地が浄住寺です。地蔵院を出るとまもなく道標があります。

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浄住寺(じょうじゅうじ)は、黄檗宗の寺院で、山号は葉室山、本尊は如意輪観音、京都洛西観音霊場第三十番札所です。(道路から奥まった木立の中に山門があります。)

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平安時代の弘仁年間(810-824)に、嵯峨天皇の勅願により円仁(慈覚大師)が開創したとされ、当初は常住寺と称したそうです。(境内には楓が多く、紅葉の頃は見事です。)

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円仁は、浄住寺を建立した後も遣唐使として唐に渡り、その後比叡山で横川中堂を建立して、第3世・天台座主に就き(854)、東塔に天台密教の根本道場・総持院を建立しました。

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その後、浄住寺は荒廃して葉室家の別荘となます。葉室家は、平安時代後期に権中納言・藤原顕隆(1072-1129)によって創始された公家です。顕隆は白河法皇の近臣で、葉室中納言、「夜の関白」とも称された人物です。(本堂)

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鎌倉時代の弘長年間(1261-1263)には、中納言・葉室定嗣が出家して、西大寺の真言律宗の僧・叡尊(えいそん)を請じて浄住寺を中興しました。(本尊の如意輪観音像は後述の鉄牛が持ち帰った天竺仏とされています。)

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文永9年(1272)の定嗣没後は、葉室家の菩提寺として盛え、一時は多くの堂宇が建ち並んだといいます。永仁6年(1298)には将軍家の祈願所になり、この時期塔頭が49院もあったそうです。

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正慶2年(1333)に千種忠顕が六波羅探題を攻めた際に焼失して、その後荒廃しました。さらに室町時代、明応2年(1493)に細川政元によって将軍の側近だった葉室教光が処刑され、その別荘の浄住寺も破却されてしまいます。

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江戸時代に入り、元禄2年(1689)に葉室孝重が禅師・鉄牛道機を招いて黄檗宗の寺として再興しました。鉄牛(1628-1700)は大坂・大仙寺、妙心寺、長崎・崇福寺などで修業し、各地で黄檗寺院を建立するとともに、萬福寺の創建にも尽力した人物です。

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また、伊達綱村、島津綱貴、池田綱清、稲葉正通、福島正則らの大名の寄進により寺地を購入して堂宇を建立したともいわれます。当時の本堂、開山堂が現存しています。(開山堂と寿塔は本堂の裏にあります。)

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安永4年(1775)には方丈と庫裏を焼失しますが、その後再建されました。(庫裏には「葉室山」の扁額が掲げられています。)

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昭和53年(1978)には、廃れていた洛西三十三所観音霊場めぐりが再興されました。本堂左にある御堂に聖観世音が祀られており、その第30番札所となっています。

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横から見るとかなり傷んでいます。

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ところで、数年前に浄住寺で発見された古文書について、山形大学による面白い研究発表がありました。(御堂の前には石仏が置かれていました。)

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それは、室町時代の将軍・足利義尚、義澄、義輝と関白・豊臣秀吉が、それぞれ浄住寺の住持に出した「寺領安堵状(保証状)」です。「西方丈再建予定地」

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それらの日付から、寺領安堵状は支配者の交代ではなく、住持の交代にともなって発行されたことが明らかになりました。言い換えれば、将軍が変わっても(住持が変わらない限り)寺領は保証されたということです。

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また、秀吉が足利将軍の寺領安堵制を踏襲したことも分かったのです。(平成22年に開山鉄牛道機の三百九回忌の石碑が境内参道脇に建立されました。)

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さらに、新たに浄住寺の3人の住持の名前や、伝わっている境内絵図が安堵状を請求するために幕府に提出したものであることも分かりました。(看板には、「観賞用の亀甲竹の筍なので採らないでください、全く美味しくありません」と書いてあります。)

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今度は紅葉の頃に訪れたいものです。

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コメント

かなり古い感じですよね。
石の雰囲気が、違うよね。

投稿: munixyu | 2015年8月 5日 (水) 15:46

こちらは掲載して頂かなくて結構です。
浄住寺の限定公開があります。
ご興味があれば、是非!

https://www.facebook.com/events/1126312704049773/

投稿: amadeus | 2015年8月18日 (火) 16:52

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