哲学の道の夏 八神社から銀閣寺へ
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昨日の記事にある浄土院を出て、銀閣寺から北に行く道の突き当たりに「八神社」があります(TOPの写真)。下は2番目の鳥居。
八神社は、銀閣寺やかっての浄土寺の鎮守社で、このあたり一帯の産土神(うぶすながみ)として人々の信仰を集めてきました。(石段の上は、末社の「稲荷社」)
創建は平安時代の大同年間(806-810)あるいは延喜年間(901-923)と伝えられていますが、駒札によると所伝が焼亡して明らかではないとのことです。(石段を登ると左手に舞殿があります。このとき、雨が降って来ました。)
祭神として、高御産日神( たかみむすびのかみ)、神産日神(かみむすびのかみ)、生産日神(いくむすびのかみ)、足産日神(たるむすびのかみ)、玉積産日神(たまつめむすびのかみ)、大宮売神(おおみやのめのかみ)、御食津神(みけつかみ)、事代主神(ことしろぬしのかみ)の八神を祀っています。
高御産日神を祭神としている神社は全国でも珍しいそうです。これらの神は、天皇の守護神として宮中の神殿に祀る八神と同じものです。創建時に朝廷と関係があった神社なのかも知れません。(顔はいかつい狛犬ですが、足元がカワイイ。)
駒札によると「本社の大神様は、万物を生み育て繁栄させると共に、人の心を清め、正しく導き、お守り下さる神様で、旧浄土寺村の総氏神として崇敬されている」とのことです。八神の名前を見ていると何となく想像できます。
ところで、前述の「鎮守」とは、土地に鎮まりその土地や土地の者を守る神のことで、「産土神」はその者が産まれた土地の神で、その者を一生守護するとされているそうです。
こちらは相殿 十禅師大明神を祀っています。
祭礼として、春季例祭:4月24日、大祓式:6月30日、扇子感謝祭:8月8日、秋季例祭:10月24日あるいはその直前の日曜日、火焚祭:11月23日が行われています。
銀閣寺は、正式名称を東山慈照寺といい、相国寺の塔頭寺院の一つです。江戸時代に金閣寺に対して、銀閣寺と呼ばれるようになったそうです。(総門)
相国寺および金閣寺は、ほぼ同じ時期に室町幕府三代将軍・足利義満によって創建されました。(銀閣寺垣、、雨はほとんど止みました。)
一方、銀閣寺はずっと後に八代将軍・足利義政により創建され、本山である相国寺の塔頭寺院として今に至っています。 
義政は、以前から東山界わいで山荘建設の土地を探しており、1482年になって応仁・文明の乱(1467-1477)で焼失した浄土寺の後地に山荘の造営を始めました。(受付がある中門)
義政は、造営の資金を調達するため、大名、寺社、農民に税を課し、債権の紛争当事者の双方から一定の手数料を聴取したりしました。(寺務所)
また、強引に山城国内の荘園領主から費用や人夫を供出させ、1485年には山城国一揆が起きたほどです。(庫裏)
さらに、庭園や建物の造営のために、大乗院、長谷寺、東寺、等持院などから資材、庭石、庭木などを持ち出したといわれています。義政の山荘造営の熱意は異常なまでだったようです。
銀閣の横にある「八幡神」 駒札には「銀閣寺の鎮守さまで…土地の守り神」と書いてあります。でも、先ほど見てきたように、このあたりの鎮守は歴史的にみて八神社ではないでしょうか。
また、八幡神は武運の神として清和源氏の信仰が厚かったといわれています。結局、この八幡神は、源氏の嫡流を称する足利氏の氏神を祀ったものではないかと思われます。
義政は、自分の死後に別荘・東山殿を寺院に改めよと遺言を残しました。その寺は義政の院号にちなんで慈照院と名づけられ、後に慈照寺に改められました。(観音殿あるいは銀閣)
これから、夏の庭園を巡ります。
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コメント
銀閣寺は静けさですよね。
来月は、お月見。銀閣寺は、これから賑わいそうですね。
投稿: munixyu | 2015年8月19日 (水) 13:43
産土神。。。うぶすながみ と言うんですか~~。ずっとうぶど って読んでましたw
他の土地でも残ってると思いますが、京都も産土神が元になっている神社をちらほら見かけるような気がします。。。送り火の日に京都に行ってましたが
3箇所ほど産土神を祀っていたような。。。
この日は送り火の次の日ですか?16日も突然強い雨に打たれましたが、この日もそうだったのですねぇ
銀閣の縁側にいたら吹き込む雨に濡れてしまいそう~
投稿: ばるさろ | 2015年8月19日 (水) 21:31
≪…八神社…≫から、数の言葉ヒフミヨからの自然(じねん)数の眺めを、大和言葉の【ひ・ふ・み・よ・い・む・な・や・こ・と】の平面・2次元からの送り返しモノと十進法の基における桁表示の西洋数学の成果の符号からの送り返しモノとで『HHNI眺望』すると[八]の始原([シンタックス]と[セマンティックス])、に想う・・・
十牛図の人牛倶忘(にんぎゅうぐぼう)(〇)
サイクロイド](最速降下曲線)の円(半径1・直径2)と直線のダンスが、[円が1回転したときの定点の軌跡] 1回転 ⇔ 8(曲線長)
シンタックス ⇔ セマンテックス
(√2)³=√8 √2の立方体
[ヒ] [ヤ]
『ヒフミヨのヒンメリの歌灯に』の垂直軸の『幻の勾股弦』
斜辺 垂直軸 水平軸 直角三角形の面積
√3 √2 1
(√3)² = (√2)²+ 1² 1/√2
3 = 2 + 1
3 √8 1
3² = (√8)² + 1² √2
9 = 8 + 1
立方体の頂点で吊るされる時の『幻の直角三角形』の積は、
(1/√2)(√2)= 1
この風景は、『ヒフミヨの啖呵売』
『ヒフミヨヒンメリの歌』
もろともにあわれと思へヒフミヨは根より他に知る人もなし (√)から観る自然(じねん)数
『数とは、一から習い十を知り十より戻るその一』
久方の光のどけきながしかく静心なく▢なる
絵本『もろはのつるぎ』
(有田川町町立図書館・電子図書館)
『自然数製造機』
数の緒よ絶えなば絶えねながらえば数えることのよわりもぞする
円周率の風景
投稿: 令和ヒフミヨ哲学 | 2026年6月 6日 (土) 08:15