« 狸谷山不動院 火渡り祭 2015 | トップページ | 金戒光明寺 山門から文殊塔へ »

2015年7月31日 (金)

祇園祭 山鉾復興の動き

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

Jmt_5845a
※写真は全てクリックで拡大します。

昨年から後祭の山鉾巡行が復活して、大船鉾が巡行に復帰しました。今日は、大船鉾の復興の歩みを簡単に振り返り、残る二つの「休み山」の現状を紹介します。(上の写真は今年の大船鉾、下は今年の宵山)

Jmt_4479a

京都は何度も大火に見舞われ、山鉾も含めて重要な文化財が焼失してきました。とくに、幕末の元冶元年(1864)の禁門の変では多くの山鉾が被害を受けました。その中で、「大船鉾」、「鷹山」、「布袋山」の3基が、財政的・人員的な理由などそれぞれの鉾町の事情により復興できていませんでした。(今年の山鉾巡行・前祭)

Amq_2622a

大船鉾については、「休み鉾」として神事のみを行い、装飾品を四条町で飾る「居祭り」を140年以上にわたって続けてきました。その後、何度も復興の動きがあるも実現せず、居祭りも中止されるという事態になりました。(今年の山鉾巡行・後祭)

Jmt_5482a

それに反発した若手らが四条町大船鉾囃子方を結成し、平成9年(1997)の宵山では130 年振りに大船鉾囃子が復活しました。平成19年(2007)に装飾品が京都市指定有形民俗文化財に指定されたことを契機に「飾り席」が復活して、宵山で装飾品が展示されるようになりました。(その頃展示されたご神体、金幣、懸装品など)

Img_9986a

平成20年(2008)には「大船鉾祭事振興協議会」が発足し、大船鉾の祭事を継続するためには鉾の復興が必要との方針を決め、平成22年(2010)には公益財団法人四条町大船鉾保存会がスタートしました。

Amh_4477b

平成21 年(2009)に「祇園祭の山鉾行事」がユネスコの無形文化遺産に登録され、その中に大船鉾の「居祭り」も含まれたことから、鉾復興の機運が高まりました。京都青年会議所の創立60周年記念事業からの支援、「船鉾保存会」の協力などもあり、櫓本体(船形木組み部分)が復元しました。(下は2012年にヨドバシカメラ北に展示されたもの)

Jmk_9715a

さらに、菊水鉾保存会から足回り部分(石持、車輪、車軸)、黒主山保存会から欄縁(黒漆塗り部分)、三若御輿会から音頭取り力綱の寄贈がありました。2012年には大船鉾の神面(神功皇后のご神体が身につける面)が「唐櫃巡行」として参加しました。

Jmk_9299c

一般からの寄付をはじめとして、京都ライオンズクラブや京都府などの補助金、西陣織工業組合の協力などもあり大船鉾の本体も復興し、昨年(2014)から山鉾巡行に復帰したのです。(下は今年の大船鉾)

Jmt_5813a

残された「休み山」の一つは「布袋山」です。天明8年(1788)の大火では京都の80%が被災し、布袋山の曳き山は布袋尊と2童子を残して焼失してしまいました。(今年の宵山、布袋山の居祭り)

Jmt_4557a

布袋山の復興を願う人々は「布袋山保存会」をつくり、平成16年(2004)から神事と居祭りを蛸薬師通室町西入姥柳町で行ってきました。ご神体以外は焼失して資料もほとんどない中で困難な活動が進められてきました。(居祭りでは、御朱印の授与や粽の販売もあり、かなりにぎわっていました)

Jmt_4558a

平成18年(2006)には、川島織物に保存されていた布袋山の見送り(タペストリーで懸装品のひとつ)が発見され、その協力により一部補修されたものが公開・展示されました。(手前の花は池坊短期大学生有志による展示)

Jmt_4559a

平成24年(2012)には、布袋山保存会の活動に共感する大工・職人の有志によって山の制作が始まり、みやこめっせにおいて制作途中の布袋山の原物が展示されました。

Jmt_4560a

かっての布袋山は全国に影響を及ぼし、滋賀大津祭や宮城村田布袋祭ではその伝統が今に伝えられています。それらの懸装品、飾り具、被り物などの衣装、歴史資料などを参考にして、布袋山の復興をはかろうとしているそうです。(両脇に童子を従えたご神体の布袋尊像)

Jmt_4561b

もうひとつの休み山が「鷹山」です。鷹山は仁和2年(886)の芹川御幸の鷹狩りの風流(ふりゅう)を表していました。豪華な屋根を持つ大きな曳山でしたが、大雨で山が壊れてしまい文政9年(1826)を最後に巡行に参加しなくなりました。

Jmo_6347a

鷹山は、禁門の変による大火で懸装品などを焼いてしまいましたが、残ったご神体三体などを飾る居祭りを続けてきました。(写真は昨年の居祭り、三条通室町西入衣棚町)

Jmo_6353a

大船鉾の復興に刺激を受けた衣棚町の人々は、昨年(2014)に囃子方を復興し、今年(2015)5月には「鷹山保存会」が設立されました。今まではご神体を飾るだけの居祭りでしたが、今年初めて粽などの授与を行ったそうです。

Jmo_6352a

ご神体は、伊勢物語の主人公の一人で美男子な鷹狩りの名手・在原行平(鷹匠)様、背中に樽を背負い手に粽を持つ食料係の樽負(たるおい)様、ダルメシアンのような犬を連れた犬飼様です。

Jmo_6350a

鷹山は、最後の巡行から200年後の2026年に山鉾巡行に参加することを目標にしているそうです。7月24日に毎日放送で復興の取り組みが放映されました。

Jmo_6351a

山鉾は現在33基巡行していますが、山鉾連合会の理事の席は35あって、休み山の2席は空いたまま残されているそうです。(今年の還幸祭の三条通室町)

Jmt_6371a

最後に、ブログランキングの応援のクリック↓をお願いします(励みにしていますのでよろしく)。

  ★こちらを是非よろしく→   ブログ村→にほんブログ村 写真ブログ 風景写真へ
-------------------------------------------------------------------

Jmo_6349a

|

« 狸谷山不動院 火渡り祭 2015 | トップページ | 金戒光明寺 山門から文殊塔へ »

コメント

お暑うございます。
今日の記事、とても興味深く読ませていただきました。
山鉾それぞれに歴史がある、当たり前のことですが、そのことに改めて尊敬の念を覚えます。
ありがとうございます。
どうぞご自愛くださいますように。

投稿: もっちゃん | 2015年7月31日 (金) 08:01

休み山。文化を守るって大変なんですね。
休み山復興、応援しています。

投稿: munixyu | 2015年7月31日 (金) 12:39

歴史と新しい勢いの融合ですね~
アニメやゆるキャラとのタイアップとか
祭りを盛り上げようと、各地でいろいろやってるようですが、祇園祭は超正統派という感じですね!
140年もやってなかったということは、生きて見た人がすでに居ないなかでの復活ってことですか。。。重みが違いすぎるぅ~
布袋山、鷹山の復活も是非生きているうちに見たいですね!そして。。。新たな山鉾が追加されるなんてこともあるかなぁ

投稿: ばるさろ | 2015年7月31日 (金) 21:48

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 狸谷山不動院 火渡り祭 2015 | トップページ | 金戒光明寺 山門から文殊塔へ »