宇治 興聖寺 2 堂宇
←目次 2006年1月27日から毎日更新しています。
今日は興聖寺の本堂、開山堂、天竺殿、僧堂、などの堂宇を廻ります。それぞれは回廊で結ばれています。
興聖寺(こうしょうじ) 曹洞宗 山号:仏徳山
鎌倉時代、天福元年(1233)、中国から帰国した曹洞宗開祖・道元を開祖としています。深草の極楽寺跡 (現・宝塔寺)に、日本初の純粋な曹洞宗の禅道場として七堂伽藍を建立し、観音導利院興聖宝林禅寺を開創。これが当寺のはじまりである。
比叡山延暦寺の弾圧により、道元は越前に逃れ、それ以降寺は荒廃した。室町時代、応仁・文明の乱(1467-1477)により伽藍は焼失しました。
江戸時代、1649年、当時の淀城主、永井尚政によって、宇治七名園の一つの朝日茶園であった現在の場所に再興されました。
本堂は伏見城の遺構で造られました。
前縁は鴬張りの廊下、天井には伏見城落城時の血染め縁板を用いた天井が張られています。 本堂から前庭です。
ご本尊 釈迦牟尼仏 (伝 道元禅師作)
右手の表情が可愛くて・・・
こちらも親しみやすい表情
興聖寺では、一般の方々にもその門戸を開いており日曜参禅会やオプション体験坐禅など、毎月第1と第3日曜日にあります。
廊下から、方丈と内庭
方丈と内庭
興聖寺の構えを「禅宗様伽藍配置」といい、京都府の文化財指定を受けています。特徴は、山門・法堂(・説法道場・本堂)が直線上にあり、法堂の左右に、僧堂(坐禅堂)・庫院(台所)を設ける。また山門側には東司(トイレ)と浴司があります。
天竺殿(てんじくでん)
中興開基の永井尚政公ら一族四体の像などが祀られています。
古そうな狛犬さん
知祠堂
聖観音菩薩立像(平安時代後期)が祀られています。
手習観音 (聖観音菩薩立像) 小野篁(おののたかむら)作という
かつて塔頭・書写林大悲院の本尊で、「宇治十帖」の舞台となった手習の杜の観音堂に祀られていたもの。江戸時代初期に興聖寺に施入されたといいます。
物語の想定では、浮舟は宇治川に身を投げた後、手習の杜付近で比叡山横川僧都に命を助けられたことになっています。
開山堂(老梅庵) 江戸時代、1750年改築、
竹椅子に座る道元禅師の等身大の木像が安置されています。
僧堂(坐禅堂) 坐禅、食事、就寝を行う
僧堂内部
三面大黒尊天
東寺の三面大黒尊天は扉が閉まっていて拝めませんでしたが、こちらは他の仏像も含めて開放的でした。
宇治の興聖寺には「花まつりの日(4月8日)にも行っています。他の桜の名所を次々記事にしたために、まだ写真を公開していません。椿が綺麗なので、春になったら記事にするかも知れません。
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