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2015年2月23日 (月)

妙心寺塔頭 海福院 

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

今日もまた古いところでスミマセンm(_ _)m 2011年の「冬の旅」の特別公開寺院、妙心寺・塔頭の「海福院」です。26年ぶりの公開でした。

「戦国武将 福島正則の菩提寺、正則の画像、陣中杯や槍などゆかりの寺宝、加納探幽筆「猿回し図」、押入仕込茶堂」の公開です。

訪れた時期はちょうど梅が満開の頃でした。

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海福院 (かいふくいん)
元和2年(1616)、戦国武将 福島正則(1561-1624)が創建した妙心寺の塔頭寺院で、福島家の菩提寺。

1583年秀吉と柴田勝家が戦った賤ヶ岳の戦では、「賤ヶ岳の七本槍」筆頭になる。「賤ヶ岳の戦い」で一番槍として戦功をあげた正則の「槍」や「福島正則画像」、陣中杯や書状などが特別展示されています。

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室内撮影は禁止の為に、お庭ばかりの写真になります。

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「蘆雁の間」、西の襖には岸岱(がんたい)の絵(1852)が描かれ、襖の奥には「押入仕込茶室」が隠されています。「妙心寺では茶の湯を公けに嗜むことは慎まれたためといいます。
「押入仕込茶室」・・・押入れの中に点茶や水屋の設備など茶儀の一切が仕込まれています。

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狩野探幽筆「猿回し図」
妙心寺法堂の「雲龍図」を描くため海福院に滞在していた狩野探幽が、住職の留守中に酒に酔い、方丈の新調されたばかりの金箔唐紙の襖に、猿回しの絵「猿曳」を悪戯に描いたもの。帰ってきた住職に叱責されたという逸話の残るものです。

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そのほか曾我蕭白筆の襖絵や、狩野益信筆「山水図」が残されています。

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苔地に中木の植栽と石組、飛石、延段などの江戸時代後期の庭園

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本堂の前に据えられた半月の手水鉢は、江戸時代の絵師・円山応挙の作。

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他に、賤ヶ岳の戦いで一番槍として戦功をあげた長槍(3m)、「福島正則像」、血痕付の陣中杯などがありました。

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外に出て墓地に向かいます。

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福島正則の墓という五輪塔

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次男・福島忠勝の五輪塔ほかに、福島家家臣などの墓石もあります。

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昨日は各地で「春一番」が吹き、京都も梅も咲き出してきましたね。そろそろ出かけなくては・・・。

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