西陣 岩上神社と本隆寺の瓦土塀
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桜の時期に西陣を歩いていて、大きな岩がお祀りしてあるのを見つけて、撮ってはみたものの・・・だったのをお届けします。◆地図です。
その日は雨宝院の満開の八重桜を撮りに行ったのですが、記事にするには桜の時期が過ぎてしまって未公開のまま。桜は時期外れなので置いておいて・・・。
雨宝院の南門の前の細い通りを挟んで向かいにある「本隆寺の瓦土塀」です。
美しいですね。
細い上立売通りを挟んで本隆寺の瓦土塀と左は雨宝院
長い瓦土塀です。
そこからあまり離れてないところに・・・こんなに大きな石が祀られています。
岩上神社 (通称:岩神さん)
伝えによれば、二条堀川付近にあった霊石が六角通に遷され、更に中和門院(後陽成天皇の女御の一人で後水尾天皇の母)の屋敷の池の畔に遷されると怪異な現象が起きたという。吼え出したり、すすり泣いたり、子供に化けたり、の類である。子供に化けたという伝説に因んで「禿童石(かむろいし)」と呼ばれたこともあったという。
持て余した女官たちが遂にたまりかねて蓮乗院という真言宗の僧を召したところ、彼はその石を貰い受け、現在地に遷して祀ったと いう。
その際に「有乳山 岩上寺」と称した。以降、授乳、子育ての信仰を集め、地元では「岩上さん」と親しみを込めて呼ばれています。
寺は享保15年(1730)の大火事「西陣焼け」で堂舎が焼かれ、天明8年(1788)の「天明の大火」では荒廃の極みに達した。
明治維新の際には廃寺となったが、大正年間に織物業の千切屋が敷地内に祠を構え、以降「岩上神社(岩上祠(し))」となって今に至る。
数奇な運命を経た霊石だけは昔の姿そのままで現在に伝わる。浄福寺通上立売大黒町
京都の街は、不思議なものに出会うことがありますね。
※ブログ容量が少なくなり過ぎたため、最近の記事は写真を少なくしています。
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西陣公園にあるこの鎧兜の像がいつも気になります。
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コメント
長い瓦土塀。
こういうのは、歴史を感じて、いいですよね。
投稿: munixyu | 2014年8月24日 (日) 12:48