岩倉 石座神社
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岩倉の実相院の近くに石座(いわくら)神社があります。石座神社は、当初1㎞ほど離れた西河原町の岩倉川沿いにある山住神社の地にありました。
平安遷都(794年)の際に、都の東西南北に岩倉(岩蔵)が設けられ、青龍、白虎、朱雀、玄武の四神を祀り、王城鎮護のために経典を埋めたとされています。このうち、北の岩倉が旧社地の山住神社ともいわれています。
平安時代の971年、大雲寺(現在地の東に隣接)の建立にともない、石座明神(山住神社)がこの地へ移されました。
その後(997年)、八所大明神(石座、新羅、八幡、山王、春日、住吉、松尾、賀茂)、さらに4神(伊勢、平野、貴船、稻荷)を加えた十二所大明神が勧請されました。
本殿は、右の東殿(八所大明神)と左の西殿(十二所大明神)からなっています。
以後、八所・十二所明神社とよばれ、この地の鎮守の神としてあがめられてきました。
明治以降、八所・十二所明神社が石座神社、旧社地は山住神社と改称されました。ちなみに、山住神社の本殿はなく、巨石と小さな祠が残っており、石座神社の摂社(御旅所)となっています。
境内にある摂社、一言主(ひとことぬし)神社
祭神は一言主大神といい、凶事や吉事を一言で予言し、願い事を一言だけ聞いてくれる神として知られています。
尊王攘夷派の恨みをかった岩倉具視は、幕末の数年間この地に隠棲して、一言主神社に足しげく通ったそうです。後に岩倉家から奉納された燈籠
比叡山が間近に見えます。
石段の途中の両側にある長い建物、東座(右)と西座(左)とよばれ、かって末社などが祀られていたのではないかといわれています。
ところで、この地域の岩倉という地名の由来は、磐座(いわくら、巨石)に神が宿るとして崇拝する古代信仰、あるいは王城鎮護の経典をおさめた岩蔵にあるともいわれています。いずれにしても、平安時代よりはるか以前からこの地域に集落があったことは確かです。
10月23日に近い土曜日(今年は10月26日) に行われる石座神社の例大祭は、未明の松明行事に始まり、神輿巡行、岩倉踊の奉納、夜の大松明点火など圧巻だそうですが、まだ行く機会がありません。
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コメント
ここの狛犬さんは、本当に、可愛らしいです(^_^) 向かい合って、仲良しさんです。下から、石段を撮った写真、好きです(^_-)
急に、寒くなりましたね。夏から冬になったような・・・秋の期間が、少なくなりました。
投稿: ごま | 2013年10月18日 (金) 10:29
一言主大神。
うーん、難しいなぁ。一言だけって言われると、
迷いますよね。やっぱり、健康が一番かな♪
投稿: munixyu | 2013年10月18日 (金) 14:02
★ごまさん、munixyuさん こんにちは♪
実相院には行っても、横から山の方に続くこちらには初めて行きました。
一言主・・・一つだけって、欲張りじゃなく真剣でいいですね。
投稿: りせ | 2013年10月19日 (土) 10:06