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2012年8月15日 (水)

狛龍の神宝神社は~♪

目次 からたっぷり京都をご覧ください。2006・1・27から毎日更新。

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※写真は全てクリックで拡大します。

休み癖がついてしまって、昨日も休んでしまいました。・・・皆さまお久しぶりです。

伏見稲荷大社の奥の院を超え、少し行って山道に逸れた処に「神宝神社」はあります。

2007年の亥年に行ったとき「狛龍」に出会って。。。
「こんなところに狛龍があるなんて誰も知らないだろうなあ 辰年の元旦の記事はここで決まり~♪」って、密かにニタニタしてたのですが・・・情報誌はスゴイですね。
・・・で、情報を見たかのように正月用に行くのが嫌になって、今頃行って来ました。

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追加写真↓:奥の院から先の大きな鳥居から奥の院を見ました。

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伏見神寶神社(ふしみかんだからじんじゃ)  通称名:神宝(しんぽう)さん
天照大御神を主祭として稲荷大神を配祠、十種の神宝を奉安。
創祀 は平安期にさかのぼり、かつては稲荷山上に祀られていた。仁和年間(885~89)宇多天皇は、大神宝使を発遣するなど、皇室の信仰も篤かったが、政変などにより中世以降は廃れていった。
1957年(昭和32)に再建される。社名の「神宝」は奉安の十種の神宝(興津鏡、辺津鏡 、八握剣、生玉、死反玉、足玉、道反玉、蛇比礼、蜂比礼、品物比礼)をいい、物部氏の祖神、饒速日尊が天上よりもたらしたとされる。

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新年用に撮りに行かなかったけれど、正月に古い写真で記事にしています

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今年のお正月は「狛龍」の神社として、特に賑わったことでしょうね。8月にもなると、こんなもんでしょうか・・・ひと気の無さにガッカリ。

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天龍   金色の玉をシッカリつかんでいます。

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地龍  こちらも口は開いているのでしょうか?

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本殿の中を横から・・・

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叶雛(かなえびな)
叶雛は埴輪に起源を発し、守護の象徴として奉製されました。後に紙で作られるようになって大祓の人形となり、流し雛、三月の雛人形に託して誓う風習になりました。

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絵馬は「かぐや姫」です。

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右は「神石(タケノコ石)」とそれを囲む四本の石柱と珍しい竹の鳥居。
左は「かぐや姫」と「帝(みかど)」の愛染碑です。

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この地は『竹取物語の元郷』って、以前書いてあったのですが・・・
古文書など様々な研究から”京田辺”が「竹取物語の翁」が住んでいた処のようです。
かぐや姫の里・竹取翁博物館が京田辺市に出来ました。

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竹の下道・・・平安時代の深草は大宮人の憧れの里で別荘、荘園が営まれ花見、狩など四季折々に雅やかな宴が催された床しき地で源氏物語をはじめ多くの文学作品に当時の風懐が記されています。

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竹の下道は稲荷山麓から大亀谷方面、木幡を超え、大和に通じる道でした。

「Bamboo forest」として、京都の竹林が海外でも人気が出ているそうですね。

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神宝神社にも「重軽石(おもかるいし)」がありました。形が変わっています。
こちらの重軽石の占い方は石の像を持ってから願をかけて・・・「重くなって下さい」と願うと重くなったら願いが叶う。また願をかけて「軽くなって下さい」と願う。軽くなった感じたら願いが叶う。。。奥の院の「重軽石」の願かけとは少し違うようです。

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「狛龍の神宝神社は~♪」なんてタイトルにしましたが、かぐや姫に通じたり、竹林が綺麗だったり、列が出来る奥の院の重軽石と違ってここでは密かに出来るし・・・とは云っても、占い・願かけに興味の無い私は「ほ~ッ♪」って、見てるだけですが。

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 2 伏見稲荷大社 摂社」カテゴリの記事

コメント

マイペース、マイペース、ですよ。

さて、古事記・垂任天皇の条に「この帝、大筒木垂根王の娘、香倶耶姫を婚して…」とありまして、少なくとも奈良時代以前に「かぐや姫」という名前が伝わっていたのは間違いないようです。
で、その父親という大筒木垂根王(おおつつきのたりねのみこ)の名前にある「筒木」を後の「綴喜郡」と見て、その中心である田辺周辺を根拠とする豪族だったのではないか、というのが田辺説の根拠の一つなようです。
「かぐや姫」の里、といえば、奈良県の広陵町も有名ですが、さてどうなんでしょうね。

投稿: わびすけ | 2012年8月15日 (水) 08:42

★わびすけさん こんにちは♪
今日も記事を休みそうでした。(゚ー゚; 
今日神宝神社をする予定だったところに、昨夜、「竹取物語の里の京田辺のお月見の写真は無いか・・・」って古い友人から久しぶりのメールがあって。。。
それで調べて「かぐや姫」が全く架空の物語ではないことを知りました。
かなりな歴史学者のメンバーによるシンポジウムなども開かれて・・・「竹取物語の翁・京田辺説」は信憑性があるみたいですよ。
奈良県の広陵町ですか・・・京田辺は奈良に近いし・・・

投稿: りせ | 2012年8月15日 (水) 12:08

ふふっ
狛龍なのね
マイナーな感じがまたいいもんだよね
でもやっぱり正月は満員だったんだろうねぇ・・・汗

投稿: munixyu | 2012年8月15日 (水) 13:53

金色の玉をつかんだ竜は、御利益がありそうで、カッコイイですね(^_-)
叶雛、可愛いですね(^_-) 手に取って、見たくなります。
オー、竹の鳥居は珍しい、見たことがないです。
最後の竹が、スーと伸びた写真がいいですね(^_-)
昨日は、かなり、雨が降り、宇治では、大きな被害がありましたね。りせさんのところは、大丈夫でしたか?

投稿: ごま | 2012年8月15日 (水) 15:37

★munixyuさん こんばんは♪
京阪電車の観光用の月刊紙に狛龍の神宝神社は載ってたし、他にも載ってたでしょうね。
どのあたりまで列は続いていたかなあ・・・って、思いながら歩きました。

投稿: りせ | 2012年8月15日 (水) 22:54

★ごまさん こんばんは♪
なかなか素敵な狛龍さんでしょ。
大雨ですが・・・こちらは夜中に凄く降ったようです。朝、宇治に氾濫があったって聞いて驚いています。

投稿: りせ | 2012年8月15日 (水) 22:57

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