« 建仁寺 界隈 大和大路 八坂通 陀枳尼天 | トップページ | 未来を信じ 未来に生きる 世界は一つ »

2011年3月17日 (木)

建仁寺・塔頭 正伝永源院

新しく来て下さった方は 目次 もご覧ください。2006・1・27から毎日更新。

Amg_1451a
※写真は全て拡大します。

21日(月・祝)まで「京の冬の旅」として普段非公開の寺院が特別公開されています。

正伝永源院 (しょうでんえいげんいん)
もとは正伝院と永源庵の2つのお寺で、ともに建仁寺の塔頭でした。

「正伝院」は、鎌倉年間に創建されたが荒廃していました。大阪冬の陣後隠栖した 信長の弟・織田有楽斎長益が元和4年(1618)に再興しました。
有樂斎は、長益と号し信長の死後、剃髪し、千利休に師事して茶道の宗匠となりました。名席「如庵」を建て、茶道三昧の生活を送ったが元和7年(1621)没しました。
法名 正伝院殿如庵有楽大居士、4.5mの五重の石塔

Amg_1459a

「永源庵」は南北朝時代の創建で、細川頼有の帰依をうけ、細川家の菩提寺でした。

Amg_1460a

明治初年の、廃仏毀釈の政策により、建仁寺50余ヶ寺の塔頭が14ヶ寺(現在)に削減されました。
当時「永源庵」は無住であった為、廃寺処分になりましたが、本山の北に位置し堂宇を残していました。
そこへ祇園花見小路四条下ルにあった正伝院がこの地に移ってきました。

Amg_1461a

暫くは正伝院と呼んでいましたが、時の侯爵である細川家の菩提寺であるため後に「永源」の名を残し「正伝永源院」と名乗るようになりました。

方丈 正面には「永源庵」「正伝院」の2つ掲げてありました。

Amg_1493a

また、賤ヶ岳七本槍で名を馳せた福島正則の寓居の地でもあります。

Amg_1468a 
 
方丈の室中の間に残る、蓮の花や鳥を描いた美しい金碧の襖絵「蓮鷺図」(れんろず)は、狩野山楽筆と伝えられています。(ポスター2枚撮ってきました)

蓮の絵は蕾→満開→枯れ落ちる・・・と、時(人生)の流れを表しています。もとは正伝院にあったもので、永源庵の襖のサイズに合わせて、継ぎ足した跡がありました。

Amg_1452a Amg_1508a

方丈正面のお庭。

Amg_1465a

金色の錦鯉が優雅に泳いでいます。

Amg_1470a

正伝永源院の公開は14年振りだそうです。

Amg_1482a

「如庵」(じょあん) 平成8年復元。
斬新で風情ある名席として知られ「鱗板」「有楽窓」等、有楽斎好みを見ることができます。本物の「如庵」(国宝)は現在は愛知県犬山市のホテルが所有してるそうです。

Amg_1483a

この日も飛行船が浮かんでいました。 

Amg_1474a

最後になりましたが、庫裏の前に咲く白梅。

Amg_1457a

清楚でいて凛とした美しさ。

Amg_1454a

この期に及んでまだ雪が降りますか・・・悲しみと怒りを覚えます。
          東北の雪はせめても関西に降れ。

「京都を歩くアルバム」は平常心を保つためにも毎日更新しています。

いつも応援有り難うございます。m(_ _)m。
-------------------------------------------------------------------
   是非よろしく→ 人気ブログランキングへ   こちらも是非 → にほんブログ村 写真ブログ 風景写真へ
-------------------------------------------------------------------

Amg_1507a

|

« 建仁寺 界隈 大和大路 八坂通 陀枳尼天 | トップページ | 未来を信じ 未来に生きる 世界は一つ »

 3 建仁寺 塔頭」カテゴリの記事

コメント

怒りの矛先がないのが
一番しんどいよね
誰も悪くない・・・
自然のこわさを思い知った
恐怖の天災でした

投稿: munixyu | 2011年3月17日 (木) 12:16

★munixyuさん こんにちは♪
地震、津波に関しては怒りの矛先は向けようがないですが・・・
「原発」に対してはキッチリ「原因、責任、対処の適切さ」を追及して欲しいと思います。
日本的うやむや体質であっては絶対になりません。

投稿: りせ | 2011年3月17日 (木) 13:25

早くあたたくなあ~れ。
今朝、痛勤電車より寒空にくっきりと富士山の姿。ホッとしたわ。

投稿: Tacchan | 2011年3月17日 (木) 14:06

お久しぶりです。風邪をひいたり、携帯が壊れたりして、訪問が伸び伸びになってしまい、申し訳ありませんでしたm(__)m 今日は、こちらも、雪で、寒いです(>_<) 襖絵が鮮やかで、なんとも、言えません。白梅も、凛とした美しさがあります。二つの寺院が一緒になって、珍しいですね。貴重な寺院を見せて頂いて、ありがとうございましたm(__)m

投稿: ごま | 2011年3月17日 (木) 15:11

子供の頃、新聞に連載されていた時代劇に、織田有楽斎の名前が良く出て来ました。
どんな内容だったかは全然覚えていないのですが、有楽斎は私には好ましい人物のように感じたものでした。
何だか懐かしく思い出させて頂きました。

此方は、余震(?)は一日に数回ありますが、震度は3以下ですし、何も被害も受けていないし、停電もありません。
なのに、通常の買い物に行きましたら、トイレットペーパーや水、おむつ、乾電池、パンやカップラーメン、そしてお米までが何故か無くなっていました。
被災地の方々の事を思えば多少の不自由は・・・なんて私は思います。
買いだめに走る心理が、何とも切ないですね。

投稿: fmk | 2011年3月17日 (木) 16:21

こんばんは、りせさん。
お庭、きれいですね。
金色の錦鯉、見てみたいです。
如庵、趣があって良いですね。
神戸もお米が無くなっていてびっくりしました。

投稿: さらそーじゅ | 2011年3月17日 (木) 20:16

★Taccha~n こんばんは♪
今日はこっちでも雪が降ったんよ。
こんなにも春を待ちわびてる。
寒さは明日の朝までみたい。そのまま順調に暖かくな~れ。

投稿: りせ | 2011年3月17日 (木) 21:28

★ごまさん こんばんは♪
風邪気味って仰ってたから、大丈夫かなあと思っていました。
風邪治りましたか?
今日はこちらでも雪がちらつきました。ごまさんとこはもっと降ったでしょうね。
廃仏毀釈で廃寺になるところを2つ合わせて生き残ったのですね。
このお寺も次回の公開はあるかどうか? 見ておいてくださいね。

投稿: りせ | 2011年3月17日 (木) 21:38

★fmkさん こんばんは♪
もしかしたら、私も見てたかも。
東京の有楽町は有楽斎の屋敷のあたりって言いますが、場所としては違うようです。説明の方が仰ってました。
余震がありますか。地震ってホントに恐いですね。
京都は全く平常ですが、地震の為、カップ麺などは入荷してないようで、スーパーの棚も淋しげでした。京都は買いだめではないと思います。
スーパーの照明も落とされていて・・・あの明るさで充分ですが、やはり活気が無く気分が沈みます。

投稿: りせ | 2011年3月17日 (木) 21:50

こんばんわ。今日も素敵なお写真^^
さきほどまた地震です。最近普通に服を着て寝ています。
すぐ逃げ出せるように、、
こちらも今日は風がすごく強く、とても寒いです。
でも東北に比べれば。。。。
雪がやんでくれればいいのに。。
こちらはカップラーメンなどすっかすかです。
やっと少しずつものが並んだりしてますが、ゆこぱいは普通にBOXティッシュがなくなって(鼻炎;;)買いにいったら全然ありません。
スタンドには渋滞。制限。
買いだめしたって、、、って思いますけどね。

わ、またゆれた><

投稿: ゆこぱい@こんぶ | 2011年3月17日 (木) 21:57

★さらそーじゅさん こんばんは♪
町中のお寺なので庭の向こうにビルが建ってて、情緒もありませんでした。
金色の錦鯉は遠くでしたが綺麗に目立ちました。
こちらの大型スーパーで目立ったのはカップ麺の棚、被災地に届けたのかしらと思いましたが「地震の為、入荷しません」と書かれていました。
その他は特に減ってはいませんが、照明が落とされて・・・活気が無かったです。

投稿: りせ | 2011年3月17日 (木) 22:01

★ゆこぱい@こんぶさん こんばんは♪
災害の時にティッシュとかトイレットペーパーが無くなるのは何故だろう。
石油ショックの時は森林保護が重なってて、紙が無くなるって噂があったと思うけど。今は関係無い筈なのに。
買いだめ=(イコール)ペーパーって変な条件反射。
今揺れたの・・・テレビ見てたので画面で分かりました。
震度3も凄い揺れだと思います。
もうピークは過ぎてるから、徐々に徐々に治まって行くからね。
一人だと特に怖いと思いますが、まるこちゃんと頑張ってね。

投稿: りせ | 2011年3月17日 (木) 23:31

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 建仁寺 界隈 大和大路 八坂通 陀枳尼天 | トップページ | 未来を信じ 未来に生きる 世界は一つ »