
※今日の記事も夫が代わりに更新しています。
昨日は還幸祭(神輿巡幸)の前半をお届けしました。子供白川女の皆さんも加わり、白川通を南に下ります。

今出川通との交差点では、先導していた大太鼓と若太鼓が行列を待ち構えます。

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本神輿がやってきました。

追いついた女性神輿と広い交差点を練り歩きます。この後は女性神輿が先を行きます。

子供神輿も来ました。

今出川通を西に行くと、京大農学部前に後二条天皇陵北白川陵があります。そこでも、途上祭が行われます。

再び今出川通を東に戻り、今度は白川口に入ります。大分陽が傾いてきました。ちなみに、先達の布令太鼓は今年から復活したそうです。

この道の名前は志賀越え道だそうです(比叡山の太鼓馬鹿さんありがとう)。荒神口から東北に伸びて、東一条から京都大学で遮られますが、今出川通を斜めに横切り、白川口から北白川神社を通り山中越に続きます。ここまでくると神社はもう少しです。

ここで巡幸が立ち止まり、布令太鼓と

大太鼓が鳴り響きます。途切れることなく素早く叩き手が交代します。

この道の途中まで提灯が迎えに来ます。

神社に帰ってから、白川太鼓が打ち鳴らされます(お迎え太鼓)。

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その後、御神霊が乗った神輿に先立って、太鼓が山上の本殿に至る階段を上ります。

長い綱を階段に渡し、本神輿につけます。太鼓の子供達が小さな提灯をもって、宮入する神輿の前をチャトコイ、チャトコイとはやしながら先導します(「チャトコイ」とは、さっさと来いという意味だそうです)。これも今年復活したものだそうで、頑張ってね!

祭りの参加者や見物人が協力して、神輿を引っ張り上げます。

上って来ました。

山上の拝殿前で、ひとしきり神輿を回します。

拝殿に置かれた神輿に宮司が祝詞をあげ、その後全ての灯りを消した中で御神霊を本殿に戻します。まるで空気にふれてはいけないかのように(ご老体の)宮司が本殿に駆け込み、その間若い神官は異様な声をあげます。予期せぬ展開に写真を撮る間もありませんでした。

その後、神輿が山を下ります。これも一苦労です。
都ができてからの優雅なものが多い京都の祭りのなかで、北白川天神宮の秋季大祭は古来の祭りや生活様式を継承しているといわれています。氏子だけでなくこの地域の住民の皆さんの熱気が感じられます。

また、物やしきたりではなく、白川太鼓のような(形のない)技術を伝えるためには、長い時間と努力が必要なはずです。子供たちがけなげに叩く、小気味よい太鼓の音がいつまでも耳に残っています。
昨夜、旅行から帰って来たりせです。
せっかくの連休に二日連続で撮影に出かけて記事を更新した夫に感謝しています。
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御旅所に戻ってきてからも、神輿がなかなか蔵に入ってくれません。神輿庫にいるものと担ぎ手の綱引きが何回も繰り返され、まるでいつまでも祭りの終わりを惜しむようでした。これは、「あとじょい」と呼ばれるそうです。
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