« 2008年9月 | トップページ | 2008年11月 »

2008年10月31日 (金)

広い空 出町の三角州

Dsg_1061a

賀茂川と高野川が合流して「鴨川」になる出町の三角州。比叡山が見えます。

今年四月から「鴨川条例(だったかしら?)」で、河原でのバーベキュー禁止になったので、残念に思ってる学生さん達が多いんじゃないかな?

賀茂大橋から下流は「鴨川」です。※場所はここです

Dsg_1064a

スリルも少しある亀の飛び石です。落ちても今は水深10-20センチくらいかな?

Dsg_1076a

左が鴨川、右が高野川、真ん中の森は下鴨神社の糺の森に続く「葵公園」です。

Dsg_1080a

大文字もハッキリ見えます。

Dsg_1101a

魚を狙って鳶が空を舞います。

Dsg_1087a

魚を狙うのは・・・ここにもいます。

Imn_4778a

Dsg_1056a

綺麗な透き通った水です。

Dsg_1079a

蝶も蜜集め。

Imn_4764a

こう見ると・・・草原のよう。

Dsg_1096a

出町の花屋さん「タネゲンさん」。パンジー、ビオラがもう並んでいました。タネ源

Dsg_1103a

ここからの広々した景色。・・・深呼吸かな?

Dsg_1099a

いつも励ましの応援クリック有り難うございます。今日も宜しくお願い致します。
  --------------------------------------------------------------
       是非よろしく→     こちらも → にほん
ブログ村 旅行ブログへ
  --------------------------------------------------------------

Imn_4767a

| | コメント (12)

2008年10月30日 (木)

秋色の京都御苑

Dsc_1265a

京都市内に秋を求めて、ちょっと自転車で出かけました。

昨日は警官が多くて、物々しい京都でした。下鴨神社でも警察の装甲車を何台か見かけたし、御所でも各門に警官が待機している。どなたかいらっしゃるのですね。

でも、中に入るのは自由だし・・・・。

今日は御所(京都御苑)で見かけた秋の風景です。

Dsc_1134a

Dsc_1135a

Dsc_1138a

黄葉したのを選んで撮ってますが、、、、常緑樹が多いみたいです。

Dsc_1155a

ただ今「京都を歩くアルバム・・・その1」では”先取り写真館”として、お薦めの京都紅葉名所を毎日発信中です。見てくださいね。

Dsc_1154a

遠くに大文字が見えます。

Dsc_1180a

Dsc_1210a

Dsc_1268a

黄葉・紅葉を求めて、うろうろしています。御所の玉砂利は自転車にはキビイシイ。

Dsc_1251a

Dsc_1244a

Dsc_1241a

変った雲を見かけたので。。。この雲がゆっくり赤く染まってゆきました。

Dsc_1274a

警官の訳は・・・天皇陛下が来られるようです。
「訓練をしています、ご迷惑をおかけします」って警官の方。丁寧です。

Dsc_1170a

夕日に映える木々の中を、ゆっくりゆっくり進む予行練習が行われていました。

Dsc_1293a

いつも励ましの応援クリック有り難うございます。今日も宜しくお願い致します。
  --------------------------------------------------------------
       是非よろしく→     こちらも → にほん
ブログ村 旅行ブログへ
  --------------------------------------------------------------

西陽に塀が金色に煌めいて綺麗でした。

Dsc_1295a

| | コメント (10)

2008年10月29日 (水)

嵐山 大堰川

Dsf_9957a

今日の記事は下鴨神社の続きか、はたまた建仁寺の近くに戻るのか??と思いきや・・・いえいえ・・・嵐山です。

毎日の公開時間がマチマチになってます。戻す為に写真の少ない「斎宮行列の日」の嵐山で早々と今日は公開しました。
※昨日の「下鴨神社・糺の森」をまだ御覧じゃない方は続いて下を見てくださいね。

京都観光で一番観光客を集めるのが嵐山だとか、つづいて清水寺って聞いてます。
・・・そう聞くと、行きたくなかったものですが・・・
・・・良いですね。スッカリ観光客気分になって楽しめます。

Dsf_9944a

鳥たちは餌探しのようです。

Dsf_9738a

嵐山から嵯峨野へと観光が広がり、サスガ観光客を集めるサイコーのロケーション。

Dsf_9739a

向こう岸では「斎宮行列・御禊の儀」が終わったところです。

Dsf_9741a

右大文字が大きく見えます。

Dsf_4953a

保津川下りの舟が帰って来ました。

Dsf_4892a

可愛い和グッズを売るお店から・・・舟です。

Dsf_4994a

ここではまだボートに乗ったことはないのですよ。今じゃ・・今更ですし・・・

Dsf_9959a

Imn_4684a

Dsf_9958a

Imn_4682a

人力車、一度くらいは乗ってみたいものです・・・

Dsf_9948a

ランキングの応援が励みになります。是非クリック宜しくお願い致します。
  --------------------------------------------------------------
       是非よろしく→     こちらも → にほん
ブログ村 旅行ブログへ
  --------------------------------------------------------------

日も暮れて・・・。

Dsf_5024a

| | コメント (8)

2008年10月28日 (火)

まだ緑濃い 下鴨神社・糺の森

Dsg_0749a

「下鴨神社の糺の森」、売るほど(笑)写真を撮っているから、、、
もう撮るところも無いかしら・・・と思っていますが、なんのなんの、四季折々に美しい姿を見せてくれました。(撮影25日)

京阪電車の出町柳からすぐ、下鴨神社は正式には「賀茂御祖神社」です。

Imn_5207a

高野川と鴨川が合流する三角州地帯の森林は「糺の森」と呼ばれています。

Imn_5199a

かつては、約495万平方メートル(約150万坪)の原生林であったが、中世の戦乱や明治4年の上知令によって現在の約12万4千平方メートル、東京ドームの約3倍となりました。現在は全域を国の史跡として保存され、かつてここ一帯が山城原野であった頃の植生が今に残る森といわれています。

Imn_5152a

ケヤキ、ムク、エノキ等の落葉広葉樹を中心に約40種、樹齢200年から600年の太い樹木が約600本生い茂っています。

Imn_5175a

樹林の間には「奈良の小川」、「瀬見の小川」、「泉川」、「御手洗川」の清流が流れています。泉川にはホタルの飛翔も見られ、市民の憩いの場として古くから親しまれてきました。

Dsg_0752a

カテゴリーは6 京の川 下鴨神社 御所界隈の神社 ★下鴨神社・糺の森で独立しています。 ★旧 に加えてこのブログで に増えて写真はタップリです。

Dsg_0744a

源氏物語、枕草子など数々の物語や詩歌・管弦にうたわれている名所旧跡です。

Dsg_0747a

ノーベル物理学賞受賞の湯川英樹博士がよく散策されていた処でも知られています。

Imn_5139a

少しぼやけていますが。

Imn_5142a

Imn_5144a

カラスの縄手(縄手とは細い狭い道)。ヤタガラスの神様への参道です。

Imn_5146a

流鏑馬や納涼古本市などで賑わう馬場です。翌日の糺市の準備中でしたが、当日は雨。どうなったのでしょうか?

Imn_5154a

京都でも紅葉の遅い下鴨神社糺の森です。まだまだ緑の濃い糺の森です。

見て下さっている実感として、クリック応援が励みです。是非宜しくお願い致します。
  --------------------------------------------------------------
       是非よろしく→     こちらも → にほん
ブログ村 旅行ブログへ
  --------------------------------------------------------------

Imn_5129a

| | コメント (14)

2008年10月27日 (月)

北山ハロウィン2008

Imn_5578a

昨日は、北山ハロウィンの仮装パレードがありました。北山ハロウィンは今年で11年目ということで、小雨の中でも大勢の参加者が楽しそうに行進しました。府立総合資料館を出発して、西に向かいます。

このハロウィンは、来日40年以上のピアノ先生のザイラー夫妻がかぼちゃを18個寄付したことから始まったそうです。10年前のことです。

Imn_5444a

2007年度のハロウィンは→こちらです

Imn_5452a

府立植物園北門広場ではハロウィンカボチャで彫ったジャック・オ・ランタンの展示と、屋台が出ています。この付近で行列が帰ってくるのを待ちます。 

Imn_5464a

パレードは、北山大橋から引き返して東に向かいます。

Imn_5528a

Imn_5499a

ちなみに、かぼちゃの品種はハロウィン専用種の「アトランティック・ジャイアント」と「オータムゴールド」ですが、自然栽培ですから色やカタチはさまざまだそうです。この場所で、カボチャの販売や、カービングができます。

Imn_5460a

先頭のオートバイが帰ってきました。

Imn_5596a

ハロウィンは、カトリックの万聖節の前晩(10月31日)に行われる伝統行事で、もともとはケルト人の収穫感謝祭がカトリックに取り入れられたものだそうです。

日本には、アメリカの子供たちのお祭りとして紹介されることが多く、クリスマスと同様に宗教色のないお祭りとして定着している地域もあるようです。

Imn_5647a

なかには、コスプレパレード化しているところもあるといわれていますが、みんなが楽しめるのならばいいのかも。

Imn_5661a

気がついたことは、やたら女の子が元気で、男の子はどこか恥ずかしそうにしていることです。

Imn_5685a

この後、府立陶板名画の庭で仮装コンテストやかぼちゃカービングの表彰式があります。ちなみに、コスプレ賞は竹馬ジャンプのお兄さん、最優秀賞は左の女の子たちでした。

Imn_5745a

北山通の並木はだいぶ色づいてきました。

Imn_5590a

いつも励ましの応援クリック有り難うございます。今日も宜しくお願い致します。
  --------------------------------------------------------------
       是非よろしく→     こちらも → にほん
ブログ村 旅行ブログへ
  --------------------------------------------------------------

仮装パレードにはたくさんのワンちゃんも参加して、コスプレの表彰も行われました。その様子は「つれづれ編」で公開するとして、おなじみの忍者犬Booちゃんを一枚。

Imn_5621a

| | コメント (14)

2008年10月25日 (土)

下鴨神社 大安吉日な秋の日

Dsg_0705a

25日は大安吉日。下鴨神社は結婚式、お宮参り、七五三・・・と賑わっていましたよ。

暫く居ただけで3組の結婚式を見かけました。あまりの多さに、授与所で聞きました「今日は大安ですか?」 

Imn_4860a

お幸せなカップルの登場です。やはり遠めに載せさせていただきます。

Dsg_0640a

赤い和傘と白い綿帽子と白無垢。

Dsg_0641a

式を終えた方は境内で記念写真を撮られるから、皆さんから祝福を受けられます。下は新郎さんが外人さんでしたよ。お幸せに。

Dsg_0714a

「藤袴」の向こうに七五三の可愛いの女の子。
我が家も息子がちょうど7歳、3歳と揃った時、2人一緒に下鴨神社で七五三のお祝いをしていただきました。

Imn_4897a_2

記念撮影。

Imn_4875a

「藤袴」は京都府の絶滅寸前種に選定されています。(守ろう・藤袴キャンペーン

Dsg_0645a

本殿に向かうところ、着物姿が可愛い。

Imn_4916a

お宮参りも・・・和やかな良い風景ですね。

Dsg_0659a

こちらは美しく成長したお嬢さん方。

Dsg_0660a

舞殿の向こうの輪橋(そりはし)と銀杏の木です。

Imn_4879a

ギンナンがポツポツと。。。

Dsg_0703a

萩の葉も黄色く色づいていました。

Dsg_0732a

下鴨神社は独立カテゴリーで 6 京の川 下鴨神社・・・★下鴨神社の四季・糺の森です。写真が溢れています。見てくださいね。

Dsg_0723a

もっともっと下鴨神社の写真は撮ってきました。。。つづいて紹介します。
※季節があまり出ていない風景はつい後回しになってしまいます。

Dsg_0696a

Dsg_0699a

いつも励ましの応援クリック有り難うございます。今日も宜しくお願い致します。
  --------------------------------------------------------------
       是非よろしく→     こちらも → にほん
ブログ村 旅行ブログへ
  --------------------------------------------------------------

26日(日)は「フリーマーケット・糺の森」。150のお店が出るようですよ。馬場に準備が始っていました。残念ながら私は行けません。(上賀茂神社では手作り市)

Dsg_0753a

| | コメント (12)

2008年10月24日 (金)

建仁寺 広い境内 2

Imn_3685a

今日はまた建仁寺に戻って、法堂、塔頭などです。

この記事を作りながら・・・「ああ、そや、夏に行った妙心寺の境内と塔頭も未だやったなあ~」いろいろ一杯溜まってます。

法堂 明和2年(1765)上棟。
仏殿兼用の「拈華堂(ねんげどう)」。五間四間・一重・裳階付の堂々とした禅宗様仏殿建築。(今日はいつもとは違う角度からの法堂です)

Dsf_9250a

正面須弥壇には本尊釈迦如来座像と脇侍迦葉尊者・阿難尊者が祀られてる。また、その天井には平成14年(2002)創建800年を記念して「小泉淳作画伯」筆の双龍が描かれた。

Imn_3676a

※「小泉淳作画伯」筆の双龍と須弥壇、俵屋宗達筆・国宝「風神雷神図」(レプリカ)、紅葉の潮音庭は・・・「・・・その1」でどうぞ→こちらです
(スミマセン・・・その1の ランキングも応援していただけたら嬉しいです)

Imn_3734a

凄い建築というか装飾

Dsf_9209a

ここも・・・。

Dsf_9194a

西来院 (せいらいいん)
開基は蘭渓道隆(1213−78年)。応永年中(1394−1428年)、道隆四世の法孫大宗が清本院を再建して西来院と号したのにはじまる。応仁および天文の兵火に罹ったが、慶長(1596−1615年)以降に再建された。

Imn_3657a

華道展が催されていて中まで入れました。

Dsf_9184a

華道展は失礼しておきました。

Imn_3662a

陀羅尼の鐘(だらにのかね)
修行僧が寝につく亥の刻(午後10時)過ぎ、観音慈救陀羅尼を一万返唱しながらつくことから、この名がある。
開山在世のとき、鴨川の七条の下流、釜ヶ淵に沈んでいた源融(みなもとのとおる)の旧物を「えいさい」「ようさい」と、開山の名を呼びながら引き上げたという伝説がある。

Imn_3671a

萩がまだ残ってました。

Dsf_9188a

ホトトギスは今が盛り。

Dsf_9182a

この辺りから見た方坊の屋根です。
ここに「風神雷神図」(レプリカ)、潮音庭、○△□乃庭があります。
◆ 京都五山 第三位  建仁寺 ② ①・・・で見てくださいね。

Dsf_9187a_2

鬼瓦も大きい

Imn_3656a

方丈と法堂を結ぶ通路

Imn_3911a

鴨川が近いから「鳶」も飛び交います。

Dsf_9199a

広い境内です。

Imn_3741a

久昌院 (きゅうしょういん)
慶長13年(1608年)奥平信昌・松平忠明が、三江紹益(1572−1650年)を開基として創建した。慶長年中に高松軒を合した。

Imn_3737a

ここ久昌院のお茶会の記事に使用する「紅葉の潮音庭」の写真依頼がツアー会社よりあって・・・またまた使っていただくことになりました。
「旅の友・10月号」に続き、11月号(P62、63)にも紅葉の三千院とわらべ地蔵の写真が掲載されています。もしお手元に御座いましたら見てくださいね。
 (お茶会の冊子が来ましたら2つ写真に撮って記事にいたします)

Imn_3739a

いつも励ましの応援クリック有り難うございます。今日も宜しくお願い致します。
  --------------------------------------------------------------
       是非よろしく→     こちらも → にほん
ブログ村 旅行ブログへ
  --------------------------------------------------------------

Dsf_9206a

| | コメント (6)

2008年10月23日 (木)

08'時代祭 秋の雨

Dsg_0507a

昨日の「時代祭」は曇り空のなか正午に御所を出発。1時過ぎから残念ながら小雨になりました。
時代祭は平安京遷都1100年の翌年の1895年に始まり、今年で104回目です。

ミス・インターナショナルの各国代表が現れるはずなのですが~~?? 雨のために途中で帰えちゃったかしら?? (三条通) 良い写真が無いので少しだけです。

2時前に三条通に到着。ビデオを持って「維新勤王隊列」の追っかけをしました。(久しぶりのビデオ、設定間違いやらで、後で大変)

Dsg_0445a

総勢約2000人の時代列。衣装その他の総額は50ー60億円といわれ、京都の伝統工芸、技術、文化の結晶です。時代祭りが雨になるなんて・・・あ~勿体ない。

紫式部の小袿は36年ぶりの新調。他にも増員分の衣装や武具は約2300万円かけて新調されたとか。

Dsg_0522a

静御前

Dsg_0515a

常磐御前と義経と頼朝  (お母さ~ん、待ってぇ~)

Dsg_0537a

清少納言と紫式部・・・同舟・・・仲は良かったの??

Dsg_0540a

勇ましい巴御前

Dsg_0532a

小野小町 

Dsg_0543a

「時代祭」で、今年どうしても撮りたかったのは・・・
「維新勤王隊列」の”~♪ピーヒャラ・・・ほっといて~♪”を動画で撮ってくること。

維新勤王隊列の動画、カメラの設定ミスで短いのばかりになり、繋げました。久しぶりのビデオ・アップで手違いばっかり、悪戦苦闘でしたが・・・
やっと出来ました。1分20秒くらいです。→ここをクリックして下さい。

維新勤王隊列です。若者がかっこ良くて・・・子供の頃からの憧れ。

Dsg_0450a_2

時代祭りの行列を見る人たち。

Dsg_0494a

つづいて岡崎公園から秋の便りです。紅葉、黄葉が進んでいました。

Dsg_0573a

図書館の前も雨に濡れて・・・

Dsg_0572a

Dsg_0559a

いつも励ましの応援クリック有り難うございます。今日も宜しくお願い致します。
  --------------------------------------------------------------
       是非よろしく→     こちらも → にほん
ブログ村 旅行ブログへ
  --------------------------------------------------------------

Dsg_0570a

| | コメント (20)

2008年10月22日 (水)

建仁寺 広大な境内

Imn_3714a

今日は時代祭りですね。「京都人は時代祭りは見に行かないものよッ!」と言いながら、午後からチョットだけ見に行って来ます。
なので、今日は建仁寺 広大な境内をチョットだけ。

この日(18日)は先ずここ「建仁寺」にやって来て→「えびす神社」→「摩利支天堂」→「八坂の塔・法観寺」→「高台寺駐車場から日没を眺め」→「暗くなった二年坂・三年坂」に行って来ました。先は長いです。(早まって法観寺を先に公開してしまいました)

建仁寺へは祇園花見小路の北門から入ることが多く、すぐに本坊から方丈に入って「風神雷神図屏風」や「潮音庭」「方丈前庭園」を見に行ってしまうのですが、、、今日は南の「勅使門」まで行って来ます。境内は広大ですから結構歩きます。

まだ膝がスッキリしない私はここで歩き回ったら先がどうなるやら。法堂の前に座って秋空を眺めていました。元気な夫に感謝。(土・日曜日になるとウズウズするのか嵐山には夫一人で行って撮って来ました。)
下は「勅使門」です。門の向こうに見えるのが「三門」。
勅使門は、俗に「矢の根門」と呼ばれ、切妻造、銅板葺の鎌倉時代後期の唐様建築。

Imn_3724a

三門 
大正12年、静岡県浜名郡の安寧寺から移建。空門・無相門・無作門の三解脱門。
TOPの写真は三門から法堂を見たものです。

Imn_3713a

「御所を望む楼閣」という意味で「望闕楼」と名づけられる。楼上には釈迦如来、迦葉・阿難両尊者と十六羅漢が祀られる。室町時代中期の瑞巌龍惺の「春眺」の詩の中に「望闕楼高くして帝城に対す」という句がある。

Imn_3713b_2

建仁寺は ◆ 京都五山 第三位 建仁寺です。紅葉の「潮音庭」が綺麗です。見てくださいね。

Imn_3697a

建仁寺は東山(とうざん)と号する臨済宗建仁寺派の大本山です。
建仁2年(1202)、我国の臨済宗の開祖である明菴栄西禅師により創建され、寺名は年号をとってこのように名付けられました。京都五山の第三位。

Imn_3698a

栄西 (えいさい)   正しくは「ようさい」です。源頼家の援助で京都に建仁寺を建立。
鎌倉初期の禅僧で、日本臨済宗の祖。備中(岡山県)生まれ。比叡山で修学。2度入宋し、臨済宗黄竜(おうりょう)派の禅、戒を受けた。

Imn_3700a 東大寺再建の大勧進もつとめ、中国から茶種をもたらし、喫茶の効用を説く『喫茶養生記』を著した。
1141(永治1)~1215(建保3)

「平成の茶苑」 茶碑の奥に茶苑です。

Imn_3701a

「喫茶養生記」の上巻にはお茶の効用、下巻には桑の葉の効能が書かれています。
桑の碑と桑の効能です。
毎年4月に方丈で行われる「四頭(よつがしら)の礼」は、禅宗寺院の茶礼の古態を今に伝えている。

Imn_3694a Imn_3696a

今日は曇り空、少し寒いです。今から用意してチョットだけ(しつこいですね)時代祭りを見てきます。

Imn_3719a

開山堂です。

Imn_3707a

時代祭りを挟んで、この日に行った記事をつづけます。

建仁寺はに続きます。。○△□之庭 、○△□の庭園
    紅葉の潮音庭、○△□乃庭、方丈庭園こちらで御覧下さい

いつも励ましの応援クリック有り難うございます。今日も宜しくお願い致します。
 --------------------------------------------------------------
       是非よろしく→     こちらも → にほん
ブログ村 旅行ブログへ
 --------------------------------------------------------------

下は花見小路の北門、横は建仁寺垣です。道が綺麗になっています。

Dsf_9177a

| | コメント (5)

2008年10月21日 (火)

嵐山 斎宮行列 御禊の儀

Dsf_9853a

嵐山公園で記念撮影をしたあと、斎宮行列は再び渡月橋を渡り、大堰川北岸で御禊の儀が行われます。

斎宮は、天皇の即位のたびに選ばれ、野宮で3年の潔斎の日々を送りました。3年目の秋に、伊勢神宮の神嘗祭にあわせて伊勢に旅立つのです。

Imn_4449a

今年の斎宮行列のポスターを真似しました。後ろの嵐山中腹に法輪寺が見えます。

 Dsf_9756a

Dsf_9765a

行列の最後の稚児の列を見ていたら、斎宮の駕輿はすでに車折神社嵐山頓宮の前を通っていました。

Dsf_9776a

斎宮を追いかけて、北乗船場へ

Imn_4490a

命婦の列

Imn_4494a

野宮を出た斎宮は、桂川で御禊の儀をおこない、大極殿での発遣の儀にのぞんだとのことです。野宮神社の神官の祝詞で、御禊の儀が始まります。

Dsf_9785a

神官から受け取った人形(ひとがた)を、胸にあてがいます。人形とは災厄をうつし払う紙の人形のことです。

Dsf_9802a

人形を川に流して厄を払います。

Dsf_9824a

Imn_4549a

騎乗官人、火炬小女、戸座と女官・文官の代表者が勢揃いして、斎宮の禊が行われます。

Dsf_9845a

Dsf_9863a

大極殿では、天皇みずから御櫛を斎宮の頭に挿し、「都の方へ赴き給うな」と別れの言葉を告げたそうです。

Dsf_9870a

Dsf_9882a

最後に、雅楽と舞楽の奉納があります。

Dsf_9901a

舞台は船の上の台座

Dsf_9909a

この舞は結構気に入っています。

Dsf_9911a

Dsf_9890a

この後、御禊の儀の参加者が三々五々天龍寺の方面に帰って行きます。まるで、時代を錯覚してしまいます。

Imn_4665a

いつも有り難う御座います。励ましの応援クリック今日も宜しくお願い致します。
  --------------------------------------------------------------
       是非よろしく→     こちらも → にほん
ブログ村 旅行ブログへ
  --------------------------------------------------------------

Imn_4475a

| | コメント (5)

2008年10月20日 (月)

嵐山 野々宮 斎宮行列

Dsf_9673b

昨日は嵐山で斎宮行列が行われました。行列の最後に行われる御禊の儀は見たことがあるのですが、今年は出発直後の野宮神社近くで行列を見ようと出かけました。

斎宮行列
「斎宮(斎王)」とは、天皇が新たに即位 するごとに、天照大神の御杖代(みつえしろ)と して伊勢神宮に遣わされた斎王(未婚の内親王もしくは女王)のことです。斎王が任命を受け、都から伊勢の斎宮へと向う旅。これが「斎王群行」と呼ばれる もので、当時は斎王以下監送使、官人・女官などあわせて数百人にも及びました。行列の先頭です。

Dsf_9643a

勢多頓宮、甲賀頓宮、垂水頓宮、鈴鹿頓宮、壱志頓宮を経て伊勢に到着するまでには、 5泊6日もかかったそうです。10年前から、当時の記録をもとに華やかな装束を再現して、約百人の行列が嵐山で往時の夢を再現しました。山城守の列。

Dsf_9650a

監送使長官の列

Dsf_9659a

斎宮は天皇のト定によって選ばれ、三年の間野宮で潔斎の日々を送り、三年目の秋に伊勢に旅立ったとのことです。斎宮代の列

Dsf_9673a

斎宮代の駕輿丁。駕輿丁(かよちょう)とは貴人の駕籠(かご)や輿(こし)を担ぐ人。

Dsf_9676a

ところで、伊勢の皇大神宮は皇室の祖先神であり、天皇統治の初祖である天照大神を奉祀しており、皇室の氏神 ・ 祖廟であると同時に当時の国家の宗祀でもあったのです。

Dsf_9681a

命婦の列

Dsf_9695a

行列の最後は騎乗官人と神職

Dsf_9700a

行列は嵯峨嵐山駅に向かい、その後天龍寺前を通り渡月橋を渡ります。渡月橋から

Dsf_9732b

Imn_4327a

先頭の列には、太鼓や文官が並びます。

Imn_4332a

監送使長官の列。ちなみに監送使とは、齋宮を伊勢へ送りとどける役人で長奉送使ともよばれます。逆に、退下した前齋宮を京に迎えるのは奉迎前齋王使とよばれます。これ列には、騎乗官人、

Imn_4338a

戸座  火炬小女 

Imn_4341a

雅楽などが並びます。

Imn_4348a

斎宮代列の女官

Imn_4361a

命婦の列には、斎宮代に仕える命婦(みょうぶ)、騎女(むなのりおんな)、采女(うねめ)、女嬬(にょじゅ)などが並びます。

Imn_4367a

行列の最後にお稚児さんが続きます。

Imn_4382a

渡月橋を渡ったところにある嵐山公園で記念撮影をします。

Imn_4427a

Dsf_9748a            

いつも有り難う御座います。励ましの応援クリック今日も宜しくお願い致します。
  --------------------------------------------------------------
       是非よろしく→     こちらも → にほん
ブログ村 旅行ブログへ
  --------------------------------------------------------------

Dsf_9708b

| | コメント (6)

2008年10月19日 (日)

八坂の塔(法観寺)に上る!

Imn_3989a

通称で八坂の塔といわれる「法観寺」、やっと公開中に前を通ることが出来ました。

何度も何度も前を通っているのですが、、、公開は不定期。

今日は五重塔の中を紹介します。

東山通り(東大路通り)のバス停「東山安井」を下がったあたりの細い道から「八坂の塔」の端正な姿が見えます。
このあたりには「舞妓体験」のお店が幾つもあってニセ舞妓さんが行き交いますよ。

Imn_3939a

法観寺 (ほうかんじ)   通称・八坂の塔 (重要文化財)
霊応山と号し、臨済宗建仁寺派に属する。
寺伝によれば、聖徳太子が如意輪観音の夢のお告げにより五重塔を建て、仏舎利三粒を納め法観寺と号したという。
往時は延喜式七ケ寺の一つに数えられ隆盛を極めたが、現在は八坂の塔(五重塔)と太子堂、薬師堂の二宇を残すのみである。
本瓦葺五層、方6メートル、高さ46メートルの純然たる和様建築で、白鳳時代の建築様式を今に伝えるものである。創建以来、度々災火により焼失したが、その都度再建され、現在の塔は永享12年(1440)に足利義教によって再興されたものである。

Imn_4048a

中に入って・・・極彩色の壁画に驚きです。

Imn_3985a

塔内には本尊五智如来像五体を安置。
※五智如来(ごちにょらい)は、五大如来ともいい、密教で5つの知恵(法界体性智、大円鏡智、平等性智、妙観察智、成所作智)を5体の如来にあてはめたもの。金剛界五仏のことである。 大日如来(中心) 阿閦如来(東方) 宝生如来(南方) 阿弥陀如来(西方) 不空成就如来(北方)  (Wikipediaより)

Imn_3980a

TOPの写真の西方の「阿弥陀如来」の頭上に一体おられます。

Imn_3988a

四方の四体の如来像と合わせて五智如来像。

Dsf_9309a

須弥壇の下には古い松香石製の大きい中心礎石があり、中央には舎利器を納めた三重の凹孔が残っている。

Imn_3991a

急階段を上って2階へ・・・心柱・・・上に伸びて・・・

Dsf_9285a

心礎                     心柱   拡大して読んで下さいね。

Dsf_9311a Imn_3969a

小さな窓が四方にあります。西方向。

Imn_3953a

寺宝として、塔を中心に当時の社寺を描いた紙本著色八坂塔絵図のほか、足利義教画像、法観雑記など貴重な文化財を蔵している。(説明は駒札より)

Dsf_9274a

こういう景色が見れます。

Imn_3956a

境内の「八坂稲荷尊天」

Imn_4003a

ここには「木曽義仲首塚」があります。
朝日将軍木曽義仲塚  木曽義仲 (きそよしなか)   
平安末期の武将。源義賢の2男で、父が殺されたのち信濃木曽谷で育つ。以仁王の令旨で挙兵、平氏を討って入京。源頼朝、平氏と並び全国を三分したが、後白河法皇と反目し、源義経らの軍に追われ、近江・粟津で戦死。東山区、京都霊山護国神社参道の、東大路東入にある朝日塚がその首塚という。墓は大津市、義仲寺。1154(久寿1)~1184(元暦1)墓は大津市、義仲寺。1154(久寿1)~1184(元暦1)
※霊山護国神社参道から移動されたようですね。

Dsf_9324b Imn_4014a

Dsf_9320a

太子堂(左)と薬師堂

Dsf_9332a

太子堂の聖徳太子様

Imn_4028a

境内だけが公開中なのかと思って塔に上らずに帰る方がおられるようですよ。
秋明菊が可愛かった。

Imn_4035a

つわぶき(石蕗)が咲き乱れ・・・てましたよ。

Imn_3998a

比叡山・延暦寺の釈迦堂の予定でしたが変更です。釈迦堂はまたこんどです。

少しゆっくり更新しています。励ましの応援クリック今日も宜しくお願い致します。
  --------------------------------------------------------------
       是非よろしく→     こちらも → にほん
ブログ村 旅行ブログへ
  --------------------------------------------------------------

前の喫茶店の2階から2階部分。窓が見えます。

Dsf_9347a_2

| | コメント (14)

2008年10月17日 (金)

延暦寺 にない堂

Iml_9804a

今日はまた飛んだところ、比叡山の延暦寺です。(あちこちよく飛びます。)
カテゴリーは一つでまとまっています。見やすいと思います。春に「山王院」「浄土院」と歩いて続きです。浄土院との位置関係は→こちらです
浄土院からあるいて4-5分。綺麗に整備された山道には日本各地からの石灯籠が並びます。

Dse_0998a

右に下がれば椿堂。左はバス停、駐車場。真っ直ぐは「にない堂」

Iml_9768a

椿堂   少し下がったところにある名前からして素敵です。

Iml_9776a

「・・・その1」で延暦寺はまとまっていますので見てください→こちらです

Iml_9789a

市内では桜も終わった頃。比叡山は梅が満開でした。

Dse_1005a

「にない堂」が見えてきました。

Iml_9792a

こちら(右側)が法華堂

Dse_1011a

左が「常行堂」

Dse_1013a

「常行堂」と「法華堂」が廊下で繋がれています。

Dse_1014a

延暦寺の諸堂にはゆかりのお話が書かれています。

Iml_9798a Dse_1019c

「常行堂」と「法華堂」の廊下を潜って・・・明日は釈迦堂です。境内ではお掃除・・・修行でしょうか。質問に気軽に応えてらっしゃいます。

Iml_9811a

いつも励ましの応援クリック有り難うございます。今日も宜しくお願い致します。
  --------------------------------------------------------------
       是非よろしく→     こちらも → にほん
ブログ村 旅行ブログへ
  --------------------------------------------------------------

Iml_9802a

| | コメント (6)

2008年10月16日 (木)

知恩寺 10月 手作り市

Dsf_9143a

10月15日の知恩寺。手作り市はとても良い気温、天気も上々で凄く賑わっていました。百万遍の交差点。京大の角ではいつもの看板に加えて11月祭の看板も出ています。

Dsf_9120a

今出川通りにはツアーバスまで停まってて、歩道へも人が溢れています。。。人が一杯なのが想像できます。

Dsf_9122a

10月の手作り市は、青空の下です。

Dsf_9123a

今日は10月の手作り市で賑わう知恩寺の風景をお届けします。

Dsf_9150a

本堂では大きなお数珠の「数珠巡礼」が行われています。

Dsf_9125a_2

売り手も買い手も若い女性でいっぱいです。

Dsf_9139a

お店の数は500店に近いとか。お客にも出店者にも凄い人気です。

Dsf_9144a

御多福珈琲はいつも人気。コーヒーが苦手な私は見てるだけですが。

Dsf_9152a
お多福コーヒー

Dsf_9131a

※手作り市のカテゴリーがあります。「・・・その1」では→こちらです

Dsf_9160a

私だって1日居ても飽きません。

Dsf_9148a

※第4日曜日には上賀茂神社でも手作り市があります。そちらは敷地が広いからゆったり出来ますよ。

Dsf_9170a

いつも励ましの応援クリック有り難うございます。今日も宜しくお願い致します。
  --------------------------------------------------------------
       是非よろしく→     こちらも → にほん
ブログ村 旅行ブログへ
  --------------------------------------------------------------

毛糸の季節になりましたね。

Dsf_9157a

| | コメント (7)

2008年10月15日 (水)

古知谷 阿弥陀寺の遅い春

Imm_0894a

4月末に大原を訪れたあと、小出石行きのバスに乗りました。古知谷には夏と秋に来たことがありますが、この季節は初めて、石楠花が綺麗でした。

阿弥陀寺 浄土宗鎮西派の寺院。山号は光明山、院号は法国院。
慶長14年(1609)3月、弾誓上人が開山した念仏道場です。開山の弾誓を本尊として祀っているため、「弾誓仏一流本山」とも呼ばれるようになりました。

Dse_2148a

山門は中国風。

Imm_0777a

Imm_0786a

山門から約15~20分ほどの山道です。

Imm_0798a

秋は紅葉が見事な道です。秋の紅葉の阿弥陀寺は→こちらです

Imm_0810a

途中に樹齢約800年の古知谷カエデ(京都市指定天然記念物)があります。寺が開山したときは既に古木であったと伝えられています。大きすぎて写真におさまりません。

 Imm_0833a

この階段を上ると受付があります。

Imm_0840a

右は茶室の瑞雲閣

Imm_0849a

Imm_0963a
m

Dse_2201a

本堂はずいぶん古くて、少し傾いています。

Dse_2205a

ここに来ると、ほとんど誰もいなくて落ち着きます。

Imm_0885a

Imm_0875a

小さな中庭があります。

Imm_0867a

Dse_2189a

慶長18年(1613)5月23日、開山の弾誓は、当寺の本堂脇の巌窟内で「即身仏」となりました。その後、弾誓の遺体が石棺に納められ、本堂の隣にある石廟に安置されました。中央に入口が見えます。

Imm_0871a

小さな境内に出てみます。右が本堂。 

Imm_0946a

五智如来 大日如来の智恵=感覚(眼、耳、鼻、舌、身)を5つの仏に分けたもの。以前は本堂横の目立たないところにいらっしゃいました。

Dse_2223a

帰りに振り返ってビックリ。瑞雲閣がこんな崖っぷちに、というか崖からはみ出して建っていました。怖い茶室です。

Dse_2243a

山門が見えてきました。

Imm_0987a

この後、1時間に1本程度しかないバスを待ち切れず、大原まで歩くことにしました。ずいぶん時間がかかって、ヘトヘトになり大後悔。阿弥陀寺は本当に山奥の寺でした。

いつも励ましの応援クリック有り難うございます。今日も宜しくお願い致します。
  --------------------------------------------------------------
       是非よろしく→     こちらも → にほん
ブログ村 旅行ブログへ
  --------------------------------------------------------------

Imm_0901a            

| | コメント (10)

2008年10月14日 (火)

北白川天神宮 還幸祭2

Imn_3187a

※今日の記事も夫が代わりに更新しています。

昨日は還幸祭(神輿巡幸)の前半をお届けしました。子供白川女の皆さんも加わり、白川通を南に下ります。

Imn_3190a

今出川通との交差点では、先導していた大太鼓と若太鼓が行列を待ち構えます。

Imn_3201a

 Imn_3206a

本神輿がやってきました。

Imn_3214a

追いついた女性神輿と広い交差点を練り歩きます。この後は女性神輿が先を行きます。

Imn_3225a

子供神輿も来ました。

Imn_3235a

今出川通を西に行くと、京大農学部前に後二条天皇陵北白川陵があります。そこでも、途上祭が行われます。

Imn_3284a

再び今出川通を東に戻り、今度は白川口に入ります。大分陽が傾いてきました。ちなみに、先達の布令太鼓は今年から復活したそうです。

Imn_3305a

この道の名前は志賀越え道だそうです(比叡山の太鼓馬鹿さんありがとう)。荒神口から東北に伸びて、東一条から京都大学で遮られますが、今出川通を斜めに横切り、白川口から北白川神社を通り山中越に続きます。ここまでくると神社はもう少しです。

Imn_3340a

ここで巡幸が立ち止まり、布令太鼓と

Imn_3349a

大太鼓が鳴り響きます。途切れることなく素早く叩き手が交代します。

Imn_3357a

この道の途中まで提灯が迎えに来ます。

Imn_3409a

神社に帰ってから、白川太鼓が打ち鳴らされます(お迎え太鼓)。

Imn_3433a

Imn_3443a

その後、御神霊が乗った神輿に先立って、太鼓が山上の本殿に至る階段を上ります。

Imn_3482a

長い綱を階段に渡し、本神輿につけます。太鼓の子供達が小さな提灯をもって、宮入する神輿の前をチャトコイ、チャトコイとはやしながら先導します(「チャトコイ」とは、さっさと来いという意味だそうです)。これも今年復活したものだそうで、頑張ってね!

Imn_3509a

祭りの参加者や見物人が協力して、神輿を引っ張り上げます。

Imn_3521a

上って来ました。

Imn_3536a

山上の拝殿前で、ひとしきり神輿を回します。

Imn_3563a

拝殿に置かれた神輿に宮司が祝詞をあげ、その後全ての灯りを消した中で御神霊を本殿に戻します。まるで空気にふれてはいけないかのように(ご老体の)宮司が本殿に駆け込み、その間若い神官は異様な声をあげます。予期せぬ展開に写真を撮る間もありませんでした。

Imn_3575a

その後、神輿が山を下ります。これも一苦労です。
都ができてからの優雅なものが多い京都の祭りのなかで、北白川天神宮の秋季大祭は古来の祭りや生活様式を継承しているといわれています。氏子だけでなくこの地域の住民の皆さんの熱気が感じられます。

Imn_3587a

また、物やしきたりではなく、白川太鼓のような(形のない)技術を伝えるためには、長い時間と努力が必要なはずです。子供たちがけなげに叩く、小気味よい太鼓の音がいつまでも耳に残っています。

昨夜、旅行から帰って来たりせです。
せっかくの連休に二日連続で撮影に出かけて記事を更新した夫に感謝しています。

いつも励ましの応援クリック有り難うございます。今日も宜しくお願い致します。
  --------------------------------------------------------------
       是非よろしく→     こちらも → にほん
ブログ村 旅行ブログへ
  --------------------------------------------------------------

御旅所に戻ってきてからも、神輿がなかなか蔵に入ってくれません。神輿庫にいるものと担ぎ手の綱引きが何回も繰り返され、まるでいつまでも祭りの終わりを惜しむようでした。これは、「あとじょい」と呼ばれるそうです。

Imn_3596a                     

| | コメント (9)

2008年10月13日 (月)

北白川天神宮 還幸祭1

Imn_2690a

昨日は北白川天神宮の還幸祭が行われました。山から下りて御旅所に滞在されている御神霊が氏子地域を神輿に乗って渡御されるのです。出発時刻が近づくと子供たちが集まって来ました。手前にある綱は、後でこの祭りの重要な役割を演じます。
子供神輿の皆さん、神妙に神官のお祓いを受けます。

Imn_2720a

萬世橋の前で、大人たちもお祓いを受けます。

Imn_2762a

注連縄切りで巡幸が始まります。

Imn_2817a

巡幸列の順番は、布令太鼓、鉾、鉾老分、神官の次に、上の写真の大太鼓

Imn_2843a

その後に、本神輿

Imn_2852a

女性神輿

Imn_2865a

そして、子供神輿の前を行く若太鼓です。その後は、子供白川女、宮司、神社役員、車ということです。上の写真にないものは、後で登場するかも知れません。行列は、神社前の道を北に乗願院まで行き、そこから御影通を西に行きます。

Imn_2874a

さっそく白川女ちゃん、発見! でもまだ行列には加わりません。

Imn_2903a

御影通から白川疎水沿いの道を北へ行きます。

Imn_2917a

その交差点(小倉町)で、先頭を行く布令太鼓がパフォーマンスを行います。

Imn_2969a

Imn_2974a

子供神輿です。

Imn_2981a

伊織町で地元の氏子の方を交えて、途上祭が行われます。

Imn_3027a

東鞍馬口通を再び東に向かいます。手前は剣鉾ですが、ずいぶん長くて電線があるところは寝せて運びます。

Imn_3078a

行列の最後の宮司さんは人力車に乗って回ります。

Imn_3115a

次は、白川通を南に下ります。立てた剣鉾を独特の足どりで運び、上につけてある鈴を小気味よく鳴らします。

Imn_3124a

威勢の良い御輿がやって来ました。

Imn_3129a

女性御輿もやって来ました。神輿は結構重そうで、時々台車に載せて運んでいました。でも、この通りではご覧のとおり頑張ります。

Imn_3131a

子供たちは元気がよく、担ぎっぱなしです。

Imn_3133a

白川通の途中から合流する子供白川女のみなさんが、行列を待っています。カワユイ!

Imn_3144a

この後行列は、最大の見せ場の今出川通との交差点から西に向かいます。そして神社に戻った後・・・、明日の記事に続きます。

※ 今日の記事も夫が代わりに更新です。コメントの返事は夜までお待ちください。

いつも励ましの応援クリック有り難うございます。今日も宜しくお願い致します。
  --------------------------------------------------------------
       是非よろしく→     こちらも → にほん
ブログ村 旅行ブログへ
  --------------------------------------------------------------

Imn_2964a

| | コメント (6)

2008年10月12日 (日)

北白川天神宮 宵宮

Imn_2617a

10月12日は北白川天神宮の秋季大祭を締めくくる還幸祭の日です。今日は、その前日の昨晩行われた宵宮の様子をお届けします。 10月5日の神幸祭早朝に行われた高盛献饌の儀の後の直会の儀が終わると、昔は神輿渡御という儀式が行われていたそうです。

Imn_2456a

それは、御旅所を出た神輿を山上の拝殿に据え、本殿から御神霊を神輿に奉載し、山を降りて氏子区内を巡幸して御旅所に奉安する儀式です。現在では神幸祭での神輿渡御はなく、御羽車によって「御神霊遷し」が行なわれて御旅所に奉安するとのことです。ちなみち、御旅所は天神宮と道を隔てたところにあります。

Imn_2458a

神幸祭から還幸祭まで神様が御旅所に滞在されるので、氏子たちが交代でお守りをして、還幸祭の前夜に万燈会を奉納するのです。中に神輿が見えます。

Imn_2459a

神社の方に行くと、夜店が出ていました。

Imn_2471a

こじんまりしていて、田舎のお祭りの雰囲気です。

Imn_2485a

長生殿 先日は雨のためここで高盛献饌の儀がおこなわれました。

Imn_2489a

夕方から宵宮前布令太鼓披露に白川各地をまわっていた白川太鼓の皆さんが帰ってきました。子供たちが中心です。

Imn_2532a

神社のすぐ近くにある「鉾仲間」(代々神事祭礼の運営奉仕をする家)の壱之鉾の前で太鼓をたたきます。

Imn_2542a

そして、見事な口上を。

Imn_2547a

歩きながらも叩くのですね。

Imn_2568a

これから、鳥居の前にある萬世橋で子供たちが太鼓を披露します。

Imn_2586a

カッコいい!

Imn_2602a

小さい子供たちも、全員が交代で叩きます。

Imn_2613a

ずいぶん練習したのでしょう、見事なものでした。            

Imn_2623a

こちらの子供たちは、かなり馴れたものです。

Imn_2648a
m

Imn_2642a

※ 今日は夫が代わりに更新です。コメントの返事は13日の夜までお待ちください。

いつも励ましの応援クリック有り難うございます。今日も宜しくお願い致します。
  --------------------------------------------------------------
       是非よろしく→     こちらも → にほん
ブログ村 旅行ブログへ
  --------------------------------------------------------------

Imn_2497a 

| | コメント (6)

2008年10月11日 (土)

宇治 縣(あがた)神社

Imm_7568a

縣(あがた)神社 県神社
平等院の南門から西100メートルほどのところに縣神社はあります。
祭神は「木花開耶姫命(このはなさくやひめ)」、古代に地域の守護神として創建されたと伝えられています。

Imm_7579a

また平等院の鬼門にあたることから、平等院が建立されたときにその鎮守社にされたといわれています。

Imm_7588a

境内に入って左手にある県井戸は、「都人 きてもをらなむ 蛙なく あがたのゐどの 山吹の花」(後撰集)など、古くから歌枕として和歌の中に登場しています。

Dsf_0146a

※拡大して読んでくださいね。

Dsf_0132a

Dsf_0149a

Dsf_0142a

また、近世に入ってから盛大になった「県祭」は、毎年6月5日の深夜から6日の未明にかけて祭礼が行われます。お神興が通る間は沿道の明かりが消されて真っ暗闇になるので、「暗夜の奇祭」として知られています。 (以上説明は”源氏ロマン京都・宇治

Imm_7583a

これが縣祭に使われるのでしょうか? 県祭

Imm_7602a

しめ縄の巻かれた大きな木。

Imm_7577a

この日は「手作り市」の日でした。

Dsf_0167a

社務所

Imm_7597a
m

Imm_7563a

※ 今日もタイマー更新しております。コメントの返事は13日の夜までお待ちください。

いつも励ましの応援クリック有り難うございます。今日も宜しくお願い致します。
  --------------------------------------------------------------
       是非よろしく→     こちらも → にほん
ブログ村 旅行ブログへ
  --------------------------------------------------------------

Imm_7595b

| | コメント (2)

2008年10月10日 (金)

鞍馬口 上善寺

Imn_1641a

閑臥庵を出て、東に向かって直ぐの所の「上善寺」を訪れました。

上善寺 (じょうぜんじ) 
千松山遍照院(せんしょうざんへんしょういん)と号する浄土宗の寺院である。
貞観5年(863)、僧円仁により、天台密教の道場として千本今出川に創建されたと伝えられている。その後、文明年間(1469~87)に、春谷盛信によって再興され、後柏原天皇の勅願寺として栄え、文禄3年(1594)、寺域を現在の地に移し、浄土宗に改められた。

Imn_1640a

地蔵堂に安置する地蔵菩薩は、平安時代の初め、小野篁が一度息絶えて冥土へ行き、生身の地蔵尊を拝して蘇った後、一木から刻んだ六体の地蔵の一つと伝えられ、「鞍馬口地蔵」、「深泥池(みぞろがいけ)地蔵」、「姉子の地蔵」などの愛称で親しまれている。
この地蔵は、当初、小幡の里に祀(まつ)られていたが、保元年間(1156~59)に、洛北の深泥池のほとりに祀られ、更に当寺に移されたものといわれています。

Imn_1643a

皆が撫でるのでしょうか、お顔がかなりツルツルでした。

Imn_1642a

石仏がたくさん置かれています。

Imn_1644a

上善寺、閑臥庵のあるあたりは「鞍馬口」といいます。
鞍馬口 (くらまぐち)   
北区鞍馬口町として名が現在残る京の七口の一つ。鴨川の出雲路橋西の鞍馬口通付近を称し、出雲口とも。
京都から鞍馬街道(丹波街道)の入口にあたりこの名がある。南北朝期から、ここに関を設け通過する荘園年貢・商品・通行人から関銭を徴収した。

Imn_1645a

毎年8月22・23日の京都六地蔵巡りには、多くの参拝者で賑うそうです。

Imn_1648a

Imn_1656a

※今日もタイマー更新しております。13日の夜までコメントへの返事ができませんのであしからず。

いつも励ましの応援クリック有り難うございます。今日も宜しくお願い致します。
  --------------------------------------------------------------
       是非よろしく→     こちらも → にほん
ブログ村 旅行ブログへ
  --------------------------------------------------------------

スゴイ雨になって・・・退散です。

Imn_1654a

| | コメント (4)

2008年10月 9日 (木)

閑臥庵の庭園

Dsf_7718a

閑臥庵のお庭です。こじんまりしていますが見ごたえがあります。
閑臥庵の参道横に「京普茶料理 閑臥庵」があります。お庭は本堂の横から入れますが、見るのは普茶料理の広い窓から見るようになってます。

Dsf_7697a

参道の両側も緑がいっぱい。

Dsf_7699a

赤い毛氈が可愛いです。

Dsf_7713a

お部屋の縁先から・・・砂紋が大きくて・・・これも波を表しているのですね。

Imn_1546a

緑と白砂、そして緋毛氈・・・意図の対比が良いですね。

Dsf_7675a

Dsf_7683a

Dsf_7676a

Dsf_7681a

本堂横から・・・入って見せていただきます。

Dsf_7775a

Dsf_7715a

あちらは玄関から外に出て、、、本堂横のお部屋です。

Imn_1501a

閑臥庵の庭園はいかがでしたか?・・・今日はタイマー更新しています。
コメントのお返事は13日の夜に帰ってからさせていただきます。

いつも励ましの応援クリック有り難うございます。今日も宜しくお願い致します。
  --------------------------------------------------------------
       是非よろしく→     こちらも → にほん
ブログ村 旅行ブログへ
  --------------------------------------------------------------

チベットの僧侶の方々が作られたそうです。軒下においてありました。可愛い。。。何なのか聞きそびれました。

Imn_1625a

| | コメント (4)

2008年10月 8日 (水)

京・普茶料理 閑臥庵

Imn_1558a

今日は閑臥庵の「京・普茶料理」の紹介です。

普茶料理(ふちゃりょうり)  (Wikipediaより抜粋)
江戸時代初期(約300年前)に明の衰亡に伴い中国から禅宗の一つである黄檗宗(おうばくしゅう)が伝来する。
彼らが持ち込んだ当時の中国式の精進料理(いわゆる素菜)が、普茶料理である
一つの長方形の座卓を4人で囲み、一品ずつの大皿料理を分け合って食べるという様式が非常に珍しがられた。
炒めや揚げといった中国風の調理技術には胡麻油が用いられ、日本では未発達であった油脂利用を広めた。「普茶」とは「茶を普く」という意味であり、煎茶普及の一翼を担った。
黄檗宗の開祖・隠元ゆかりの萬福寺らの黄檗系寺院をはじめ、興福寺がある長崎市には、普茶料理が食べられる寺院や飲食店がある。

Dsf_7737a

普茶料理は中国風の精進料理で、油を巧に使うのが特徴で薬膳料理と通じるものがあり、材料からしても非常に健康的でこれを食し続けた黄檗の高僧はおしなべて長生きだったといわれています。(京普茶・閑臥庵の栞より)

後水尾法皇御宸筆の額「閑臥庵」 法皇が好まれた300年の伝統の普茶料理。

Imn_1510a

元来普茶料理は4人が一卓で対座、大きなお皿から各自がお皿にとっていただくものですが、ここは「京普茶」というだけあって趣向がこらされており一品ずつ運ばれるものもあります。綺麗でしょう・・・どれも食べるのが勿体ない。

Imn_1509a

各一品ずついただきました。ガラスの器に運ばれてきたものは・・・忘れました。。懐石料理みたいでしょ。

Imn_1515a

お花も揚げ物に・・・。左はカラシ和えと胡麻和えを取り分けました。

Imn_1516a

こちらは4人で取り分けます。

Imn_1518a

胡麻豆腐

Imn_1522a

これも忘れました、湯葉だったか?・・・行ったのは9月21日です。

Imn_1525a

お菓子のように甘い・・・イガ栗もどき。

Imn_1528a

酢の物(酸菜)

Imn_1533a

澄子(すめ)・・・汁物です、ご飯とお漬物が付きます。

Imn_1539a

お抹茶とお菓子、そして水物が付きました。

Imn_1553a

おいくらですかって?? よくわからないのですよ。普茶料理に閑臥庵の砂曼荼羅の見学が付いて8000円でした。かなり安かったみたいです。
食事が終わった後です。明日はお庭の紹介です。

Dsf_7732a

本日より13日まで留守にいたします。私一人がちょっと息抜きです。コメントはお待ちしております・・・が、お返事が13日夜まで出来ません。スミマセン。m(_ _)m

数日前より頑張って留守中の記事も作りました。
自動更新しておきますので見てくださいね。ランキングの応援クリックも宜しくお願い致します。m(_ _)m

Imn_1542a

※京普茶料理 閑臥庵(2名より要予約)・・・℡ 075-256-2480 (年中無休)
  お膳は5250円~15750円 (団体コースもあり)。普茶弁当 3150円

※閑臥庵の砂曼荼羅(前日の記事)のあわせて御覧下さいね。

いつも励ましの応援クリック有り難うございます。留守中も宜しくお願い致します。
  --------------------------------------------------------------
       是非よろしく→     こちらも → にほん
ブログ村 旅行ブログへ
  --------------------------------------------------------------

左甚五郎作の衝立の足です。

Dsf_7742a

| | コメント (7)

2008年10月 7日 (火)

閑臥庵 砂曼荼羅

Dsf_7755a

烏丸通鞍馬口を東に入ったところの閑臥庵(黄檗宗)で今一般公開している「砂曼荼羅」を見せていただきました。場所はここ 北区烏丸通鞍馬口東入新御霊口町

閑臥庵 ( かんがあん )  山号を瑞芝山という黄檗宗( 曹洞宗・臨済宗と並ぶ日本三禅宗のひとつ )の禅寺です。初代隠元禅師から六代目の黄檗山・萬福寺 管長千呆禅師が開山されました。
宇治にある黄檗山・萬福寺は好きなお寺。→こちらを見てください。

Imn_1482a

もとは梶井常修院の宮の院邸であったが、江戸時代前期に後水尾法皇が、夢枕に立った父・後陽成天皇のお告げにより、王城鎮護 のために陰陽師・安倍晴明が開眼した「北辰鎮宅霊符神」を貴船からこの地に移し、閑臥庵を開山しました。

Imn_1478a

閑臥庵に祀られている北辰鎮宅霊符神 (ちんたくれいふしん)は十干十二支九星を司る総守護神で陰陽道の最高神 で、北辰 (北極星・北斗七星)の神です。

Imn_1485a

その鎮宅霊符神は平安中期、方除・厄除の霊神として、うしとら(東北)にあたる貴船に祀ったもので円融天皇が安倍晴明に付託開眼させたと伝えられる金銅像で高さ四尺五寸の神様です。

Imn_1636a

鎮宅堂の横には北の守り神「玄武」が架かってました。

Imn_1495a

味のある狛犬さんです。

Imn_1488a Imn_1489a

御所の祈願所として法皇自ら「閑臥庵」と命名し、御宸筆の額を寄せて勅号としたほか、法皇は、春に、秋に、和歌を詠んで庭を愛でたといわれ、秋の句・・・
「明けぬとて 野辺より山に入る鹿のあとふきおくる 萩のした風」
など、御宸翰(しんかん)その他が今も伝えられている。

Imn_1499a

Dsf_7707a

今、チベットの高僧によって描かれた「砂曼荼羅」が公開されています。
砂曼荼羅は2つ作られたそうです。1つは法要の為のもので、法要後に直ぐ壊されたそうです。こちらは残された大きい方(公開用ですね)。

Imn_1607a

台に簡単な丸と四角を描いただけで、後は直接数種類の色砂を置いていかれたそうです。頭の中に完成図はあるのでしょうね。2人で1週間かけられました。

Imn_1591c

絵はやがて風や振動で崩れてしまうそうです。だからここでは直ぐに崩されたのですね。

Imn_1602a

拡大して読んで下さいね。(他にも説明があったのですが撮り忘れました)

     Dsf_7758a

天井には雲竜です。

Imn_1577a

玉座

Imn_1580a

Imn_1585a

11月30日まで特別公開されています。お抹茶、お菓子付きで拝観料(2500円)。本堂の横のこのお部屋で玉座を前にしていただくのかしら。閑臥庵のHPです

Imn_1587a

私は「普茶料理 (中国伝来の精進料理)をいただいた後に見学する」・・・という催しに参加して見せていただきました。明日はその「普茶料理」と、ダイナミックな砂紋の美しい庭園を紹介します。

いつも励ましの応援クリック有り難うございます。今日も宜しくお願い致します。
  --------------------------------------------------------------
       是非よろしく→     こちらも → にほん
ブログ村 旅行ブログへ
  --------------------------------------------------------------

Dsf_7759a

| | コメント (8)

2008年10月 6日 (月)

北白川天神宮 高盛献饌の儀

Imn_2179a

昨年「北白川天神宮の秋祭」を記事にしたご縁で、白川太鼓の方から「高盛献饌の儀で白川街道を北白川天神宮にむけて太鼓を叩いてあがります」。と連絡が入りました。残念ながら雨の為、儀式は境内にある長生殿で行われ白川太鼓も聞けませんでしたが。。。。。

北白川高盛献饌の儀 北白川高盛御供(きたしらかわたかもりごく)
昨日(5日・・・毎年10月第1日曜日)の早朝、北白川天神宮に高く盛りつけた立体的な神饌(しんせん)を朝御飯として神前にお供えする儀式がありました。
この日から1週間続く北白川天神宮の秋の大祭の初めの儀式です。

Imn_2143a

神饌は小芋、大根なます、きざみ鯣(するめ)をそれぞれ円錐形に高く盛ったもの、炊き上がりの白飯を臼の型にはめ込み太い注連縄で縛った盛相(もっそう)と呼ばれるもの、さらに白豆腐の上に神箸や開いた干物の飛魚やシイラ、柿や青豆などです。

Imn_2201a

これらは前日4日の夜から袴姿の白川の男衆の手で徹夜でつくられたものです。
例年は、早朝に黒木綿の着物に紅の三幅前垂を腰に巻き白足袋を着けた白川女が神饌を頭上に載せて北白川天神宮まで行列します。

Imn_2180a

昨日はあいにくの雨で、部屋の向こうからこちらまで運びます。

Imn_2202a

高盛を、氏子から神官に献上します。

Imn_2213a

そして、神前にお供えします。

Imn_2217a

見事に円錐形に盛られています。

Imn_2218a
M

Imn_2221a

最後に、参列者の代表が玉串を奉納します。

Imn_2277a

宮司さんは面白い方で、白川女に歩き方のコーチをしていました。

Imn_2282a

中央の供物は、小芋、大根なます、きざみ鯣の高盛、左右にも小型のものがあります。左にあるのは鏡餅ではなく、盛相(もっそう)。

Imn_2286a

柿や青豆などは参列者に配るために既に下げられています。

Imn_2283a

この後、「直会(なおらい)の儀」が行われました。因みに、「直会」とは神祭りの終了後神饌や神酒の下ろしものを参加者が分かち飲食する行事とのことです。

Imn_2304a

気さくな宮司さんに誘われて参加させていただくことになり、お酒、白飯にするめとなます、豆腐と小芋が入った味噌汁をいただきました。

Imn_2316a

最後に、お土産までいただきました。薯蕷(上用)饅頭と先ほどの柿、枝豆、栗。ありがとうございました。

Imn_2324a

北白川の地域は、京都では最も古くから集落ができたところです。高盛供養は、白川女や白川太鼓とともに、都ができる以前の古い時代の生活や祭りを引き継いでいるといわれています。このような文化をいつまでも継承して欲しいものですね。

Imn_2347a

※剣鉾を先頭に、勇壮な男神輿と女神輿が出る北白川天神宮の秋祭は10月12日。
白川太鼓も聞けます。こちらも女性が大活躍です。去年の記事はこちらです。可愛い白川女ちゃんの行列もあります。

Imn_2343a
0

Imn_2339a

今週・来週あたりは、秋祭りが各神社で催されます。

いつも励ましの応援クリック有り難うございます。今日も宜しくお願い致します。
  --------------------------------------------------------------
       是非よろしく→     こちらも → にほん
ブログ村 旅行ブログへ
  --------------------------------------------------------------

Dsf_8277a

| | コメント (6)

2008年10月 5日 (日)

西園寺

Imn_1464a

西園寺家の家名となったお寺です。

西園寺は上御霊神社の近くにあります。先日紹介の「比叡山の額縁門の天寧寺」の南隣です。
早朝から今日は出かける用事があって、今日は写真の少ないところです。

Dsf_6001a

西園寺  宝樹山竹林院と号する浄土宗の寺です。
元仁元年(1224)、藤原公経(きんつね)が、衣笠山の麓に、山を背にして苑池を造り、その池畔に、本堂、寝殿など壮麗な堂宇を建てて、「西園寺」と称したのがこの寺の起りであす。
以来この寺名が子孫の家名となり、当寺も西園寺の北山山荘として子孫に領有された。

しかし、足利義満が、北山殿(金閣寺)を営むに当ってその地を所望したため、室町(上京区)に移り、さらに天正18年(1590)この地に移転した。(上京区寺町鞍馬口下る高徳寺町)

Dsf_6002a

現在の本堂は、天明の大火(1788)後の再建で、正面には、明治・大正・昭和の三時代に亘って政界で活躍した西園寺公望(きんもち)の筆による寺号の額を掲げている。
また、堂内には恵心僧都(えしんそうず)作と伝える本尊阿弥陀如来像(重文)を祀り、地蔵堂には、旧地の北山にあった功徳蔵院の遺仏と伝える地蔵菩薩像を安置している。

Imn_1457a_2

Dsf_6003a

Imn_1462a

戦時中の金属類の供出で、溶かされる直前に終戦になり、戻された鐘です。写真では4つ穴が見えますが、これは成分を調べる為にあけられた穴dす。

Imn_1454a

いつも励ましの応援クリック有り難うございます。今日も宜しくお願い致します。
  --------------------------------------------------------------
       是非よろしく→     こちらも → にほん
ブログ村 旅行ブログへ
  --------------------------------------------------------------

Dsf_6000a

続きを読む "西園寺"

| | コメント (4)

2008年10月 4日 (土)

高野川 鳥 花 比叡山

Dsf_8205a_2

高野川に架かる北大路橋からは「法」の字が大きく正面に見えます。高野川の右岸の河原を上がって行きました。

Dsf_8269a

北大路橋から下流に積もった土砂に生えていた雑草は、刈り取られていました。。。。。あの綺麗だったコスモスはどうなったの? まさか~・・・。(確認に行かなくては!!)
去年の河原のコスモスの記事は→こちらです

Dsf_8159a

出町柳から続く桜並木は北大路橋から上の桜は少し小さくなります。

Dsf_8256a

僅かに残っている彼岸花にアゲハチョウが。

Dsf_8160a

Dsf_8199a

Dsf_8240a

比叡山が近いです。

Dsf_8174a

アオサギが2羽・・・

Dsf_8252a_2

遠かったのでハッキリしてませんが。楽しそう。

Dsf_8251a

近くにある京都工芸繊維大学の学生さんでしょうか、楽器の練習です。

Dsf_8183a

無理のある角度から、玉簾(たますだれ)

Dsf_8171a

ここは魚が集まるのでしょうね。白鷺はよくここにいます

Dsf_8231a

Dsf_8209a 

今日はここまで、帰りは上の道を帰って来ました。

Dsf_8228a

しばらくは天気が続きそうで、秋の行楽日和です。

いつも励ましの応援クリック有り難うございます。今日も宜しくお願い致します。
  --------------------------------------------------------------
       是非よろしく→     こちらも → にほん
ブログ村 旅行ブログへ
  --------------------------------------------------------------

10月の青空に向かって・・・。

Dsf_8196a

| | コメント (4)

2008年10月 3日 (金)

天寧寺 比叡山の「額縁門」

Dsf_6064a

天寧寺 (てんねいじ)  山号 萬松山(ばんしょうざん) 曹洞宗。
もとは会津城下にあったが、天正年間(1573~1592)に、天台宗松陰坊の遺跡といわれるこの地に移転されたと伝えられています。
その後、天明の大火により堂宇を焼失したが、本堂は文化9年(1812)に、書院は天保14年(1842)に再建されました。

額縁に入った風景画を見るように 比叡山が見えることは知っていたのですが・・・見た瞬間ズバリそのままに風景画。ちょっと感激しました。

Dsf_6068a

本堂には、仏師春日作と伝える本尊釈迦如来像を、観音堂には後水尾天皇の念持仏聖観音像及び東福門院の念持仏薬師如来像を安置しています。
境内墓地には、江戸時代の茶人として有名な金森宗和、剣道示現流の開祖といわれる善吉和尚(ぜんきつおしょう)らの墓がある。また、山門を通して眺める比叡の秀峰は、あたかも額縁に入れたように見えるところから、山門は「額縁門」と呼ばれて親しまれている。北区寺町通鞍馬口下る天寧寺門前町  (京都市駒札)

Dsf_6061a

行ったのは9月10日、さるすべり(百日紅)の花が残ってました。

Dsf_6013a

Dsf_6012a

あのニワトリはナンなのか?  分らないままです。

Dsf_6017a

Dsf_6025a

鐘楼

Dsf_6036a

わらべ地蔵さん。 

Dsf_6042a

Dsf_6035a

Dsf_6053a

昨日今日、とっても爽やかな秋の日ですね。
昨日は高野川の北大路橋から上流の河原をサイクリング。比叡山がグッと近づきます。今日は所要で伏見に参ります。また、酒蔵、柳の濠川になると思います。

Dsf_6054a

Dsf_6041a

門を入ったところに・・・稲荷大神。

Dsf_6020a

秋明菊、蕾がいっぱい。

Dsf_6051a

「額縁門」が3枚目ですが、「遠、中、近」、この位置からも入れておかないと。

Dsf_6062a

同じ位置の河原から見た比叡山です、額縁が無いと伸び伸び・・・とも感じます。

Dsf_6075a

応援クリック有り難うございます。毎日更新の励みになります。今日も宜しく。
  --------------------------------------------------------------
       是非よろしく→     こちらも → にほん
ブログ村 旅行ブログへ
  --------------------------------------------------------------

天寧寺の周りの白い塀、とても素敵な風景だったので撮りました。

Dsf_6007a

| | コメント (8)

2008年10月 2日 (木)

真如堂 秋のたより

Imn_2016a

真如堂(真正極楽寺)。紅葉の頃にはツアーバスが押し寄せます。

普段は閑散としていますが・いつも季節の花が心和ませてくれます。
今日は紅葉の速報もあります。

ムクゲは終りかけでした。

Imn_1965a

紅葉の季節に開く茶店には・・・猫が。 朝顔が綺麗なこと。

Dsf_8017a

絶対親子ですよね。

Dsf_8009a

これ朝顔でしょ。 もう10月、長く咲くものなのですね。

Imn_2109a

夏と秋とが・・・

Imn_2105a

この萩は豪華です。

Imn_2017a

先に花がかたまってついています。

Imn_2104a

紅葉ですが・・・。いかがですか? 色づきかけているでしょ。

Imn_1971a

もうじき三重塔は真っ赤な紅葉で囲まれます。

Dsf_8008a

アレッここ変ってます、、、白い砂利が敷き詰められていました。

Dsf_8033a

この萩は見慣れたいつもの赤い花です。

Imn_2038a

ひと足早い真如堂の紅葉は→こちらで楽しんでください。

Dsf_8042a

彼岸花もまだ咲いています。

Imn_2089a

すすきだって。

Imn_2075a

もみじですが・・・池の周りが嬉しい色づきです。

Dsf_8075a

Imn_2066a

※真如堂のカテゴリーは 5 哲学の道 京大界隈 真如堂の四季 で独立してます。何度も訪れていますので写真がいっぱいです。お寺の説明も。

本堂横及び後ろの紅葉はいつも遅くて全く緑のままです。

応援クリック有り難うございます。毎日更新の励みになります。今日も宜しく。
  --------------------------------------------------------------
       是非よろしく→     こちらも → にほん
ブログ村 旅行ブログへ
  --------------------------------------------------------------

Dsf_8077a

| | コメント (12)

2008年10月 1日 (水)

迎称寺 萩と土塀と・・・

Imn_1882b

真如堂の前の道を北側すぐの所、突き当たりにある「迎称寺」です。

迎称寺の東側の赤茶けた土塀は壊されることなく保存されているって聞きました。

萩の季節、朽ちた土塀をバックに写真を撮りに来る人が多いからとか。。。

Dsf_7922a

白い萩は満開、早く咲きだすようです。

赤い萩は未だ3ー4分咲きという感じでした。(9月27日撮影)

Dsf_7920b

Dsf_7945a

Dsf_7931b

今の土塀の状態・・・遠くから1枚で撮れば良いのに、2枚になってます。

Imn_1881a

実はこの塀の真ん前に電柱がドッかと立っているのです。そしてご丁寧に引っ張る線まで。。。ついつい見たくないものは写らない様に撮ってしまってます。。。

Imn_1880a

この斜めの黄色い線、そして太い電柱が真ん前に。
電柱は最近全く同じ場所に建て代わったそうです。・・・折角土塀を残してくださってるのに。無粋というか勿体ない風景です。

Dsf_7953a

現在は上のように土は落ちて中の竹組みが顕わになっている部分があります。

4年前(2004年)、HPを作った時に行った頃はどうだったのだろうか?・・・気になったので。。。探しました。
◆↓これは2004年撮影です、、、土壁は途中崩れ落ちずに続いています。これから先どうなるのでしょうか?

    Dsc10353a

南側正面の門です。

Imn_1874a

「洛東九番 萩の霊場 迎稱寺」。地図などには「迎称寺」の字が使われています。

Imn_1904a

Imn_1891a

南側の正面の土塀は直されてます。昔のままの保存が出来なかったのでしょうね。

Imn_1878a

萩の花は小さいから・・・色が目立ちませんね。

Imn_1879a

新しくなった塀も上塗りはされていないようで、生地のまま、趣があります。

Dsf_7962a

次は紅葉で有名な真如堂です、池の周りの数本に僅かな色づきが見えました。

いつも励ましの応援クリック有り難うございます。今日も宜しくお願い致します。
  --------------------------------------------------------------
       是非よろしく→     こちらも → にほん
ブログ村 旅行ブログへ
  --------------------------------------------------------------

Imn_1886a

| | コメント (6)

« 2008年9月 | トップページ | 2008年11月 »