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2008年5月17日 (土)

新緑の葵祭 下鴨神社から上賀茂神社

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葵祭の「路頭の儀」
御所を出発した行列はお昼に下鴨神社に到着しました。糺の森を行く葵祭の行列をお届けします。
青空の御所と違って緑の中を進む平安貴族の行進を木々の間を通して見ると、ふと時代を錯覚させる不思議さを覚えます。

牛車の華やかさは目にも鮮やか。ゴトゴト、ギーギー言わせながらゆっくりゆっくり。後から続く替え牛の鳴き声がより一層いにしえを感じさせます。
最初に来る牛車は藤の花で飾られています。

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炎天下の行進、お疲れ様でした。

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斎王代さんです。

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最後に、桜の花を飾った牛車が通ってお終いになります。

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下鴨神社で「社頭の儀」が催され、2時20分ころ上賀茂神社に向けて出発です。

賀茂川沿いの加茂街道を行く行列を対岸から見たものです。

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この日行列の沿道に集まった人は3万人。バスツアーで各地から見に来られた方も多く、沿道が埋め尽くされていました。「北大路通、加茂街道はゆっくり見れる」と思ってたのですが、今や過去の事のよう。 パトカー、騎馬警官先導のもとやって来ました。

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紋付き袴姿のワンちゃんもお待ちかねですよ。馬を見てビックリ。

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この真っ白で太めで逞しい足のお馬さん、スリムで精悍な感じのお馬さんが多い中、異色でとても可愛かったのです。後ろは比叡山です。

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馬使いの人に甘えている風もありました。馬具を着けるのも大変でしょうね。

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御園橋を渡って上賀茂神社に入ります。草だらけ、川の流れは何処に行ったの?。

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行列の直ぐ後には観客が続いて着いて行きます。

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上賀茂神社での「社頭の儀」です。厳かに笛の音が流れます。

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社頭の儀の間、警護しています。

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こちらはのんびりです。

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牛車を曳いていた牛童の子供たち。大役を終えて・・・・お疲れ様。

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2008年の葵祭はこれでお終いです。

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上賀茂神社では・・・葵祭に参加なのか背中に刀を差したワンちゃん。ンッ!忍者犬か? 走る姿が可愛かった。白に紺色・・・似合ってるね~♪

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2008年5月16日 (金)

青空の葵祭 路頭の儀 御所

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15日、青空の下で京都三大祭りの一つ「葵祭」が行われました。
「葵祭」は上賀茂神社、下鴨神社の例祭で正式には「賀茂祭」といいます。「源氏物語」では、車争いの場面が有名で、起源は1400年前にさかのぼります。

平安貴族の衣装をまとった500人もの行列が、10時30分に京都御所・建礼門前を出発。堺町御門から市中に出て、下鴨神社でお昼の休憩をとってから上賀茂神社までの8キロを進みました。この行列を「路頭の儀」といい、葵祭の最大のイベントです。
堺町御門を出る前で撮影しました。(脚立は重宝するわぁ)
行列は、「本列」と「斎王代列」に大別され、「本列」は勅使を中心にした列、「斎王代列」は女人列といわれ斎王代を中心にした列です。行進の順番に並べました。

【本列】
◆肝煎(きもいり)狩衣姿で行列の一番前を行く。催方(もよおしかた)ともいう。

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◆乗尻(のりじり)
行列を先導する騎馬隊で、左右各3騎。上賀茂の競べ馬の騎手である。古くは六衛府の衛士(えじ)がこれに当たったという。

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◆検非違使志(けびいしのさかん)
検非違使庁の役人で、警察司法の担当者。六位の武官。この日は舎人(とねり)の引く馬に騎乗し、看督長(かどのおさ)、火長(かちょう)、如木(にょぼく)、白丁(はくちょう)など下役を率いて行列の警備にあたる。 

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◆検非違使尉(けびいしのじょう)
検非違使庁の役人で、5位の判官。志の上役で行列の警備の最高責任者である。舎人の引く馬に乗る。  また、志、尉ともそれぞれ調度掛(ちょうどがけ)に弓矢を持たせ、鉾持(ほこもち)に鎖を持たせて武装している。

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◆山城使(やましろつかい)
山城介で山城国司の次官、五位の文官である。賀茂の両社とも洛外になるので、山城の国司の管轄区域になるため督護の任につく。舎人が馬の口を取り、前後に馬副がつく。あとに手振、童、雑色、取物舎人(とりものとねり)、白丁など従者が山城使の所用品を携えてゆく。

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◆御幣櫃(ごへいびつ)
賀茂両社の神前に供える御幣物を納めた櫃で、下社二座、上社一座、合わせて三合の白木の唐櫃に注連縄をかけ、白丁にかつがれてゆく。衛士が先導している。
◆左後方を行進するのが内蔵寮史生(くらりょうのししょう)
内蔵寮の七位の文官で、御幣物を管理している。騎乗し両社に各1名が参向する。所用品を携えた雑色、白丁を従える。

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◆御馬(おうま)
走馬(そうめ)ともいわれ、下、上両社の神前で走らせ、神々にご覧に入れる馬で、2頭の馬の頭と尾には葵、柱、紙垂れをつけている。1頭に4人の馬部(めぶ)がついて引いて行く 。◆馬寮使(めりょうつかい)  走馬をつかさどる左馬允(さまのじょう)は、六位の武官で騎乗し、弓矢を調度掛に持たせる。

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◆御所車といわれ、勅使の乗る車で、藤の花などを軒に飾り、牛に引かせる。現在、勅使が乗ることはなく、行列の装飾である。牛童(うしわらわ)、車方、大工職などの車役が、替え牛とともに従う。 

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◆和琴(わごん)
御物の和琴で「河霧」の銘を持つ。神前の奏楽用として舞人の前、2人で運ばれる。

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◆舞人(まいうど)
近衛府の五位の武官で、歌舞の堪能者がこの日の舞人を勤める。6人が騎乗でお供する。それぞれ雑色、舎人、白丁が従う。

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◆勅使(ちょくし)
天皇の使いで、行列中の最高位者。四位近衛中将がこれを勤めるので、近衛使(このえづかい)とも言われる。現在、勅使は路頭の儀には加わらず、代行者が勤め、当時の様式どおり、飾太刀、騎乗する馬も美々しい飾馬で、朧(御馬役人・くとり)が口を取る。舎人、居飼(鞍覆持・いかい)、手振が従う。

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◆随身(ずいしん) 近衛中将の場合は4人が随行、警護にあたる。

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◆牽馬(ひきうま) 勅使の替え馬で、帰路に備える。舎人が牽く。

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◆風流傘(ふうりゅうかさ)
大傘の上に牡丹や杜若など季節の花(造花)を飾り付けたもの。行列の装いとして取物舎人4人でかざしてゆく。

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◆陪従(ばいじゅう)
近衛府の五位の武官で、この日は賀茂両社の社頭で歌をうたい楽器を奏する役を勤める。7騎が各種楽器を携えてゆく。それぞれ雑色、舎人、白丁が従う。

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◆内蔵使(くらづかい)
内蔵寮の次官で五位の文武兼官。職名は内蔵助。勅使が神前で奏上する御祭文を奉持している。騎乗し、馬副、白丁らが従う。

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◆風流傘   先の風流傘とは造花が少し異なる。本列の結びとなる。

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※撮った写真と説明とを合わすのに苦労してます。

【斎王代列】

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◆命婦(みょうぶ) 女官の通称で、小桂(こうちき)を着用する高級女官。花傘をさしかける。

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◆女嬬(にょじゅ)  食事をつかさどる女官。

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◆斎王代(さいおうだい)
斎王は、平安時代には内親王が選ばれて祭に奉仕したものであるが、現在は未婚の市民女性から選ばれるので、斎王代と称される。御禊(みそぎ)を済ませた斎王代は、五衣裳唐衣(いつつぎぬものからぎぬ)、俗に十二単(じゅうにひとえ)の大礼服装で、供奉者にかつがれた腰輿(およよ)という輿に乗って参向する。 

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◆駒女(むなのりおんな)
斎王付きの清浄な巫女(みかんこ)で、騎馬で参向するのでその名がある。6騎の女丈夫。

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◆蔵人所陪従(くろうどどころべいしゅう)
斎院の物品、会計をつかさどる蔵人所の、雅楽を演奏する文官で、それぞれ楽器を持っている。

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◆牛車(ぎっしゃ)
斎王の牛車で俗に女房車。この牛車には、葵と桂のほか桜と橘の飾りがつく。

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今日はいろいろ調べていて遅くなりました。これが葵祭りの全行列です。つづいて下鴨神社から加茂街道、上賀茂神社へ行列を追いかけて行きました。近目のはこちらで撮りました。・・・つづく。
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2008年5月15日 (木)

豊国廟 女坂 プリンセスライン

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豊国廟 (ほうこくびょう)  豊臣秀吉のお墓です。
豊国廟まで登ったのは3月末、もうすぐソメイヨシノの開花宣言が出そうという日。・・・が、この写真は新緑。。。先日、妙法院の特別拝観の時に女坂の入口だけ撮ってきました。場所はここです。

豊国廟は東山七条の「智積院」(左)と「妙法院」(右)の間の道、通称「女坂」と呼ばれる坂道と「脅威の石段・565段」を上がった「阿弥陀ヶ峰」の頂上にあります。

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「女坂」と呼ばれる所以は京都女子学園(幼、小、中、高校、短大、大学)の通学路であるため女子ばっかり(幼、小は共学)が行き交う道だからです。
高校を左に見て、右は新日吉神宮(いまひえじんぐう)を通ると・・・。(新日吉神宮の記事はこちらです)。春休み中で学生、生徒はいませんねえ。

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京都女子大学(短大も)の正門です。歴史は明治32年に始まります。
京都女子学園のことを、通称・・・京女「きょうじょ」って呼びます。

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錦華殿 (きんかでん) 現在は大学正門の北側にあります。
円形のバルコニーが特徴のこの建物は、明治31年、西本願寺第22代門主・大谷光瑞師と籌子裏方の新居として建てられた、フランス様式の洋館。
大正9年(1920)に現在のキャンパスに移築され、学園の建学記念館でしたが、昭和56年(1981)、老朽化のために解体、平成12年(2000)に再建(復元)、往時の麗容を鮮やかに蘇らせました。

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ここから阿弥陀ヶ峰の豊国廟への道になります。石段は565段とか・・・。

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赤いプリンセスラインのバスがよく通ります。京都駅から市バス206番が観光客でいっぱいなので「乗れない、学校に遅刻する!」とかで京都駅から京都女子大学まで。ここからは四条河原町の方に行きます。授業が終われば繁華街へ? 誰でも乗れます。

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阿弥陀ヶ峰 (あみだがみね)
東山区東山七条の東方にあり、標高196メートル。山名は天平年間(729-49)に行基が阿弥陀如来を安置したことに由来。古くは葬送の地で京の街を一望できる戦略の要衝。ここから階段の段数を数えてみました。上れるかしら?。

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桜にはまだ早く、梅の花の向こうに見えるのは、あの真っ赤なバス。・・・ここが、車庫なのか?? 京都女子大学とプリンセスライン

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大きいのから小さいのから、レトロから・・・いろんな真っ赤なバスがいっぱい。

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京都女子大学です。

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桜の木ががたくさんありました。ここでお弁当広げて、、、「お花見には絶好の場所だなあ」なんて思いながら、でも、ここまで結構登るから、また来年ということに。

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豊国廟へは50円払って入ってください。この階段・・・どうしましょう。

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この門までで、313段。一気に上ってきたから、私はここでギブアップです、後は宜しく。この上りが後々膝と腰に来てしまいました。最初から下で待っていれば良かった。

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豊国廟
慶長3年(1598)8月18日、秀吉は63歳を以って伏見城にて薨じた。遺体は、遺命により、阿弥陀ヶ峰中腹に葬られ、墳上には祠廟、山麓には社殿が建立された。
翌年4月18日、遷宮式が行われ、後陽成天皇から正一位豊国大明神の神階と神号を賜り、以後、毎年盛大な祭礼(豊国祭)が取り行われた。
しかし、元和元年(1615)豊臣氏の滅亡と共に、廟は破壊され、墳墓に弔する人もなく、空しく風雨にさらされていた。 

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明治30年(1897)、秀吉の300年忌に際し、豊臣氏ゆかりの旧大名家が、豊国廟の復興をはかり、秀吉の墓所をもとの位置より東の阿弥陀が峯頂上に移し、廟宇が再建され、墳上には巨大な五輪石塔が建てられた。
なお、社殿は、明治13年(1880)、旧方広寺大仏殿の地に、「豊国神社」として再建されている。(京都市駒札) ◆豊国神社はこちらの記事でどうぞ。

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さっきの所から176段。合計489段なのですが、駒札には565段って書いてあるのですが、どこから数えたのでしょうか?。東山通りからかしら?それでも変。
お墓からは残念ながら視界は開けません。 帰りの下り・・さっきの門が見えます。

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妙法院の長い土塀に沿って東山通りへ戻ります。春休みとはいえ、誰も通ってないのは寂しい。でも、坂の入口にあるイタリアン・レストランはピザが美味しいらしくて、外で順番待ちが出来ていました。

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今日は「葵祭・路頭の儀」です。
快晴の葵祭日よりです。明日の記事は「御所」と「賀茂街道」からお伝えします。

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2008年5月14日 (水)

春の仙洞御所

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特別拝観で仙洞御所に行って来ました。今年は特に藤を見に行ってなくて、思いついたのが仙洞御所の藤棚を見に行くこと。仙洞御所は案外拝観が取り易いです。
建物は工事中だったため、今日の写真はいきなり、ここからです。

鮮やかな「松竹梅の庭」です。

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この真っ赤なつつじは曼殊院と同じ霧島つつじでしょうか。(「・・・その1」の先取り写真館で紹介してます)

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あの狭い門を入ってお庭を拝見します。

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広い池が目に飛び込んできます。

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赤いつつじのところに・・・鵜とアオサギがいました。

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仙洞御所へは、桜満開の頃、新緑の頃にも行って記事にしています。
カテゴリー京都御苑 御所 離宮で見てください。

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今日の目的の藤棚が見えてきましたが・・・なんとなく。

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今年の藤の房は短かったです。せいぜい40cmくらい、花は終わりかけでした。

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池に垂れている藤の花はまだ元気でした。

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去年、宇治の平等院の藤を見に行きました。それはそれは見事な藤。今年は房数が少なくて、もう一つということなので・・・去年の平等院の見事な藤です。

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醒花亭も緑の中です。

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屋根の柿葺き(こけらぶき)が珍しい書院造の茶亭です。

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洲浜。 広く伸びた桜の枝の新緑がやさしい影。

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一緒に見学した皆さん

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氷室 冷蔵庫のない時代に冬の間に氷を貯えた貯蔵庫。

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鴨も木陰の中。

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2008年5月13日 (火)

大田神社の杜若(かきつばた)

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葵祭の頃になると大田神社の杜若(かきつばた)を見に行きたくなります。
上賀茂神社から東に歩いて5-6分でしょうか。撮影は5月11日。見頃の始まりというところ。右の立て札はこちらの拡大写真でどうぞ。

大田神社 太田神社ではありません
古くは恩多社(おんたしゃ)と呼ばれたこともあり、上賀茂神社の攝社である。祭神には天鈿女命(あめのうずめみこと)と猿田彦命を祀っており、延喜式内の古社で、この付近の沼沢池を開墾して栄えた賀茂氏の崇敬をうけた神社である。

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本殿の中の狛犬です。

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右方東側の沢地を「大田の沢」といい広さは2000平方メートル。野生のかきつばたが5月の上旬から下旬にかけて咲きます。
   
      神山や大田の沢のかきつばた
          ふかきたのみは 色にみゆらむ       藤原俊成

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カキツバタ(燕子花、杜若 Iris laevigata)はアヤメ科アヤメ属の植物。
湿地に群生し、5月から6月にかけて紫色の花を付ける。
内花被片が細く直立し、外花被片の中央部に白ないし淡黄色の斑紋があることなどを特徴とする。(Wikipedia)

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次々と咲きだしてきますから、これからが見頃です。

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※昨日12日は葵祭の「御蔭祭」の日でした。
下鴨神社参道で「東游」という舞が奉納されました。去年凄く頑張って撮りましたから、今年は家でゆっくりしてました。
去年の御蔭祭の「東游(あずまあそび)」の記事はこちら。写真がいっぱい是非どうぞ。

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大田神社の横から「大田の小径」へと続きます。何があるのか、何処へ続くのか?
また、記事にいたします。

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15日は葵祭、行列の終着は上賀茂神社です。
待ち時間に「ちょっと大田神社まで杜若を見に」・・・なかなか良いですね。

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2008年5月12日 (月)

下鴨神社 祭りの日

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5月3日 下鴨神社・流鏑馬神事の日、楼門を入った舞殿では流鏑馬に先立って神事が行われました。流鏑馬神事以外の下鴨神社の祭りの日をお届け。

下鴨神社の入口でお弁当も売っていました。

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ここが馬場。有料席(ブルー席)のお客は間際まで、ゆっくりなさっているよう。

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馬場の横には早くから人々が陣取って待ってました。屋台も沢山出てます。

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水遊びが気持ち良さそうな暑い日でした。

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楼門を入ります。

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神事が始まるのを待つ人々です。

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ツツジが満開でしたよ。

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輪橋(そりはし)

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輪橋の左手前にあるのが「光琳の梅」。

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光琳の梅には実がなってました。

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大きなパネルがあったので撮りました。上からの下鴨神社全景(模型だな)

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流し雛が浮んだ御手洗川・・・今日は水が少ないですね。

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20分遅れの「京都時間」で神事が始まりました。暑さの中、待つほうも大変。

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「京都時間」・・・始まりがゆっくり(何でもゆっくり)。私も昔は「京都時間な人」でいつも遅刻の常習。。。私の場合は単にのろいだけかしら。

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鳥居の外では今年から始まった馬車がお待ちかねです。

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葵祭と”フタバアオイ”
京都の3大祭りで最も歴史が古い「賀茂祭」は勅使の衣冠や牛車をフタバアオイの葉で飾ることから「葵祭」と呼ばれ、約7500本ものアオイが使われます。
かつては神社の敷地に自生するアオイ以外が葵祭で使われたことは無かったのですが、環境の変化などで量が激減し、現在は市内の山から調達しています。
今年初めて近隣(上賀茂神社)の小学校で栽培中のフタバアオイも、葵祭に使われることになりました。 (上賀茂神社・斎王代禊の儀の日の京都新聞・電子版より)

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ここにも葵の葉が。

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流鏑馬の子供たち、出番待ちです。

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2008年5月11日 (日)

延暦寺 浄土院 山王院

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延暦寺(えんりゃくじ)は、標高848mの比叡山全域を境内とする寺院。
平安時代初期の僧侶・最澄(767年 - 822年)により開かれた日本天台宗の本山寺院である。延暦7年(788年)に最澄が一乗止観院という草庵を建てたのが始まり。
「延暦寺」とは比叡山の山上から東麓にかけた境内に点在する東塔、西塔、横川など、三塔十六谷の堂塔の総称である。(Wikipedia) 
比叡山・山頂は京都なのに延暦寺は滋賀県大津市坂本本町なのです。地図はこちら

「西塔地域」の端の山王院にやって来ました。「西塔地域」の地図はこちらです。
「山王院堂」 
千手観音を祀っており「千手堂」「千手院」という名でも知られています。

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山王院堂の説明は拡大して読んで下さいね。弁慶が千日間こもったそうです。

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すぐ横から浄土院への下りの階段があります。

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トップの写真は「浄土院」です。浄土院から山王院へはこの階段を上がる・・・長そうで、先も見えないしから・・・以前ここに来た時アッサリ行くのを諦めました。

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伝教大師・最澄の御廟がある浄土院は、弘仁13年(822)6月4日56歳で入寂された大師の遺骸を、慈覚大師が仁寿4年(854)7月ここに移して安置した。

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砂紋ですが、同心円と渦巻きがあるのですね。これは渦巻きでした。

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水しぶきが勢いよく。

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今日はマニアックというか、気付いた細部の写真を載せます。額と「浄土院」の文字がなんとも美しくて。着色された彫刻の色もいいなあ・・・なんて。

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門扉ですが・・・ハートが可愛い。子供の頃、折紙をたたんで切り抜いて・・・万華鏡みたいなの作りましたね、そんな感じ。 右のは菱形にくり抜きました。</