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2008年4月30日 (水)

大原・三千院は石楠花の季節

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三千院の往生極楽院の前に石楠花(しゃくなげ)が咲いている・・・一番よく見かける三千院の写真です。今年こそは見逃さずに行かなくては。石楠花が最高に良い時に見に行きました。

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三千院   天台宗  三千院門跡とも称する。山号は、魚山(ぎょざん)、
本尊は薬師如来、開基は最澄である。京都市街の北東山中、かつては貴人や仏教修行者の隠棲の地として知られた大原の里にある。青蓮院、妙法院とともに、天台宗の三門跡寺院の1つに数えられている。
三千院は天台三門跡の中でも最も歴史が古く、最澄が延暦7年(788年)、比叡山延暦寺を開いた時に、東塔南谷(比叡山内の地区名)に自刻の薬師如来像を本尊とする「円融房」を開創したのがその起源という。円融房のそばに大きな梨の木があったため、後に「梨本門跡」の別称が生まれた。(Wikipedia)

石段が上り易くなり、手すりも付いています。(以前は石がゴツゴツで段差が高かった)

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ここへ一番にやって来ました。珍しく聚碧園を見る縁先に人が少ないです。

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紅い毛氈の敷かれているところはお茶席になっていて、今 人はいません。

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早く撮ってしまわなくては・・・。3枚撮ったところで人が座りだしました。

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ちょっと後戻りをして通って来たところです。

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部分の拡大です。絵のようです。

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※大原は何度も行っていて記事にしています。このブログの前身で、今「★旧」になっている「・・・その1」にも何度も記事にしてますので見てくださいね。→こちらです。

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もう一度「聚碧園」に戻って。

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今日は客殿とその前に広がる庭園の聚碧園までです。

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優雅な石楠花(しゃくなげ)が満開でした。

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このお庭はこれからツツジ、サツキが咲き出せば華やかさが増します。

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このガラス障子から見る聚碧園が、また良いですね。

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明日は・・・
三千院といえば「往生極楽院」。石楠花と往生極楽院をお届けします。

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2008年4月29日 (火)

大原の里は菜の花盛り

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大原の里といえば紫蘇畑だと思っていましたが、一面の菜の花畑に驚きました。
三千院の石楠花(シャクナゲ)が見ごろという事で、大原まで行ったのは27日です。

大原三千院だといえばこの歌・・・「♪きょうと~ おおはら三千院~ 恋に疲れたおんなが ひとり~♪」  誰もがここでは口ずさんでしまう「女ひとり」。
この歌碑があったのです。お土産屋さんの横に。大原女の石碑も可愛いです。

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大原のバス停から三千院までの呂川沿いの道。今日はちょっと寄り道です。

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椿地蔵、ふと誘われて・・・ちょっと行ってみます。

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椿地蔵 大原のお漬物屋さんの旧家にあったものを、里の平安と旅人の安全を祈って椿とともに日当たりの良いこの地に移したものだそうです。
ここは鳥と人の憩いの場所でした。

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山桜がまだ咲いていました。

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何とも清楚な感じです。

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これからは新緑、木陰で爽やかなひとときが過ごせます。

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でもここは野鳥の招待席。餌が置かれています。

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古い石垣は緑に苔むして。

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こんなに良い所があったなんて。ここでのんびりしたいところ・・・で、楽しいアイデアです。自動販売機「籠おろし」、籠に代金を入れて下のお店に注文です。「アイスきゅうり下さ~い」って。

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この辺りは以前は竹薮だったのを、地元の人が「山桜の小径」に生まれ変わらせました。

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そして・・・木立の向こうは一面の黄色い菜の花畑。

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菜の花畑
昔は菜種油をとる為のアブラナの花畑が大原の一面に広がっていましたが、今は菜の花漬用にわずかに栽培されているとのことです。

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でも、こんなに広い菜の花畑に大感激でした。

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大原の里は四方山に囲まれた盆地です。
右の山が平家物語のも登場する翠黛山(577m)とロッククライミングで有名な金毘羅山(573m)。運が良いと西山一帯にかかる「小野霞」が見られるそうです。

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また呂川沿いの道に戻って。

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可愛い猫のあんずちゃんのところに来たら、もうすぐ三千院です。

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この後三千院など大原の寺院をめぐりますが、はたして石楠花はどうなんでしょうか。

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2008年4月28日 (月)

平安神宮 快晴の空の下

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平安神宮を訪れたのは例祭(神賬行事)の終わった午後でした。神苑の満開の枝垂桜が白虎楼、蒼龍楼の向こうに見えます。

平安神宮 
明治28年(1895)桓武天皇の平安奠都1100年祭を記念し、桓武天皇を祭神として創建された神宮である。後に、平安京最後の天皇である孝明天皇も合祀された。
社殿は、平安京の政庁の中心であった朝堂院の形式を、約2分の1に縮小して復元したものである。二層の神門は「応天門」

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中央正面一層の入母屋造の拝殿は大極殿、拝殿左右の楼閣は、東は蒼龍楼、西は白虎楼と呼ばれている。いずれも鮮やかな朱で色どられ、ありし日の平安京の姿を偲ばせるものである。また、拝殿の奥には、御神殿がある。(京都市駒札)

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桜の時期のおみくじは・・さくら色。

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「例祭」(神賬行事)4月15日 年中行事で最も重要な祭儀で、平常には無い「蒼龍」、「白虎」、「朱雀」、「玄武」の幟が揚っていました。とても立派なので撮ってみました。

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「玄武」                    「白虎」
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「朱雀」                    「蒼龍」
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拝殿も綺麗です。この垂れ幕も見事ですね。

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白虎の手水。こんなに暑い日にはオアシスです。

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こちらは蒼龍。巫女さんも忙しそう。

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和服姿の女性は人気の的です。着物を着ているといろいろな所で特典もあるし、貸し着物屋さんもあって、この頃は着物姿の観光お嬢さんが結構おられます。京都には着物が似合いますね。

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今年は外人観光客がすごく多いです。

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神殿背後の約三万平方メートルからなる神苑は、四つの池を中心に、各時代の庭園形式を幅広く取り入れた池泉廻遊式の庭園で、四季折々に美しい花が咲き乱れます。
泰平閣と紅枝垂桜です。

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神苑には次々と季節の花が咲きます。いつも楽しみな所です。

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春は池の周りを紅枝垂桜が取り囲みます。平安神宮の・・■カテゴリーは「平安神宮の四季」としてまとめています。

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帰りに応天門から大鳥居の方向です。応天門を見上げて・・・先ずここで説明を聞く観光客の方々です。

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2008年4月27日 (日)

インクラインと桜の道

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南禅寺の水路閣から上の水路を歩いて・・・黄昏時、ちょっと薄暗い桜道ですが。
今日は迷宮???へのお誘い・・・です。

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南禅寺から蹴上までの疎水沿いの道 。

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琵琶湖疏水
大津市三保ヶ崎の琵琶湖取水口から山科・蹴上を経て京都に入る運河。
幹線は蹴上から鴨東運河・鴨川運河(インクライン2ヵ所)を通り伏見で宇治川に直結する約20キロ。第2疏水、分線含め総延長30キロ。

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明治の京都近代化政策の最大事業で、京都府知事北垣国道が計画し、工学士田辺朔郎が1885年(明治18)6月着工。同94年完成。当初は滋賀・京都・大阪間の舟運実現が目的、のちに水力発電増強・水道新設など京都三大事業の原動力に。現在は水道用水確保が最重要役割で、他はほとんど廃止。市街の運河は部分暗渠化された。左京区南禅寺に琵琶湖疏水記念館・インクライン軌道・水路閣がある。

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田辺朔郎 (たなべさくろう)土木工学者。
琵琶湖疏水の設計、工事監督者。江戸生まれ。工部大学校卒業とともに京都府御用掛となり、疏水工事を完成。水力発電所設置を成功させた。東京帝国大学教授。のちに京都帝国大学教授。第2疏水、水道など京都市三大事業にも尽力。墓は東山区、市営大日山墓地。蹴上公園に銅像。1861(文久1)~1944(昭和19)

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ゴールデンウィークが始まりましたね。私は特別に何処へ行くという計画も無く、「花まかせ」の状態です。このあたりは蹴上インクライン広場となっています。

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蹴上ダム。ここで第一と第二疏水の水が合流し,水は浄水用と発電用に分けられ,一部は閘門(こうもん)によって分線に流されています。浄水は向いの華頂山麓にある蹴上浄水場に流れます。

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※説明は「京都市観光文化情報システム」、関西電力HPからです。

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インクライン
琵琶湖疏水の大津から宇治川に至る20.2キロの舟運ルートの途中、水路落差のある2カ所に敷設した傾斜鉄道。蹴上インクラインは延長581.8メートルで世界最長。伏見インクラインは延長290.8メートル。1890年代(明治23~)に完成。台車と船ですね。

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蹴上船溜り(ふなだまり)、ここから桜の並木が始まります。

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インクラインは昭和23(1948)年11月休止となり,昭和48(1973)年にはレールも取り外されました。しかし,市民の要望で,昭和52年に復元されました。南禅寺から蹴上までの坂道に2車線のレールを敷設し,台車に30石船を乗せて往時の姿を再現しています。下を眺めます。

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南禅寺の三門が見えます。

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両側から桜のトンネルです。

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ウェスティン都ホテル京都

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関西電力蹴上発電所は、明治24年8月に運転を開始した日本最初の商用発電所で、琵琶湖疏水の水を利用して水力発電をおこなった。明治45年2月には第二期蹴上発電所が完成し、その建物が京都の産業遺産として保存されています(下の写真)。現在は昭和11年に完成した第三期発電所で発電が行われ、出力5700kW。

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インクラインの途中にも台車が置いてあります。左の建物が第三期蹴上発電所。

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下りて来て疏水記念館の噴水に着きました。

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皆様、楽しいゴールデンウィークをお過ごし下さいませ。私は相変わらず京都をうろうろしております。

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2008年4月26日 (土)

京都府庁・旧本館

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京都府庁の旧本館、春の一般公開に行って来ました。
昭和37年まで京都府庁の本館として使用されており、創建時の姿をとどめる現役の公官庁建物としては日本最古のものです。場所はここです

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旧本館は明治37年(1904)に建設された煉瓦造2階建築、後期ルネッサンス様式を採り入れたロの字形で各府県庁舎では現存最古。建築史的な価値も高く府指定文化財。なお昭和46年(1971)以降第1号館、第2号館が旧舘の周辺に新築された。
設計者は、京都ハリストス正協会(4月19日記事)も設計した京都出身の建築家 松室重光。平成16年(2004)12月に重要文化財に指定されました。

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中庭の枝垂桜に合わせて特別公開されているのでしょうか。(4/5~4/13)

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テレビのサスペンスで使われることがあるそうですよ。そういえばこの景色・・・って思いませんか?

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旧知事室  2階の南東角の部屋。
67年間(明治38年・1905から昭和46年・1971)にわたり24人の知事(大森鐘一知事から蜷川虎三知事)が使用しました。

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東側の窓から比叡山を望む絶好のロケーションです。

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見学者の多くが以前に府庁に勤めておられた方、或は何か関係があった方々などが懐かしげに話しながら見ておられました。

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窓から見る中庭には枝垂桜が綺麗に・・・・

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中央の1本は散ってましたが、2本は満開だったので良かった。

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来年はこの木が満開のときにも来てみたい。

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大文字山が見えます。

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今日は窓から見た中庭を額縁仕立てで見てみました。

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新館から見るとこういう風です。ロの字形。

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府庁といえば丸太町通りから見えるこの景色。バスから見てるだけでした。

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2008年4月25日 (金)

花の京都御苑

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先日の御所(京都御苑)で見かけた花たちです。(出水の小川は23日の記事で)
このシャガを見たくて出かけました。撮影は4月22日です。

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木陰でハッとするくらいの清楚な白さ。

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向こうには山吹が咲いています。

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こちらは別の場所ですが、一重と八重がいっしょに咲いています。

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これからシロツメグサが咲き出します。

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八重の桜と真っ赤なつつじ。

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赤い花を見ると夏が近いなあと。

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のどかな景色ですね。

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キンポウゲが一面に。

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御所の近くで見かけた藤です。

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2008年4月24日 (木)

白峯神宮 スポーツの守護神

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白峯神宮を訪れたのは「春季例大祭(淳仁天皇祭)」(4月14日)の前日でした。翌日の蹴鞠奉納の準備のテントが張られており・・・そして黄桜が満開でした。

白峯神宮(しらみねじんぐう) 白峰神宮・・・「峰」が間違いで、「峯」が正解です。
祭神は、保元の乱に敗れて讃岐に流され、その地で歿した「崇徳上皇」と藤原仲麻呂の乱に巻き込まれて淡路に配流されてそこで亡くなった「淳仁天皇」。
幕末の動乱期、孝明天皇は讃岐の白峯陵に祀られている崇徳上皇の霊を慰めるため、その神霊を京都に移すよう幕府に命じたが、その後間もなく崩御した。子の明治天皇がその意を継ぎ、現在地に社殿を造営し、明治元年(1868)8月、御影堂の神像を移して神体とし白峯宮を創建した。のち淳仁天皇も合祀されました。

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左近の桜も綺麗な色合いをみせていました。

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白峯神宮の社地は、蹴鞠の宗家であった公家・飛鳥井家の屋敷の跡地である。摂社の地主社に祀られる精大明神は蹴鞠の守護神であり、現在ではサッカーのほか、球技全般およびスポーツの守護神とされる。

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サッカーをはじめとするスポーツ関係者の参詣も多く、社殿前にはサッカーやバレーボールの日本代表チームや、Jリーグに所属する選手などから奉納されたボールなどが見られます。また、特別な(?)絵馬は中に飾ってあります。

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全国で唯一の「闘魂守」を求めて各地から参詣する人も多いそうです。
「絵馬」は・・・蹴鞠と、あらあら、、、スポーツと恋愛の両立??。
因みに崇徳上皇の百人一首は
  瀬をはやみ 岩にせかるる滝川の われても末に 逢はむとぞ思ふ
相思相愛のご利益です。

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下鴨神社・糺の森にある「第一蹴の地」の碑→こちらの記事の中にあります。

球技上達「撫で鞠」 石鞠を回してくださいね。

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さすがだなあ~~と思ったのが絵馬。 
絵馬を掛ける時、「絵の描かれた方」か「願い・名前の書かれた方」か、どっちを表に見せて掛けるか? 割合としては5分5分かなあと思うのですが・・・ここは見事に全部、願いを書いた方が表に見えていました。強い願いが込められてます。

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蹴鞠 (けまり) 
蹴鞠は日本の伝統的球技。7間半(12.7メートル)四方の鞠庭(コート)で、8人の競技者が鹿の皮で作った球を落さぬよう蹴りあう古式豊かな行事。御所の伝統芸能として伝えられ、現在、京都蹴鞠保存会により継承されている。無形文化財指定。烏帽子に水干、蹴鞠用の革靴という華やかな装束で蹴りあう光景は、見る人を平安情緒に誘い込む。

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黄桜も満開です。

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清水寺から東山の三年坂、二年坂辺りを歩いていた時に見た見事な黄桜はこちらです。伏見の清酒「黄桜」の「黄桜カッパカントリー」はこちらです。

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武道の神 「判緒社」(とものをしゃ) 何となく可愛い狛犬さん。

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「飛鳥井」
清少納言「枕草子」168段に・・・
『井は、ほりかねの井。走り井は逢坂なるがをかしき。山の井、さしも浅きためしになりはじめけむ。飛鳥井「みもひも寒し」とほめたるこそをかしけれ。玉の井、少将ノ井、櫻井、后町の井。千貫の井。』と九つの名水の中にあげています。

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「潜龍社」 手前にあるのが「潜龍井」です。
「飛鳥井」から50mほど離れているだけですが、深さが違うと全く違った水脈源になり、味も温度も異なるそうです。

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小賀玉 オガタマノキ(モクレン科)
「招霊」(おぎたま)とも書かれるとおり、神木・霊木として神社の境内に植えられることが多い。この木は京都では最大のもので、樹高13メートル樹齢800年といわれる。京都市指定天然記念物。左にあるのが手水舎の「飛鳥井」です。

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※説明は「京都市観光文化情報システム」、「Wikipedia」より。

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2008年4月23日 (水)

御所 出水の小川は桜満開


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もうシャガが満開かな?・・・と期待して御所(京都御苑)に出かけた昨日(22日)。
満開のシャガの群生に満足した後に立ち寄ったのが「出水の小川」。
ナント、八重桜・・・それもまあ、、こんなに見事なのが満開でした。京都御苑ニュースには「里ざくら」って書いてあったけれど、雰囲気としては「都ざくら」。(御苑全域にある桜を”山ざくら”って書いてましたから”里”でいいのでしょうね。大まかですね)
今日は予定変更。今満開に咲いている京都御苑、出水の小川辺りの八重桜です。

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丈が低くて地面まで垂れていて。

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ふわふわ、もこもこ。

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向こうの大きな枝垂桜。もう新芽の緑が綺麗です。・・・満開時の写真があるのですが、公開時期を逃したままです。いつか御所の桜をまとめて記事にする予定です。

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「京都御苑」というのが正しいのですが、いつも「御所」と呼んでいます。

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出水の小川、憩いの場所です。

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カラスも行水に来ています。「これがカラスの行水」、バシャバシャバシャとやって