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2008年3月31日 (月)

鴨川 川辺の桜

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鴨川堤防を四条大橋から三条大橋までの左岸をブラブラと桜を見ながら行きます。左岸堤防には桜並木が続きます。
向こう岸には等間隔にアベックが・・・。アベックと書こうかカップルと書こうか?・・・ここで歳が判るらしい。左岸・・・これも響きがいいですね、フランソワーズ・サガン・・・そんな感じがして。ここでも時代を感じます。水の流れ行く方を見ながら左手を「左岸」というそうです。(下の写真では三条の方の上流を見てますから、右が左岸です)

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桜のカーテン越しに。

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向こうに見える家並みは先斗町、ゴールデンウィークあたりから「床」が出ます。

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鏡のような・・・というのでしょうか。水面に映る町並みが綺麗。

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つれづれ編の「垣間見るシリーズ」のようになってきてます。

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川端通り。この道はずっと北まで桜並木が続いて、「高野川」になる出町柳から北は見事な大木の桜並木になります。(出町柳までは柳と交互になります)
京阪電車が出町柳まで延長された時、地下工事の為に桜が新しい小さいのに植え替わって。。。あれから何年でしょうか、やっと桜の並木も美しくなってきました。

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水辺のさくらは、川面のきらめきに輝くよう。

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振り返って四条大橋の方向です。

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三条大橋のたもとまでやって来ました。

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暖かくなってきたら向こう岸では、何やら賑やかな催しがあります。

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三条大橋です。

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2008年3月30日 (日)

六角堂の枝垂桜

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今年こそは見に行こうと思っていた六角堂の枝垂桜です。花傘を広げたように、パッとまあるく、綺麗な形です。
可愛いわらべ地蔵さん(で、いいのかしら)の数・・・増えてるように思うのですが。

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薄い色の枝垂桜は、ソメイヨシノよりもずっと早く咲くようで、のんびりしていてはいけませんね。もう満開。今年も見そびれるところでした。

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六角堂は紫雲山頂法寺と号する寺で、本堂が六角宝形造であることから、一般に「六角堂」の名で人々に親しまれています。
以前の記事で、説明は書いていたと思いますので見てくださいね。  
こちらです→    へそ石も載せてます。

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今日は見事な桜だけ・・・。

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ここではヤッパリ上から桜を眺めなくては。高速のエレベーターから。

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2段に広がっているのですね。また中心から伸びてきて広がるのでしょうか。

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本堂の向こうに、大きな地ずりの柳が。

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新芽がキレイ。ここにも春が来てます。おみくじが結びやすそう。

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枝垂桜の向こうに松と柳が見えています。

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2008年3月29日 (土)

吉田山 桜めぐり

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ソメイヨシノの開花宣言が出たのがついこの前。
ノンビリしてましたぁ・・・ら、ナントもうこんな具合に咲いています。
ここは左京区吉田山、南の方だと、もっと開花しています。今日は昨日(28日)の吉田山散策です。桜の開花速報みたいですね。参考にして満開の頃にどうぞ。
上下の写真は吉田神社の大元宮です。普段は閉まってます。

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竹中稲荷神社

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鳥居に枝垂れかかる桜が素敵なのです。満開が楽しみです。

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お向かいの宗忠神社の階段は見事な桜のトンネルになります。中央に手すりが出来てチョッと雰囲気が崩れ・・・(材質、手すりの色をグレーにすれば目立たないのにね)

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そして正面の真如堂です。この桜も大きくて見事です。

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今、見頃の枝垂桜は三重塔の横。

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この塔は、紅葉に、新緑に、桜にと・・・大活躍。

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ふわっとまあるい可愛い花ですね。

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ほんのり桜色もまた綺麗です。

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「たてかわ桜」・・・由緒のある桜です。
徳川家光公の乳母春日局が、父斎藤内蔵介利三の菩提を弔うために植えたものです。
斎藤利三は明智光秀の重臣でしたが、本能寺の変の後、秀吉軍によって捕まえられ、東山粟田ロの刑場で処刑されます。その首を親交の深かった東陽坊長盛と海北友松が奪って持ち帰り、真如堂に葬りました。
この桜は普通の桜と違い、松の皮に似て縦に表皮が走ることから、「たてかわ桜」の名があります。元は、直径1メートル余の巨木でしたが、1958年の伊勢湾台風で折れ、継ぎ木によって息を吹き返しました。今では、毎春やや小振りで白い清楚な花を咲かせるようになっています。

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水上勉氏は小説『桜守』の中で、「枯れかけた老木の皮が、若木を活着させて、見ごとに枝を張った。葉も大きかった。宇多野(作品中の人物)は親桜と同種の桜を接いだのである。弥吉は、めずらしい巨桜の底力をみて感動すると共に、周りに一本の石をたてて、「たてかわ佐久良」と宇多野が命名しているのに涙をおぼえた」と、この桜のことを著しています。「宇多野」は京の桜守として著名な某氏のことのようで、実際にこの桜に継ぎ木を施されましたが、活着しませんでした。今こうして大きく育っているのは、当山の現貫主が継ぎ木したものです。(以上立て札)

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金戒光明寺・くろ谷さんです。
真如堂から山沿いに入って来ましたから、会津藩の墓地を通って、文殊菩薩の三重塔の周りに立ち並ぶお墓の間の階段を下りて来ています。
お墓・・・恐いのですが・・・市内が見渡せて。ここの見頃は、来週末くらいかしら。
手前に桜はもっとあるのですが、卒塔婆が写っているので恐いから消しています。

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山門の前にポツンと枝垂桜。

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着実に春は進んでいます。
でも、今日はちょっと寒さが戻っています。寒さが続けば「桜が長持ち~♪」。

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2008年3月28日 (金)

智積院 梅・こぶし・桔梗

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七条通の東の突き当たりにある「智積院」です。この大きな「こぶしの花」が眼に入ったので行ってみました。

今日の記事を作りながら以前の記事をリンクしようかと見てみると・・・「無い! あの写真が~!」・・・そうなのです。以前は寺院の細かい部分の写真は撮っていても全然載せてないのです。1日の写真の枚数が7-8枚。なんて勿体ない事をしてたのでしょうね。
智積院の諸堂が新しいので何でだろう?・・・とHPを見ていたら、寺院の歴史や焼失した事などを知って・・・
七条通の突き当たりの目立つ大きな寺院なのに、、、有名観光寺院とは少し違うから、忘れていたようです。(この辺りの散策と、特別な時だけ記事にしていました)

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庫裏

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智積院 (ちしゃくいん)
真言宗の宗祖弘法大師空海が高野山でご入定されたのは、承和2年(835)。それからおよそ260年後、興教大師覚鑁(かくばん)が高野山に大伝法院を建て、荒廃した高野山の復興と真言宗の教学の振興におおいに活躍。
その後、保延6年(1140)に、修行の場を高野山から和歌山県内の根来山へと移し、真言宗の根本道場とした。
鎌倉時代の中頃に、高野山から大伝法院を根来山へ移し、これにより根来山は学問の面でも大いに栄え、最盛時には2900もの坊舎と、約6000人の学僧を擁するようになります。智積院は、その数多く建てられた塔頭寺院のなかの学頭寺院でした。

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しかし同時に、巨大な勢力をもつに至ったため、豊臣秀吉と対立することとなり、天正13年(1585)、秀吉の軍勢により、根来山内の堂塔のほとんどが灰燼に帰してしまいました。
その時、智積院の住職であった玄宥(げんゆう)僧正は、難を京都に逃れ、苦心のすえ、豊臣秀吉が亡くなった慶長3年(1598)に、智積院の再興の第一歩を洛北にしるしました。

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そして慶長6年(1601)、徳川家康公の恩命により、玄宥僧正に東山の豊国神社境内の坊舎と土地が与えられ、名実ともに智積院が再興されました。
その後、秀吉公が夭折した棄丸の菩提を弔うために建立した祥雲禅寺を拝領し、さらに境内伽藍が拡充されました。再興された智積院の正式の名称は、「五百佛山(いおぶさん)根来寺智積院」といいます。(智積院HPより抜粋)

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智積院の大きな狛犬はかなり変わっています。

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庭園(名勝)、桃山時代の作庭といわれ、築山と苑池からなる観賞式林泉で京洛名園の一つに数えられている。庭園はこちらです。

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桃山時代に長谷川等伯らによって描かれ、祥雲禅寺の客殿を飾っていた金碧障壁画が収蔵庫は残されています。「楓図」「桜図」「松と葵の図」「松に秋草図」等は国宝に指定されています。 このほか、張即之筆金剛経(国宝)、南画の祖といわれる王維の瀧図(重文)をはじめ、仏画・経巻など多数の指定文化財を蔵している。
書院にはその襖絵のレプリカの襖が使用されています→こちらです。

夜桜の時のライトアップはこちら    綺麗ですよ。

京都駅からの散策コースとしては→こちらです。

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あまり記事にしなかったのは「新しい」ということから建物に魅力が無かったように思います。歴史を読むうちに「ちゃんとしておこう」という気になりました。次にはしっかり残っている諸堂の写真もあわせて記事にします。
今日は「梅・こぶし・桔梗」を予定してたのですが、なんだか途中変更で「様にならない」感じです。(いつもの事ですが)
この日行った時、梅の手入れと通路工事が行われていました。そしてたくさんの「桔梗の苗」が用意されていました。

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智積院といえば・・・桔梗の紋ですものね。ほらッ。紺地に綺麗。

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夏から秋にかけての桔梗がこれから植えてゆかれます。。。毎年放っておいても咲くのかと思ってた。(なんにも考えてませんでした)

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これも「梅」なのか? はたまた「桃」なのか?

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5時に鐘が撞かれました。

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2008年3月27日 (木)

出雲路・幸神社と長徳寺の桜

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「幸神社」は、昨年桜を求めてウロウロしていた時に見つけたのですが、なにぶん予習無しで行動してますから・・・大切なものを知らなくて・・・撮ってませんでした。・・・で、やっとこないだ行ってそれを撮ってきました。1年越しです。
「幸神社」へは、出町商店街を突き当たったところを北西の方向です。

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「幸神社」(さいのかみのやしろ)
京都御苑の東北隅、梨木通を北へ突き当たったところに幸神社は祀られています。主祭神は猿田彦神で交通安全の神として信仰されてきました。
この地は平安京の鬼門に当たり、平安時代初期、愛宕(おたぎ)郡下出雲郷に道祖神を祀ったものと思われます。道祖神は道を通って外から襲来する疫神や悪霊を塞(さえぎ)る神で、サエノカミ-サイノカミといわれるようになりました。
鬼門を守る神として崇敬されるところから本殿の東側には御幣を肩にした日吉山王の神使である猿の木像が安置され、境内の東北隅には猿田彦神石があります。(以上、上京区史蹟百選)  

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神社の由緒と御幣を肩にしたお猿さん(これを撮らなかった)、撮ったとはいえ下手な写真です。(高くてとっても撮り難いところなのですよ)。この木像は左甚五郎の作といわれています。御所の「猿ヶ辻」にある御幣を肩にしたお猿さんは→こちら
これで平安京の東北の鬼門、「猿ヶ辻」→「幸神社」→「赤山神社」→「比叡山延暦寺」と一直線に結ばれました。
神の使いの猿は「魔が去る」「何よりも勝る」として「神猿信仰」(まさるしんこう)があるようです。大豊神社(狛鼠で有名)の三番叟を踊る「狛猿」の神猿信仰は→こちらです。

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古い神社ですね。創建は神代の時代ですぞ。(拡大して読んでくださいね)
天鈿女命(あめのうずめのみこと)、猿田彦大神の結ばれたお話から「縁結びの神」、「ここで愛を誓った男女は永遠に結ばれる」といわれるそうですよ。

「出雲阿国」・・・出雲の出身だとばかり思ってましたが・・・説がいろいろありそうですね。由緒書によると。。。「天細女の命が芸能の始祖としても祀られています、又、天下一の踊り手と云われ、歌舞伎踊りの創始者として有名な「出雲のお国」は、ここ、出雲路あたりの地の生まれ、一時期当社の稚児、巫女として仕えました」、、、と。「出雲路橋」(右大文字送り火を見る絶好の場所)というのが、昔から気になってはいましたが。

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本殿にはお猿さんの絵馬がギッシリです。干支の絵馬も毎年楽しいけれど、その神社だけの絵馬って、良いですね。

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狛犬さんは新しそうです。

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北東隅の石神さん「猿田彦神石」です。横に疫神社の小祠が鎮座。

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本殿内を柵の隙間から、猫ちゃんの足跡?・・・中にも隅に石の神様?

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本殿の横に末社がお祀りされていました。

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幸神社はこれでお終いです。

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桜の写真も載せなきゃね。
出町柳を下がった川端通りにある「長徳寺」。おかめ桜が満開でした。

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新聞に紹介されたようで、大阪からも撮影に来られてました。京阪1本で来られますもんね。出町柳から続いて鞍馬寺(山)までも・・・便利になりました。

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以前は寺社の歴史、由緒には関心が無く、お寺も庭園と襖絵にしか興味が無かったのですが、ブログで記事を作るうちにいろいろ興味が出てきました。・・・と同時に・・・。
調べるうちに素晴しいHP、ブログに出会うことがあって、、、なんともこのブログの安易さに恥しさを覚えるばかりです。・・なのにです。皆様、応援有り難う御座います。

「自分の楽しみの為に作っている」と自己満足を自認してますから評価を求めてはいけませんが、ランキングの応援がとても励みになり、続けることの希望が湧きます。有り難う御座います。心より感謝申し上げます。m(_ _)m つたないブログですが、これからもどうぞ宜しく。m(_ _)m 見てやってくださいませ。 りせ

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※ブログ・メンテナンスの為に変則更新でしたが、元に戻しました。

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お堂の中は・・・さくら色。

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2008年3月26日 (水)

骨董・古美術の新門前通り

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新門前通(しんもんぜんどおり)  京都市東山区内の東西の通り。
東は東大路通から西は大和大路通(縄手通)までの延長およそ400m。知恩院の門前町。名前は知恩院の表門前の通りを「古門前通」と呼ぶことに対してつけられたという。祇園のほぼ北縁に位置する。
明治末ごろから古美術商の進出が多く、美術工芸品、骨董店の立ち並ぶ通りとして有名。看板がインターナショナルですね。 場所はここです

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東大路通りからぶらぶらと縄手通りまで、そして白川南通り(枝垂れ桜の祇園白川)まで歩いた時に撮ったお店の写真です。

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いつ通ってもほとんど人を見かけません。

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京都テレビの「京都ちゃちゃちゃ!」で週1回骨董を紹介しています。

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ずっと前にHPでスライドショーにしています。写真修正をしていませんが、柳の白川から新門前通り、花見小路まで45枚入っています。見てくださいね→こちらです

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私は覗きながら歩いているだけですが、町並みの中に、、、「こんな懐かしいお店がある」・・・そんなのを見ながらそぞろ歩きも楽しいですよ。

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骨董好きさんは必見な通りですね。

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辰巳大明神の前にかかる白川の橋も見えます。

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こちらは「かつら屋」さんですね。

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縄手通りに来たら、人の多い祇園の白川南通りへ。桜も咲いているでしょうか。
ライトアップもそろそろ始まりますね。以前にも記事にしています。右バーの■目次 3 祇園白川(夜桜も)→こちらを見てくださいね。今年も行きますのでお楽しみに。

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新門前通りの骨董屋さんいかがでしたか? 骨董好きさんには見逃せない所ですね。

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お香屋さんです。

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2008年3月25日 (火)

鴨川の春 あの桜は?

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今日は2度目の投稿です。
今からココログがメンテナンスに入ります。明日お昼まで記事投稿が出来ません。

ソメイヨシノの開花宣言が出て、「鴨川の早咲きのあの枝垂れ桜はどうなってるかな?」って賀茂大橋まで出かけてみました。cherryblossom「つぼみふくらむ」ですね。
となりの・・・早咲きはどうかな? 2006年の満開時はこちらです。

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今、鴨川右岸が工事中で近くに寄って見ることは出来ませんでした。

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柳も緑の芽を鮮やかに出しています。

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「出町柳」はやっぱり柳の並木。春ですね! 比叡山が霞んでいます。

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出町といえば花屋さん「タネゲン」 河原に撮影隊が来ています。  タネ源

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「ドラマ」の撮影らしいですが「俳優は有名じゃないです」って。ホント?

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「その昔 ここら千鳥の 名所かな」

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京都タワーのてっぺんが北山通りか北大路通りと同じ高さだとか言われるほど、「南北に高度差」があります。だから市中でも気候が違うんですよ。桜前線だって・・・。
ここは「今出川通り」、ソメイヨシノはかなり膨らんで、今にも咲き出しそう。

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こちらは、北大路通りの高野川沿いのソメイヨシノ。蕾は膨らみかけたばかり。ホラ違うでしょ。そろそろ定点観測しようかな?

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※今日の記事・・・
  豊臣秀吉の「出世稲荷神社」はこの下に続きます。忘れず見てくださいね。

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出世稲荷神社

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京都にも桜の開花宣言が出ました。今週末頃から見頃になりそうですね。

「出世稲荷神社」・・・豊臣秀吉の出世・開運神社です。
千本通りに面した街の中にあります。場所はここです。時期的にも お参りしておくにこしたことはありません。

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※拡大して左から読んで下さいね。2枚に分かれています。(一応書きました)
足軽から関白太政大臣へと立身出世した豊臣秀吉は、幼い頃から稲荷五社の信仰篤く、天正17年(1587)に聚楽第を造営する際、天下統一の成就はこの稲荷信仰のおかげと感謝して、邸内に稲荷社を勧請されたのが始まりです。

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その翌年、後陽成天皇が聚楽第に行幸し盛大な催しが営まれた。このとき稲荷社に参拝した天皇からこの神社に「出世」の称号を賜って、諸大名が出世祈願する社として賑わい。江戸時代後期には、鳥居が329本も立ち、大いに栄えていたようです。

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十種の福禄寿を授かるという。
開運出世、立身出世、地位名望、商売繁昌、金銀財宝、千客万来、生業大繁栄、善知識の福、延命長寿、病気平癒。

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節分の日にだけ授与される「魔除けのヒイラギを挟んだ竹をつけた”出世鈴”」が厄除け開運のお守りとして人気があるそうです。

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本殿には6代目清水六兵衛作の神像、堂本印象の”登り竜”天井図。また尾上松之助寄進の石鳥居、新門辰五郎寄進の狛犬が境内にある。(京都市観光文化情報システム)

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本殿

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「満足稲荷神社」というのが東山三条にあります。スゴイ名前だなあと感心したところ→こちらです。やはり豊臣秀吉の出世と関係がありました。

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これも「花頭窓」なのでしょうか?。雫形です。

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「三石大神」 福石、禄石、寿石の3つの石が御神体。「勝石」、「取り石」、「打ち出し石」などと呼んだ勝負運の神様。

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寿石大神   福石大神   禄石大神

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境内には、秀吉と北の政所をお祀りした「豊の社」もあります。(これかしら?)

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古そうな狛犬さんです。

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「水天宮」  水難 火難 病難 盗難除けの神社。

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東の鳥居から見ると、、、正面には大きなマンションが建ってます。今は小さな社ですが、中身の濃いお稲荷さんですね。

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