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2008年2月29日 (金)

青蓮院

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天気予報によると今日は暖かいとか。北野天満宮の梅もそろそろ見頃に近づいてきたことでしょうね。京都では三月の末に「比良の八紘荒れ終い」っていうのがあるし、春を前にまた寒さがぶり返すかもですよ。

青蓮院 (しょうれんいん)
天台宗に属し、三門跡寺院のひとつで、粟田御所とも呼ばれる。
比叡山東塔南谷に伝教大師最澄が僧侶の住居として建てた青蓮坊が起りで、その12代行玄が鳥羽天皇の御帰依を得て、その皇子覚快法親王を托されて、京都の里坊(さとぼう)を拡充して以来、門跡の称号が起り、親王は第2世門主となられた。皇族、摂関家の子弟が入室される例となって、天台宗で最高の寺格をもつ寺となりました。

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「雪の青蓮院」っていうほどでもありませんが、なかなか良いものですね。雪に紅梅、綺麗です。

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現在の建物は、明治26年火災後の再建のものが多いが、江戸時代門跡寺院の格式を再現している。

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ライトアップ時には青いライトが点滅します。こちらです

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庭園は粟田山の山すそを利用し、竜心池を中心とした優美な庭で、主庭は相阿弥作、霧島の庭は小堀遠州作と伝えられている。

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縁先の雑巾の列。大変です。

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宸殿・小御所は狩野派の優美な襖絵で飾られ、明治の火災をまぬがれた叢華殿は勤王志士が国事を相談した維新史跡である。こちらも見てくださいね。

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もうすぐ、東山花灯路ですね。

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2008年2月28日 (木)

竹中稲荷神社 宗忠神社

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竹中稲荷神社  吉田神社の節分の日に鬼が出てきた神社です。記事はこちらです。あッら~私、福豆の抽選をスッカリ忘れてました。品物の引き換えも済んでました。あ~あこんな時に限って当たってたかも知れない~。どうせダメだったろうと思った方が良いのか?? (当たる気が無いからついつい忘れてしまってる)
赤に白って神秘的な配色ですね。

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平清盛がここに隆盛を祈願に参詣。念じると金色の狐が現れるのを見て開運したという伝説があるそうです。在原業平の塚もあるらしく由緒深い神社です。

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ここの盛砂は、「盛ってあるのかな?」というくらい低いのです。

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真如堂の塔。

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こちらは雪の大文字。

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本殿後ろの小さな祠が立ち並ぶ中をくねくね登ると三高の「紅もゆる丘の花」の碑が立っています。

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戻って鳥居の先にあるのが宗忠神社。

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ちょうどここが、真如堂の方に抜ける峠。急な下りになります。

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これは宗忠神社の狛犬です。向こうは竹中稲荷神社の鳥居。

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宗忠神社 (むねただじんじゃ) 黒住教の教祖黒住宗忠を祀る。

宗忠は、安永9年(1780)備前国(岡山県)の今村宮の神主の家に生まれ、文化11年(1814)の冬至の日、朝の太陽を拝しているうちに神人一体の霊感を受け、黒住教を創始した。以後布教を重ね、嘉永3年(1850)2月25日没した。安永3年(1856)朝廷から「宗忠大明神」の神号を与えられ、文久2年(1862)門人の赤木忠春が当地にこの大明神を勧請し、建立したものである。幕末の頃には朝廷の勅願所となり、皇室や二条家、九条家などの公家からも厚い崇敬を受けた。

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現在の本殿は流造で、明治45年(1912)に改築されたものであり、また拝殿も昭和12年(1937)に改築されたものである。本殿と並ぶ神明宮は、二条家より還したものといわれ、天照大神を祀る。(駒札より)

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カテゴリーは 5 哲学の道 吉田山の「京大界隈 吉田山」です。

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明日は2位に転落かぁ~~?。。。辛い!!。(×_×;)

病み上がりにはキツイですよ~。手術の傷口が痛~い。明日抜糸です。

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東には真如堂が見えます。

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2008年2月27日 (水)

雪の真如堂

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「春に向かうのかな」っと思ったのに、また寒さがぶり返してきました。今日は南禅寺の塔頭のつもりでしたが、少し色鮮やかな真如堂に変更です。

真如堂  正式には「真正極楽寺」(しんしょうごくらくじ)   天台宗
真如堂の位置するあたりは、古くより神楽岡と呼れ、仏法有縁真正極楽の霊地とされた。この地に寺を定めたのが、開基の戒算上人である。
戒算上人は比叡山延暦寺の僧で、延暦寺常行堂にあった阿陀如来像を、神楽岡の東に位置する東三条院藤原詮子(藤原道長の姉)の離宮に移し、安置したのが真如堂千年の歴史の起源であるとされる。永観2年(984)のことである。(HPより・・以下も)

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◆三如来
長野の善光寺、京都の清涼寺、真如堂の阿弥陀如来を「日本三如来」という。

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◆六阿弥陀めぐり・・真如堂は京洛六阿弥陀めぐりの第一番。
真如堂、永観堂、清水寺、安祥院、安養寺、誓願寺の6ヶ寺を月に一度、3年3ヶ月の間、一日で回ると功徳があるという。

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◆洛陽三十三所観音霊場めぐり
境内にある新長谷寺は洛陽三十三所観音霊場めぐりの第五番札所。
真如堂っていろいろありますね。

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この本堂は、元禄6年(1693)~享保2年(1717)にかけて再建された入母屋造りである。白砂が敷かれた前庭は、中国の善導大師がとなえられた二河白道の話を模して作られ、参詣する人々をまことの極楽浄土へと導いている。

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真如堂のカテゴリーは 5 哲学の道 吉田山 ★真如堂の四季です。真如堂は四季折々に花が咲き誇ります。

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三重塔は江戸後期文化年間の再建です。

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三重塔の下にあるのが「 醍醐水」
創建以来の霊水「閼伽水」が湧き出ている。高台にあるにもかかわらず、水質は極めて良質で、茶の湯などに利用するため、求めにくる参拝者も少なくないとか。

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紅葉もすっかり葉を落として、白いトンネルです。

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大きな仏様です。

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夏には蓮の花が綺麗に咲きますよ。

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さあ、帰りましょ。

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まだ、雪の京都は続きますからね。

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真如堂から見た「白い大文字」

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2008年2月26日 (火)

雪の南禅寺 方丈庭園

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昔は南禅寺の「本坊」を見ないで、、、中門(通常使っている大きな門)を入って「三門」「水路閣」あたりを歩いて南禅寺は見終わった気分になっていました。そういう人多いんじゃないでしょうか?

もう一度方丈の写真を撮りに行きたいと思ってましたが、南禅寺界隈はいつも観光客で溢れているので足が遠のいていました。
それに撮影禁止場所が増えていると聞いていましたが、人の少ないこの時期の規制は元に戻っていたようです。

今日は南禅寺本坊の方丈庭園です。とはいえ、トップは庫裏に入って直ぐの「滝の間」。お抹茶とお菓子がいただけます。

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正面の杉戸の絵は龍でした。・・・ね。ちょっと眠そう。

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新緑の頃は部屋が緑になります。その頃の記事はこちらです。

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大方丈南側の禅院式枯山水の庭園

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方丈 (桃山期、国宝)  大方丈と小方丈からなる。
大方丈は天正度の内裏清涼殿を移建したものとみられ、平面は6室に分かれ、中央南の御昼の間は清涼殿時代に昼の御座であった御帳の間の別称を残しており、広縁の欄間彫刻、天井、板扉の形式とともに近世宮室建築の姿を伝える遺構である。内部の障壁画(重文)は124面を数え、桃山前期の狩野派とされる。

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この庭園は俗に「虎の子渡しの庭」と呼ばれ、小堀遠州の作と伝える。

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左の方から。

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少し右に振ります。

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小方丈は伏見城の小書院を移したもので、襖絵は狩野探幽筆の傑作「水呑の虎」など群虎図(重文)40枚があり、「虎の間」の名がある。

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六道庭  六道輪廻を戒める為にある御庭です。

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廊下の凍てつきの為、この後立ち入り禁止になったそうです。

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2008年2月25日 (月)

雪の南禅寺・三門 水路閣

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この冬の雪は昨日で終わってくれるのでしょうか? 雪が待ち遠しかった今までと違って今年はタップリ見せていただきました。もういいです。
土曜に胆嚢の手術を終えて帰ってきた身に、日曜日の積雪は何とも悔しい限り。・・・で、夫が朝から駆け回って撮影して来てくれました。ホームページを作り始めた年の冬の雪の日。私一人でこの辺りを駆け回ったから、その日を思い出して・・・。
やっぱり南禅寺の雪景色は外せませんよね。先ず雪が降りしきる三門から。

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南禅寺    臨済宗 南禅寺派大本山   山号 瑞龍山
寺号は詳しくは太平興国南禅禅寺と称する。本尊は釈迦如来、開基は亀山法皇、開山(初代住職)は無関普門(大明国師)。

京都五山の上におかれる別格扱いの寺院で、日本の禅寺のなかで最も高い格式を誇る。また皇室の発願になる禅寺としては日本で最初のものである。

石川五右衛門が「絶景かな絶景かな」という名台詞の「南禅寺山門」。しかしそれは創作で、実際の三門は五右衛門の死後30年以上経った寛永5年(1628年)の建築。

山門とは寺域と俗域との境界門で、特に禅宗寺院では「三門」ともいう。
「三門」は迷いと煩悩から解脱するために通過しなくてはいけない三解脱門で・・・「空門」・「無相門」・「無願門」の三境地を経て仏国土に至る門とされています。

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南禅寺の三門は別名「天下竜門」ともいい、上層の楼を五鳳楼と呼びます。日本三大門の一つです。

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法堂   天井には今尾景年画伯の大作と云われる幡竜が画かれています

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こちらは境内にある水路閣です。
南禅寺の境内によくぞこのようなものが建設されたものだと、、、当時の反応はどうだったのでしょうね。

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今週は3月になるというのに雪の写真がたくさん貯ってます。春がやって来てるのに、いつまでも「雪」では・・・早く出してしまわないと。

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朝から昼過ぎまではよく降ってました。でも、日が照り出すと溶けるのは早いですね。

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上に上がって見ると。ちゃんと水は流れています。

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南禅寺・方丈、天授庵、金地院、無鄰庵、青蓮院、円山公園、八坂神社と廻ってきて雪が無くなったそうです。次々に更新します・・・が、泉涌寺・御座所、東福寺塔頭・光明院・・・等々まだあるのです・・・
花はいつになるやらですが、しばらくは、家でのんびりさせてもらいます。

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2008年2月24日 (日)

雪の泉涌寺

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東福寺でかなり溶けかけていた雪。
「泉涌寺はもうダメだろうな」と思ったのですが・・・行って良かった。木々の間の遠く下方に白い仏殿の屋根。舞う粉雪。見たかった景色が見れました。
泉涌寺(せんにゅうじ)、読み難いお寺です。

泉涌寺は泉山と号する、真言宗泉涌寺派の大本山ですが、古くから皇室の香華院として知られ、「御寺」(みてら)と親しまれています。
四条天皇の仁治3年(1241)月輪陵が設けられたのを初めとし、後水尾天皇から仁孝天皇に至るまでの天皇、皇后、親王など25陵、5灰塚、9御墓の後月輪陵が営まれています。本尊は釈迦、弥陀、弥勒の三尊。

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同じく仏殿

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秋に行った時の記事はこちらです。テレビ「波の塔」の撮影中でした。

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時々晴れ間が出ます。

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向こうが舎利殿です。舎利殿には韋駄天立像があります。

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謡曲「舎利」では足疾鬼が舎利殿に飛び上がり舎利を奪って虚空に飛び去ったところ、この寺を守護する韋駄天が、追い詰め仏舎利を取り返すという話になっています。これは「太平記」に載せられている説話に基づいたものですが、泉涌寺の仏舎利が天下に二つとない霊宝として尊崇を集めてきたと古書にも記されているのです。

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正面が「泉涌水」のあるところ。左側に清少納言の歌碑があります。

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清少納言の歌碑の駒札。最後がにじんで読めない! 拡大して読んでね。
「世をこめて、鳥のそら音ははかるとも よにあふ坂の関はゆるさじ」

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楊貴妃観音堂

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撮影禁止だから額で我慢してくださいね。綺麗な楊貴妃さん。説明をどうぞ。

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宝物館横の庭です。こういう石の並びを見るとつい重森三玲氏かと思うのですが、塔頭の洛陽三十三所観音の善能寺でも立派な石群のお庭を見ました。また紹介します。

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2008年2月23日 (土)

正伝寺 もう一つの借景庭園

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先日、雪の円通寺の次に正伝寺にも行ってきました。どちらも比叡山を借景とする枯山水で有名です。今まで何回も記事にしていますが、この季節は初めてです。この寺の歴史をおさらいしてみましょう。

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正伝寺
京都市北区西賀茂にある臨済宗南禅寺派の寺である。山号は吉祥山。寺号は正伝護国禅寺、本尊は釈迦如来。

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参道の途中に鐘楼があります。

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1268年(鎌倉時代)に東巌慧安禅師が師の兀庵普寧(ごったんふねい)を開山として烏丸今出川に仏殿を構えたのがこの寺の始まりとされる。

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1282年(弘安5)賀茂社の森経久の援助を受け、西賀茂の現在地に移り寺運は興隆した。

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室町時代には天皇家、将軍家の帰依を受けたが、応仁の乱(1467年~1477年)の兵火により衰退した。

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豊臣秀吉・徳川家康の援助を受け復興され、江戸時代には塔頭5寺を有していた。

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本堂(重文)は承応2年(1652)に伏見城御成御殿を移建したもので、広縁の天井を見上げると黒いシミがついている。この本堂は伏見城の遺構で、シミは伏見城落城時の際割腹した徳川方の血の痕とのこと。内部の襖絵は狩野山楽筆の淡彩山水図。(これらは撮影禁止です)

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小堀遠州の作と伝える庭園は、江戸初期の白砂の枯山水で比叡山を借景にしている。

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つつじの刈り込みによって七五三調を表現し、つつじの上を獅子の子が飛び跳ねて渡る様に見立てたとされ「獅子の児渡し庭園」ともいわれる。

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ところで、いつも出迎えてくれるわんことにゃんこの姿が見えません。暖かいところにいるのでしょうが、この庭の足跡は? 手前は四足、向こうは二つ足。
「何の足跡ですか?」って聞いたら「猫どっしゃろ」って・・・ということは・・・。

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2008年2月22日 (金)

東福寺 雪の方丈庭園

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大雪の日、今日なら東福寺にも雪が積もるってだろうと思って出かけてみました。

東福寺の方丈庭園
方丈とは禅宗寺院における僧侶の住居です。東福寺方丈は明治14年の火災により仏殿、法堂、庫裏とともに焼失しました。
現在の方丈庭園は作庭家、重森三玲氏によって昭和14年に完成されたものです。

南庭  八相の庭

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恩賜門

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向こうは法堂

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北斗七星 (お金を投げ入れてもいいのでしょうか? わからない)

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雪の「小市松」・・・これが見たかったのです。

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緑の市松庭園はこちらです。

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苔の部分にだけ雪が積もっています。

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井田市松

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2008年2月21日 (木)

金福寺 雪の芭蕉庵

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金福寺 臨済宗南禅寺派
864年(貞観6)創建。江戸中期に鉄舟和尚が再興。
松尾芭蕉が鉄舟と親交を深めたという芭蕉庵は荒廃したが、のち与謝蕪村が再興。
背後の丘に与謝蕪村ら近世の俳人の墓や句碑がある。
庭園は皐月の築山と白砂の簡素な枯山水。3段の生垣ごしには素朴な趣の芭蕉庵の萱葺き屋根が見える。詩仙堂から徒歩5分くらいのところにあります。

門にこの絵葉書が飾られていて、是非見てみたいと思っていました。

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芭蕉庵に向かって登ってゆきます。

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芭蕉庵は改修中でした。芭蕉庵から見る市内。