妙覚寺 1
市バスの1日乗車カードは重宝します。市内なら何度乗っても500円(特に離れた所の場合は追加の料金が必要)です。
『5系統』の河原町、岡崎公園、北白川通り。 『206系統』の東山、北大路を通って千本通りから京都に戻るコース(逆回りもあり)は特に名所を通る観光コースです。
今まで西陣あたりのお寺にはあまり行ってませんでしたので、カード1枚を大いに活用して行って来ました。「北大路堀川」から、堀川通りに近い名所を廻ってきました。(21日)
「妙覚寺」
北竜華具足山と号し、妙顕寺・立本寺とともに京都日蓮宗名刹三具足山及び京都十六本山の一つである。
この大門は、寺伝によると、秀吉が天承18年(1590)に建設した聚楽第の裏門を、寛文3年(1663)に移建したものといわれており、西本願寺の飛雲閣、大徳寺の方丈・唐門などとともに数少ない聚楽第の遺構である。
城門特有の両潜(りょうくぐり)扉を持ち、梁(はり)の上には伏兵を配置できる空間が設けられている、建築史上興味深い建物である。場所はここです。
妙覚寺は南北朝時代の永和4年(1378)、竜華院日実上人により、信徒で豪商の小野妙覚の四条大宮の邸に創建され、その後、文明15年(1483)二条衣棚に移った。
天文5年(1536)、天文法華の乱に遭い焼失。その後再興。豊臣秀吉の市街地改造により現在地に移建された。(説明は駒札より)
一時は、本能寺とともに、織田信長の上洛時の宿所とされ、千利休による茶会も催された。↓祖師堂の全景です。
斎藤道三、織田信長、伊達政宗ゆかりの寺である。
斎藤道三が翌日に息子の義龍と長良川畔において一戦を交えてあえなく最後を遂げた前日に書いた遺言状があることも知られています。
これは明日記事にする「法姿園」から見た祖師堂です。
まだ京都で知らない所が多くて、広さと規模に驚いています。
鬼瓦ってこんな所にもあるのですね。
「法姿園」の唐門です。
妙覚寺には狩野元信、永徳などの狩野家一族のお墓があります。
明日はお庭を拝見に参ります。
堀川通りに近い名所の紹介・・・紅葉に関係なさそうなの(晴明神社など)は紅葉の時期が終わってからになります。
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