大雲院 祇園閣
「ねねの道」から「円山公園」に行く途中に「祇園祭の鉾にそっくりな塔」があるのをご存知でしょ。いつもは外から眺めるだけですが、9月30日まで公開されています。
今日は「大雲院」の紹介です。
本山龍池院 大雲院 祇園閣
天正15年(1587)、正親町天皇(おおぎまちてんのう)の勅命により織田信長・信忠父子の菩提を弔うために創建されたお寺で、信忠公の法名に因んで「大雲院」と名付けられました。父子の肖像画をはじめとする寺宝が特別展示されます。
豊臣秀吉により多くの寺院が寺町に移され、大雲院も広い敷地を有していたようです。それが、維新以後四条界隈は商業繁華街の中心地(新京極通りなど)になり、高島屋の裏にあった「大雲院」が高島屋拡張に引き換え、高島屋と関係のあった「祇園閣」のあるこの地に移転したようです。
・・高島屋の後で長い間工事をしていたのを覚えています。ここの事だったのですね。
祇園閣は、昭和48年に大雲院が現在地へ移転する前に、大倉財閥の創始者、大倉喜八郎がこの地に別邸「真葛荘(まくずそう)」を建てた時のもので、建築家・伊藤忠太の設計による昭和初期の名建築です。
山門は旧宮家のもので東京から移築されました。正面の本堂は昭和48年4月に落慶されたものです。だから菊の御紋があるのですね。
「円山公園」あたりの名所は「つれづれ編」の記事でどうぞ。今日「つれづれ編」も更新しています。「京の空 1」です。ランキングクリックしてやって下さいね。
境内には信長・信忠父子の碑や、石川五右衛門の墓があるそうですが、この境内に入れたのかどうか分から無いままに出てきてしまいました。
本堂に向かう廊下にて。
鐘楼は豊臣秀頼が北野神社に寄進したもの。梵鐘は祇園感神院(八坂神社)にあったものです。
こちらは大倉家の住宅です。
明日は祇園閣の上から見た東山です。絶景というのでしょうね。ご期待下さい。
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