萬福寺 主要伽藍と仏たち
←目次 2006年1月27日から毎日更新しています。
萬福寺で普茶弁当をいただいた後、境内を見て回りました。たくさんの見どころがありますが、ここではおもな建物と仏像たちを中心に紹介します。天王殿 寛文8年(1668)建立。三門の正面で本堂の手前にあり、日本では珍しい中国式の伽藍配置です。
弥勒菩薩の化身とされる布袋像 日本でおなじみの弥勒菩薩像とあまりにも違うのでちょっと衝撃的です。
布袋様の後ろには韋駄天像 韋駄天は、増長天の八将の一神で、伽藍を守る護法神とされ、中国の禅寺では四天王、布袋尊ととも山門や本堂前によく祀られるとのことです。
堂内の四方には四天王像があります。これらの像は、明の仏師・范道生の作です。広目天(左)と多聞天(右)
持国天(左)と増長天(右) これらはおなじみの姿をしていますね。
天王殿と大雄宝殿を結ぶ東の回廊 左の手前は斎堂でその奥が伽藍堂
伽藍堂には、関聖大亭菩薩(関羽)を安置しています。関羽は死後、明朝時代には神格化されて伽藍を守る神とされ、現在では商売の神として世界中の中華街に祀られています。
祖師堂は同じく西の回廊の伽藍堂と対称の位置にあります。中国禅宗の祖である達磨大師の像と歴代住職の位牌を安置しています。
大雄宝殿 寛文8年(1668)の建立 日本の寺院の「本堂」、「仏殿」にあたる建物です。
中華線香 花火のようですがいい香りです(1本50円)
本尊の釈迦三尊像(脇侍は阿難と迦葉) お釈迦様が亡くなったあと、教団の長老・阿難と迦葉がその教えを受け継いだといわれています。
本尊両側には十八羅漢像があります。片側の9体を繋げてみました(大きな画像ですがクリックして見てください)。
釈迦の命によって、教えを説き民を導く(悟りを開いた)弟子たち(十六羅漢)に、慶友と賓頭廬(びんずる)を加えたものです。反対側にも9体あります。
本尊の裏側に開山祖師隠元禅師像があります。
ここではよくお勤めをする僧侶を見かけますが、現在は撮影禁止です。、
法堂 寛文2年(1662)建立。大雄宝殿の後ろ側にあり、卍崩しの欄干が見事です。
慈光堂と対称の位置にある双鶴亭 その向こうに寺務所や(普茶弁当をいただいた)黄龍閣があります。
法堂から見た大雄宝殿 法堂の後ろには徳川歴代将軍を祀る威徳殿がありますが、一般公開していません。
法堂の両側には東方丈、西方丈があり、どちらも重要文化財です。とくに、東方丈の襖や壁には池大雅の代表作の五百羅漢図、虎渓三笑図、西湖図などがあります。
*記事の最後にある「お願い」をよろしく。
三門まで戻ってきました。「旃檀林」と書かれている扁額は、明から来た第6代住持の千呆性侒(せんがい しょうあん)の筆、黄檗流の能書家で知られています。
江戸時代の女流俳人菊舎の句碑 「山門を 出でれば日本ぞ 茶摘うた」
最後に、励みにしていますので、ブログランキングの応援のクリック↓をお願いします。
★こちらを是非よろしく→ ブログ村→
-------------------------------------------------------------------
最近のコメント